ローマ法王11.24長崎ミサ さかもと未明が目撃し涙した奇跡

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フランシスコ法王による長崎でのミサが11月24日に開催された。

その歴史的なミサに、かつて漫画家として人気を博し、現在は画家、作家、写真家、そして歌手として活躍するさかもと未明氏が、報道機関派遣のカメラマンが大多数の中、数少ないアーティストとしてカメラを手に参列し、取材を敢行。2006年に難病である膠原病を発病、余命宣告まで受けたさかもと氏が見た「長崎ミサの奇跡」とは――。

11月24日、長崎ミサでのフランシスコ法王

11月24日、午前7時30分。ワタシと今回の撮影補助に入ってもらったカメラマン飯酒盃(いさはい)氏は、長崎市の市営野球場にいた。

「ミサは14時からなのに、何でプレスの受け付けが朝の5時半からなの!?」

文句を垂れるワタシに飯酒盃氏は言う。

「雨がまだ降り始めないだけいいじゃないですか」

言っていたら、突然轟く雷鳴、激しい雨。

「法王って……『嵐を呼ぶ男』?」

しかもですよ、まだ9時前なのに、もう観客が入場ゲートに並び始めている。しかも車椅子に乗った方々や、お年を召された方々。雨合羽で完全武装した人々が列をなして野球場になだれ込んでいく様は、さながら聖地巡礼!

どこかデジャヴュな光景に陶然としなから、指示された撮影場所に行くと……。

「オーマイガーッ! 屋根ないし!」

持病(膠原病)があるのでと、あっさり救護室へ。優しく手当てしてくれた皆さん、本当にありがとう。

さて2時間後、迎えに来た飯酒盃君から雨が止んだ情報が!

「だって今日の天気予報は終日雨90%だよ?」

ところが本当に雨は止み、法王フランシスコが「パパモービレ」といわれるカートに乗って登場すると、割れんばかりの歓声! 日の丸とアルゼンチンの国旗を振り、観客は総立ちでお出迎え。そしてやがてパパの登場を歓迎するかのように雲が晴れていくではありませんか!

「海じゃなくて……天の雲が割れた」

やがて空は快晴となり。濡れたグラウンドの雨粒が太陽を反射して、会場のあちこちにダイヤモンドのような光。荘厳な光景の中、法王の言葉が、球場を満たす……。

「これって神業? ワタシは奇跡を見たのだろうか……」

さて、パパモービレを降りた後、法王は一転、笑顔を消して椅子に座った。そのあとは下を向いてばかり……もしかして疲れて寝てる!? あまりのハードスケジュールで、辛抱たまらないのでは?

でも、手はしっかりと組まれていて、いや、きっとお祈り。長崎の殉教者と被爆者のために、真剣な祈りを捧げて下さっているのだわ。少なくともパパが、命を削るスケジュールで日本と世界のために祈られているのは確か。

信者に力を与えるため、「エンターテイナー」にも「メンター」にもなって下さる。こんな法王、今までいなかったよねと、パパの退場時には、みんなと一緒に夢中で拍手。会場に集う大勢の人々と体験を共有できるってすごい充足感……感涙もの。

あとで核廃絶への強いメッセージを読んで、「祈り」はどんな武器より強いリーサルウェポンだわ……と、鳥肌ものの感動を覚えるワタシ。命を削り行動する人の言葉は国境を越えて響く。

「だからお願い! ちゃんと寝て、体を守って! 世界中がパパの言葉を待っているのだから……」

って、いや、あの時一瞬居眠りしてたんじゃないかとか、これっぽちも思ってないですから!!

*なお、フランシスコ来日を記念したトークイベントが紀伊國屋新宿本店で開かれます。さかもと未明氏と、教皇の愛弟子ホアン・アイダル上智大学教授のトークセッション。
詳細は、以下のリンク先をご覧ください。

さかもと未明氏が提案、あとがきも担当した『ローマ法王のことば』の購入はコチラ

  • 取材・文・写真さかもと未明

    1965年神奈川県生まれ。大学卒業後、OL、主婦を経て1989年漫画家デビュー。小説、評論の執筆、テレビのコメンテーターなど活躍の場を広げるが、2006年難病である膠原病を発症。余命宣告を受けるも、2009年歌手デビュー。2018年には、バチカン市の聖マリア・マッジョーレ大聖堂で、拉致問題の解決を祈り熱唱した

  • 撮影協力飯酒盃智明

Photo Gallary13

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