ラグビーW杯 「最高の給水係」徳永祥尭の思わず泣ける話
藤島大『ラグビー 男たちの肖像』
「外国人キラー」の資質
キャンプ。「合宿」という意味を超えて「陣営」と訳すべきかもしれない。砦にこもり決闘に備える。
列島をわかせたワールドカップ、ジャパンのキャンプからたまに噂がこぼれた。
たとえば、こんなふうに。
「火曜と木曜。グラウンドから地響きが聞こえるらしい」
報道陣は確かめられない。自由にトレーニングを取材できたのは、おおむね1995年の南アフリカ大会までだ。以後、多くの国が冒頭の15分のみ、写真やムービーの撮影のために公開する。たいがいは寝そべってストレッチングに励む様子。ああ昔が懐かしい。というのは別のお話。
練習の迫力は、だから、ちらちら、漏れ伝わる。その両日にレギュラーと控え組が激しくぶつかり合う練習がよく行われた。
徳永祥尭は、どうやら、主役のひとりである。27歳。おもにフランカー。関西学院大学から東芝ブレイブルーパスへ進んだ。
185cm、100kg。上体が強靭で、トップリーグやスーパーラグビーでは、しばしば「外国人キラー」の資質を発揮してきた。臆せず、当たり負けもせず、ボール奪取や突破の任をまっとうする。
自国開催の晴れの祭典。何万、いや、実況中継を通せば、何百万の視線の注がれるスタジアムの中央、芝の上に姿はない。いや実はある。いかにも精悍な容貌の男が、水のボトルを携え、同僚のもとへ駆け寄っては、ささやく様子を映像はよくとらえた。
先発もベンチも外れた。いわゆる「ノンメンバー」として給水役を担う。この任務、運ぶのはウォーターだけとは限らない。しきりに発せられる「情報」の伝達役でもある。コーチ席の無線の指示を最前線の選手たちに手早く説明しなくてはならない。
10月15日。スコットランド人に泣きべそをかかせた2日後の会見、本人は明かした。
「ウォーターボーイをしているときは熱くなりすぎず、上からの指示をしっかり伝えることが大事。英語は話せないけど、聞くことは結構できるので他の外国人選手にも伝えたりできている。ノンメンバーは全員、(対戦)相手のことを分析してサポートできている」
スポーツをする。だれだって試合には出たい。まして国の代表、選考されて選考されて選考されて生き残り、大舞台にたどり着いた身なのだ。悔しくないはずない。
同じ場でこうも言った。「メンバーを外れたときは、どうしても落ち込む」。正直だ。
「また4年後を狙いたい」
さて、そこでいかにふるまうか。
ひとつ。裏方仕事に精勤する。
海外の大男に少しもひるまぬ好漢は、伝言による齟齬を避けるために細心の注意を払って、大いなる信頼を得る。「スコットランド戦はなにも覚えていない」。どれだけ務めに集中していたのか。重い一言だ。
もうひとつ。仲間だからこそぶちかます。
試合を模した攻防練習。愛称「トク」は、給水ボトルならぬ楕円のボールを抱えて、ごんごん前へ出た。出たらしい。猛タックルももちろん欠かさない。まさに地響きを立てるように。
南アフリカ戦前の以下の発言は、静かな声で語られた深い矜持に違いなかった。
「僕らも日本代表なので、(練習の場で)敵になったときに、いいプレッシャーをかけられていると思う。スクラムやラインアウトでは自分たちが優勢なときもある。チームにいい影響を与えられている」
本年6月、背番号10のジャパンの指揮者、田村優が、代表におけるポジション争いについて話すのを聞いた。負けず嫌いの塊のような人も、前回大会では、もっぱら控えだった。
「これまでの経験から、ライバルであってもギスギスするより、互いにサポートして一緒に準備したほうがうまくいく」『number』
ラグビー選手のサポートには「練習で恐怖を与える」という項目も含まれる。ジャパンは開幕後にどんどん力を伸ばした。ことに対スコットランドの前の1週間が顕著だった。キャンプの内側、ギスギスしないのに獰猛なぶちかましのおかげだ。
これもジレンマと呼ぶべきか。開催国なので日程に恵まれていた。試合の間隔は、ほぼ1週間、均等に保たれる。そうなると必然、ノンメンバーのチャンスは削られた。他国での大会なら巡ってくる出番はやってこない。
準々決勝での敗退翌日の会見。
「選ばれて出られなかったことを取り戻すためにも、また4年後を狙いたい」
来年1月12日開幕のトップリーグが最初の一歩となる。代表同僚の同ポジションの者と対峙する。本稿主人公は全身を凶器に渾身の一撃を放つ。チケット料金に値する。
最後に。
日本代表の先代の給水担当は、パナソニック所属、布巻峻介であった。こちらもフランカー。ラグビー理解が深く、主将のリーチマイケルもその伝達や助言を頼りにしていた。最後の最後に惜しくもワールドカップ代表の選にもれた。スコットランド戦勝利、放送の解説役なのに、たまらず席をあけて、ともに戦ってきた友のひしめくグラウンドへ下りてしまう。徳永祥尭は好敵手の素直な顔を見て泣きたくなった。本当は少し泣いた。
※この記事は週刊現代2019年11月16日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。
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- 文:藤島大
スポーツライター
1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『北風』(集英社文庫)、『序列を超えて』(鉄筆文庫)