母が白血病で倒れた実家暮らし・アラサー漫画家に共感が集まる理由

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サラリーマンの父、専業主婦の母とともに実家で何不自由なく暮らしていたアラサー漫画家。平穏に続くはずだった彼の日常に、ある日起こった青天の霹靂、それは、母の白血病発症だった……。

美少女コミックで知られる漫画家・キダニエル氏が昨年末からツイッター上で連載していた『連載を打ち切られた実家暮らしアラサー漫画家の親が病で倒れるとこうなる』。家族の危機に立ち向かうことになった日々を綴った実録漫画は、闘病記ならぬ「看病記」。連載中から、病に向き合う人、また、親離れできない・家族との関係に悩む青年層などからも大きな反響を受けた。

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「重い話だから、人間で描くとしんどいと思って」あえてシンプルに描いたキャラクター。しかし、描線も余白もこのうえなく雄弁(『連載を打ち切られた実家暮らしアラサー漫画家の親が病で倒れるとこうなる』より)

家族との別れ、そして自立。誰もがいつかは必ず迎える人生のターニングポイントに直面したキダニエル氏。嵐のような日々を過ごした彼は、はたして「どうなった」のか?

元気だった母が、まさか……

キダ・ニエル? キダニ・エル? 呪文のように響く思議なペンネームは、高校時代のあだ名だという。

「とくに音節があるわけではなく(笑)。漫画に出てくる人物は『梨』を模ったもの。これは僕が小学生の頃から描いてきた『なしくん』というキャラで、それをそのまま自画像に使っていたんです。よく『ふなっしーのパチモンや』と言われるんですが、ふなっしーが出てくる前から使ってたんだけどな、と」(漫画家 キダニエル氏 以下同)

丸い両目と口、ずんぐりした愛嬌のある姿で表現される作品中の自画像とは異なり、実物のキダニエル氏はほっそりとした繊細そうな青年だ。その彼が、昨年暮れからツイッター上で続けていた漫画連載『連載を打ち切られた実家暮らしアラサー漫画家の親が病で倒れるとこうなる』は、母親の闘病を支える家族の物語。彼自身と家族の身に起こった実話である。

告知の瞬間「ごめんね」と言った母。明るくタフで病気知らずだった母は、闘病中、何度となく「夢みたいや」「信じられへんくてふわふわしとる」と繰り返した(『連載を打ち切られた実家暮らしアラサー漫画家の親が病で倒れるとこうなる』より)

発端は、昨年の初夏。疲れやすく元気がなかった母が血液データの異常を指摘され、キダニエル氏を伴って行った病院で告げられた病名が、急性リンパ性白血病(ALL)だった。

「最初はやっぱりショック、でしたね……。まず感じたのは、こういう衝撃的な出来事があると本当に吐き気やめまいがするんだな、ということ。たぶん、がんを告知されたことのある人などは、皆そういう経験があるんじゃないでしょうか」

パラサイト長男、看病者に

根っからの体育会系で、幼少時からキダニエル氏の気弱さに発破をかけ続けていた母は、その日から入院。以降、一家の生活は闘病と看病を中心に回り始める。

キダニエル氏の家族構成は、両親と、独立して関東で働く既婚の弟。美大在学中に公募作が採用され、自宅で両親と同居しながらマンガを描いて20代を過ごしてきた彼は、少し前なら「パラサイトシングル」、今なら「子ども部屋おじさん」と呼ばれる立ち位置だ。

「家は、普通に居心地がよかったです。とくに反抗期というものがなかったし、大学も自宅から通って、そのまま……。就職を考えたこともあるにはあって、説明会とかも一応行ったんですが、何か、場所の空気感が違いすぎて『絶対、無理だ!』と(笑)。自分のいられるところじゃないなと思ってしまいました。

もちろん、マンガ家として売れたら家を出て自立したいと思っていましたが、これが、なかなか売れなくて」

タイトルにもあるように、当時はちょうど月刊誌での連載が打ち切りになったばかりの空白期間。「僕がいちばん暇だった」こともあり、無口で勤勉な父と明るく奔放な弟、近くに住む叔母と連携しながら、病院と家とを往復した。看病経験はおろか、アラサーにして人生初の家事体験。見よう見まねで料理を作り、洗濯をし、母の話し相手をする。そんな日々の様子が、つぶさに描かれる。

「情けないことに、本当に何もやったことがなくて……でも、だからこそ読み手の方には共感していただけた部分はあるのかな、と思います。今、30歳手前くらいで実家暮らししている人は、男性でも女性でもけっこういるでしょうし。

