原発賠償金サギ事件に加担、小名浜スナック20軒の悲しい事情
放射能で故郷を汚染され、仕事を奪われ、最後は犯罪に巻き込まれた
「正直、悪いことをしているという感覚はまったくありませんでした。詐欺に協力した人は、みんな同じだったと思いますよ。『私たちだって賠償金をもらう権利はある』。そう思っていたからこそ、安易に加担してしまったんです」
福島第一原発から南へ60㎞。いわき市小名浜でスナックを経営する女性は、うつむきながらそう語った。
東京電力に嘘の賠償請求書を提出し、福島第一原発事故の賠償金をだまし取ったとして、10月25日までに、無職の郡司明容疑者(50)ら9名が警視庁に逮捕された。11月5日には、新たに無職の緑川純子容疑者(55)を逮捕。このグループは’12年頃から犯行を始め、総額約5億円を東電からだまし取ったと見られている。
「小名浜の飲食店から入手した売り上げ書類を水増しし、東電に原発事故の風評被害による損害賠償を請求するというのが手口。郡司をリーダーに、グループは細かく役割分担がされていました。書類の偽造役に連絡・調整役。重要だったのが、リクルーター役です。飲食店に声をかけ、詐欺に加担させるのが役割。11月に逮捕された緑川がリクルーターのボスでした。スナックや居酒屋など、20店舗近くが詐欺に協力させられたと見られています」(全国紙警視庁担当記者)
いったいなぜ、小名浜の飲食店はこぞって詐欺に加担してしまったのか。本誌は現地に入り、詐欺グループに協力してしまった地元住民へ取材した。浮かび上がってきたのは、小名浜という土地ならではの悲しい事情だった。
「原発事故によって多額の賠償金を得られたのは、30㎞圏内に住んでいた人だけ。60㎞離れている小名浜は、雀の涙ほどの補償しか受けられませんでした。町には30㎞圏内から移り住んできた人たちが大勢いて、みんなベンツとかレクサスとか高級車を乗り回して、大きな豪邸に住んでいるんですよ。彼らの豪華な暮らしを見ていたら、どうしても〝妬み〟みたいな感情がわいてきて……。私たちだって原発事故によってずっと苦しめられてきた。実際、風評被害で客足はぱったりなくなったわけですからね」(前出・スナック経営者)
詐欺グループが目を付けたのが、そんな小名浜住民の心理だった。緑川容疑者らリクルーターから「何もしなくても東電からおカネがもらえる」と持ち掛けられ、犯行に加担することになる。
「本当に何もしないでよかったんです。こっちは年間売り上げを説明しただけで、賠償金の請求書は詐欺グループが全部書いてくれた。想定の売り上げをメチャクチャな高額にして、請求書を作っていたみたいです。協力した店舗はだいたい、年間1000万円は請求していたと思いますよ」(小名浜の居酒屋店主)
詐欺グループには、東電は簡単に賠償金を支払うという計算もあったようだ。元東電賠償係への取材をもとに執筆した『黒い賠償』の著者で、ノンフィクションライターの高木瑞穂氏が語る。
「賠償機構(官民共同で設立された認可法人)から『賠償しないとカネを貸さない』と告げられていた東電にとって、『迅速なお支払い』は最重要課題でした。結果、賠償金請求の審査はどんどんザルになっていった。売り上げを証明するエビデンスが足りなくても、『電話で足りない書類について確認したからOK』というように、なあなあな審査がまかり通ってきたのです」
東電からの振り込みがされると、緑川容疑者らリクルーター役が飲食店を訪れ、一緒に銀行へと引き出しに行った。前出とは別のスナック経営者が言う。
「事前の取り決め通り、その場でリクルーターにカネを渡しました。詐欺グループが7割。私の取り分が3割でした。うちは1000万円くらいの賠償金をもらいましたから、手元には300万円が残った。でもその後、税務署から追徴課税の連絡が来て……。その額が400万円くらいでした。ホント、悪いことはするもんじゃないですよね」
被災者なのに賠償金がもらえなかった――小名浜住民が抱える不条理につけこみ、東電からカネをだまし取った詐欺グループの罪は重い。東電ホールディングス広報室によると、原発事故の賠償金支払いは現在も続いているという。小名浜の飲食店経営者のような〝悲しき加害者〟を出さないためにも、今後は賠償金請求の精査が求められる。
『FRIDAY』2019年11月29日号より
- 撮影:等々力純生