移籍直前ロッテ鈴木大地が魅せた『ファン感で万感のWe Are』

ホームスタジアムで4年間続けてきた、勝利の儀式『We Are』から学んだこと!

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「スーパーマリンフェスタ2019」でファンと交流する鈴木大地

その光景を目に焼き付けるように彼は、しばらくスタンドのファンを見つめていた。
2019年11月17日、ZOZOマリンスタジアム。千葉ロッテのファン感謝イベント「スーパーマリンフェスタ2019」。
そのフィナーレは、ときにキャプテンとして、ときに選手会長として、チームを支えてきたチームリーダーへのファンの熱い声援だった。
「マリーンズに残ってくれ~」
「来年も頼むぞ~!!」
歴代応援歌のメドレーと、耳を劈(つんざ)くような大「大地」コールがFAの渦中にいた彼のもとに送られる。その叫びは残留を懇願するというより、哀願とか懇請といった部類だ。

そうしたファンの声に鈴木も応える。帽子をとり、両手を叩き、そのまま両手を合わせるような仕草をして外野スタンド方向に向かってまず一礼。さらに1塁側、3塁側、バックネット裏にも向き直り、さらに3回、首(こうべ)を垂れた。
きっと万感の思いがこみ上げていたことだろう。唇は感動で若干、震えているようにも感じた。

「最後の『We Are』までは予想していましたけど、(自分の)応援歌を歌っていただいたのは本当にサプライズで、すごく嬉しかった。ああいう中でいつもプレーをしていたので、それを思い出しました。本当に有難かったです」

『We Are』とは? 少し説明が必要だろう。元々は応援団がチームの士気を高めるために、試合前もしくは試合中の「ここぞ」という場面で使用してきた、こだわりのチャントだった。
それが2016年になって、選手とファンが一体となって行なう勝利の儀式という形に変わった。本拠地でマリーンズが勝利した後、鈴木大地らが外野スタンド付近まで駆け寄り、拡声器で『We Are』と3回ファンと一緒にコール、続いて「千葉ロッテ」と連呼しながらジャンプする。ホームゲームの勝利時には必ず行うZOZOマリンの名物になった。

鈴木がこの『We Are 』について、4年間を振り返りながらこう言う。
「(We Areは)元々、球団との約束事でスタートしたんです。ZOZOマリンは屋外球場なので、すごい雨だったり、(スタンドが)ガラガラだったりしたときもありました。自分がミスをして、(ファンの)みんなの前に出て行きたくないときもありました」

試合には勝利したが、自分が打てなかった試合だってある。この4年間のトータルで言えば何十試合という数だ。それでも4年間、皆勤を続けることで、プロの野球選手として大切な何かを感じることができたと鈴木は言う。
「その場は一緒になって喜んで、落ち込むならあとで落ち込めばいいやと考えるようになったんです。ファンと一緒に勝利を喜んだら、落ち込むよりも『次、取り返してやろう』という気持ちにもなりますし、何よりもファンの気持ちも伝わってきますから」

ある日、いつも鈴木とともに外野スタンドに駆け寄っていた一人の若手が「大地さん、今日は行かなくても良いですか?」と聞いてきた。
「その試合でミスした選手、打たれたピッチャーが行きたくない気持ちもすごく分かるんです。ときには『いいよ』と言ってあげたこともありましたけど、逆に『来い』と無理にでも呼んだこともあります。チームは勝っているのに、そこで一緒に喜べなかったら、結局、自分の成績しか考えてないじゃんってことにもつながると思ったんですよね。そうではないと! 勝ったんだからまずみんなで喜ぶ、そのうえでしっかり反省して次に向かう。プロ野球って毎日試合があるので、切り替えなきゃいけないんです。でも、反省もしなきゃいけない。『We Are』を続けてきて、そんなことを学びました」

この『We Are』を始めた当初、鈴木に付き合って、この〝勝利の儀式″を行っていたのは、鈴木と同年齢か、年下のごく限られたメンバーだった。
それが一人、二人と増え、ついには今年9月23日、大ベテランの福浦和也が、自身の引退試合の直後に、拡声器を片手に儀式の音頭をとるまでに至った。
「やり始めは僕も下の世代だったんですけど、僕の年齢がだんだん上がってきて、僕が行けば、下の選手も必然と『行く』形になりました。それでも福浦さんは、なかなか頼めない存在だったんですけど、引退試合で勝って盛り上がって、『福浦さん、お願いします』と頼んだら行ってくれましたし……。本当にひとつの形になったと思います」
選手とファンをひとつにする目的で始めた‶勝利の儀式″は、いつの間にかチームを「One Team」たらしめるツールにもなっていたのだ。

「スーパーマリンフェスタ2019」の翌朝、鈴木大地の東北楽天へのFA移籍の報が新聞紙上に躍った。
「なんだ、最初から移籍が決まっていたのか」
「自分達の思いは届かなかったのか」
と、中にはネット上で憤慨するファンもいた。
「『We Are』を私物化しやがって」と、怒りを露わにするファンさえいた。
たしかに今、振り返ると映像も含めた演出も用意されたイベントの、翌日の移籍発表は「最初から決まっていたんじゃないか」と思われても仕方がない部分はある。
ただ、当日、取材をした者としては鈴木の複雑な心中をも察する。
「感傷に浸って決断してはいけない」
イベント終了後、囲み取材に応じている鈴木は、今まで見せたことがないくらい、ひどく強張っていたし、ほぼ表情を変えることがなかった。まるで感情を閉ざしている、そんなふうでもあった。
ファンへの感謝は、もちろん伝えきれないくらい沢山ある。だが、自分の選手生活については別物として考えなければいけない。どんなときも生真面目すぎるくらい真正面から物事に向き合っていた鈴木である。決断を先延ばしにすることは、相当苦しかったのではなかろうか。

今年3月のリーグ開幕戦、鈴木大地の連続試合出場が「532」で途切れた。試合後にはチームメイトの顔を見るのもつらいほどひどく落ち込んだという。
そんな鈴木に勇気をくれたのが、翌日、代打で登場したときのファンの熱い声援だった。鈴木はあの日の出来事を一生忘れないと言う。
「よく『ファンあっての選手』って言いますけど、それは本当だなって実感しましたね。ことし一年、本当に勇気づけられたので」

後日、チームメイトの唐川侑己のSNSに、号泣しながら仲間達と『We Are』をする鈴木の姿がアップされた。そこに、本人にしか分からない真実があるような気がする。筆者はそのようにも感じた。

鈴木は、今季終了後のインタビューでこうも言っていた。
「これまで携わってくれた監督やコーチ、スタッフや選手がいたからこそ、ここまで来れたと思っています。僕一人の力じゃとても無理でした。先輩、後輩、選手、スタッフとか関係なく、ここ(千葉ロッテ)ではいろんな人から学びました。その学びを糧にもっともっと人として、もちろん野球人として成長していきたいと思います」
今回の決断が、チーム、ファン、そして鈴木にとっても最良の結果になることを願う。

 

  • 取材・文永田遼太郎

    スポーツライター 1972年 茨城県出身 雑誌編集を経て、05年からフリーとして活動を開始。現在は文藝春秋「Number web」、集英社「web Sportiva」などスポーツ系Webサイトを中心に寄稿。

  • 写真時事通信社

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