うちは母と弟が陽キャラで、父と僕が陰キャラ。よく考えたら、ここ何年も、父とはまともに会話したことがありませんでした。ふたりで食事に行ったことも、本当に記憶がないくらいで。母が病気になり、父があまりにも落ち込んでいるときは、しんどすぎてシャットアウトしたい気持ちになるときもありましたが、そこは弟の存在が救ってくれたと思います」

「母も明るいけど、それを超越したキャラが弟」とキダニエル氏が言う「ゲンさん」。その彼にも、のちに大事件が……(『連載を打ち切られた実家暮らしアラサー漫画家の親が病で倒れるとこうなる』より)

辛い心情を、描いて発散

厳しい治療に耐えながら、一進一退する母の病状。化学療法の成果が思わしくなく、秋には造血幹細胞移植を決断することになったが、その際は息子であるキダニエル氏自身がドナーとなった。時折ユーモアを交えながら描かれる描写の克明さからは、目の前のことに注力するしかなかった当時の心境が滲む。

一方で、生活にある程度慣れてきた頃、密かな思いが心の中に浮かんでもきた。

「しんどいことって、やっぱり誰かに愚痴りたくなりますよね。でも、僕には愚痴る相手がいなかったし、友人相手だと、話題が重すぎてちょっと申し訳ないし……。だから、ということではないですが、描いて発散するというか。漫画家特有かもしれませんが、そういうことはできるのかな? と」

周囲から同情されすぎるといたたまれなくなるのも、看病する側の本音。作中、こうしたリアルな戸惑いが素直に語られる(『連載を打ち切られた実家暮らしアラサー漫画家の親が病で倒れるとこうなる』より)

幸い、移植は成功し、母は一時帰宅。それで心に余裕が生まれたこともあって、一時は断筆していたマンガを、キダニエル氏は再び描きはじめた。

当初は発表する予定もなく、あくまで備忘録として。ツイッター上での公開を決めたときは、「このまま寛解して、ハッピーエンドで終われるはず」だと思っていた。

「子ども部屋おじさん」だからできたこと

しかし年明け、病は再発。坂道を転がるように病状は悪化し、家族の願いは叶わず、今年7月に母は帰らぬ人になった。その最初から最後の一瞬まで、キダニエル氏は常に母の傍にいた。

「病名が告げられたときも病院に付き添ったのは僕でしたし、『これはやばいな』と家族や親戚に連絡したのも僕。最後に会話したのも、たぶん僕なんですよね」

それは、彼が自宅にいたからだ。就職して、家を出ていたら、おそらくこれだけ母のそばにいることは叶わなかったし、家庭を持っていたらなおさらであろう。家にいて、家族の中にいたからこそ過ごせた濃密な時間を、彼は描いて残した。その出版を、母も心待ちにしていたという。

「ツイッターで読んでくださっていた方からは、『息子さんがいつも傍にいて、お母さんは幸せだったと思います』というメッセージをたくさんいただきました。

そういえば、母があるとき『日にちで換算したら、これでよかったんかもしれん』と言っていました。普通、20歳そこそこで子どもは家を出てしまって、年末くらいしか実家に帰ってこない。結婚して子どもができたりすると、もっと家には帰れなくなるでしょう? でも僕はずっとここにいたから、一緒にいられる日にちとしたら、一生分過ごせたかもしれない、と……」

家族を愛し、生を全うした母。寡黙な父の頑張り。徹頭徹尾、太陽であり続けた弟。ごく普通の一家の、平熱の愛情を写し取った作品の末尾近くには、《こんな私をここまで育ててくれてありがとう》という母へのシンプルなメッセージが、万感の思いを込めて綴られている。

「母にはもちろん、父にも弟にも、もともと感謝はしていたつもりでしたが、あらためて『いてくれてよかったなぁ』と思いましたね。だから今……僕、自分で自分のこれからが心配ですもん。『このまま、独り身のまま終わってしまうんかなぁ』って。目処は立ってないですけど、やっぱり家族はいたほうがいいよなぁと」

別れが、亡き母からの最後のエールになるだろうか。

 

キダニエル 兵庫県出身。『ハート・ウォッチャー』で第19回少年シリウス新人賞佳作を受賞しデビュー。作品に『みならい女神プルプルんシャルム』(ジコウリュウ、マルイノ共著)、『かみつき学園』がある。

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『連載を打ち切られた実家暮らしアラサー漫画家の親が病で倒れるとこうなる』

  • 取材・文大谷道子

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