京産大ラグビー部 47年間指導を続けた恩師に輝かしいラストを | FRIDAYデジタル

京産大ラグビー部 47年間指導を続けた恩師に輝かしいラストを

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京都産業大ラグビー部の大西健監督勇退の花道を飾るべく奮闘する伊藤鐘史(左)と鐘平兄弟
京都産業大ラグビー部の大西健監督勇退の花道を飾るべく奮闘する伊藤鐘史(左)と鐘平兄弟

兄弟で恩師のラストを輝かせたい。

伊藤鐘史と鐘平には強い思いがある。

恩師は大西健。

京都産業大学のラグビー部監督である。

来年2月、70歳の誕生日を迎え、体育の教授を退官。同時に監督も勇退する。指導歴は47年。部員たちは「先生」と呼ぶ。

兄の鐘史は話す。

「47年、すごいです。自分はその年までまだ生きられていません。それを考えると『すごい』という言葉しか出てきません」

この12月で39歳になる元日本代表ロックは大西の元でコーチをつとめている。

「僕は先生による京産の練習は日本一だと思っています。その後のラグビー人生において、努力する姿勢が自然と身につきました」

鐘史の学生時代は当時、珍しかった朝練習を毎日こなし、3時間近くスクラムを組んだ。その猛練習を下地にして、所属協会が認めた国際試合数であるキャップは36を積み上げた。南アフリカを34-32で破った前回2015年のワールドカップ戦士でもある。

弟の鐘平は17歳下だ。年齢差があるのは間に姉2人がいるからだ。

「先生に結果で恩返しをしたいです」

今年、4年生に進級して主将になった。190センチ、100キロのロック。U20日本代表や関西学生代表に選ばれている。

ラグビー界における指導の最年長記録を持つのは、世を終える95歳まで67年にわたり明治大の監督を続けた北島忠治だ。ただ、大学の教員をやりながらトップチームを指導した長さは大西が最長だろう。

大西はスクラムとモールに特に力を入れ、京産大を関西リーグ優勝4回、大学選手権では4強7回の強豪に育てた。

輩出した日本代表は11人。この2019年のワールドカップに出場したスクラムハーフの田中史朗(キヤノン)は、キャップを75。歴代5位の記録を持つ。

日本人で3人しかいないラグビー殿堂入りした大畑大介(元神戸製鋼)は58キャップ。ウイングとしてテストマッチ(国際試合)の通算トライ記録69を持っている。

大西のスローガンは「ひたむき」。ひとつのことに熱中するさま、一途なさまだが、それは師から兄へ、そして弟に、世代が離れても継承される。

11月10日、京産大は関西リーグ4戦全勝の同志社大と対戦。27-19で名門を下す。その後半、残り10分ほどでラインブレイクをされる。トライ寸前のところを大外へ駆け戻って、タックルを決めたのは鐘平だった。

「必死でした」

後半14分で加点はストップ。5点を奪われれば逆転の可能性が高まっていた。鐘史は解説する。

「あのシーン、たまたま弟が戻ってタックルをしました。あれですよね。ひたむきに、いついかなる時もあきらめない。あのプレーが大西ラグビーの真骨頂だと思います」

鐘史も学生時代、同じような経験をした。主将だった4年生(2002年)の関西開幕戦、大阪体育大と対戦した。前半終了間際、密集からボールがこぼれた。

「疲れがあったのか今でもよくわからないのですが、そのボールを見てしまった。セービングに行けなかった。ボールに対する、勝利に対する執念が足りませんでした」

試合は2点差、31-29で勝利する。その週明け、大西との1対1ミーティングで「ここや」と勝負のポイントを示された。こぼれ球を鐘史が奪取していれば、もっと有利に試合は進んだかもしれない。なによりも大西はその姿勢を指摘する。「勝てばいい」、ではないことを教える。

昨年、鐘平は大西ではなく兄から指摘された。糾弾と言ってもいい。

「立命館大戦で、ジョギングみたいな感じで後ろに戻っていました。そうしたら、試合後のミーティングでみんなの前で怒られました。テーブルをバンって叩かれて、兄弟人生で初めてというくらいの激しさでした」

身内だけに他人の前では容赦がない。試合は19-24で敗北していた。兄はかろうじて勝ったが、弟は負けていた。

鐘平は大西に家族の年長者に抱くような親近感を持っている。

「先生は優しいです。この前も先輩や留学生とごはんに連れて行ってもらいました。ハンバーグやピザを4枚くらい食べさせてもらいました。お腹いっぱいになりました」

鐘平は5歳で兄が出ている京産大の試合を見た。22年の人生ではあるが、つきあいの長さは現役部員たちの中でも別格だ。

神戸の中学から誘われて北海道の札幌山の手高に進んだ。日本代表の主将をつとめるリーチ マイケルの後輩になる。

「大学は自分の中では京産に決めていました。憧れの兄が着ていたジャージー。それに先生の存在も大きかったです」

今、師は引き際を迎え、兄はコーチ、そして弟は主将としてその時にいる。

「たまたまだけど、すごい巡り合わせだと思います」

鐘史は感嘆する。その流れの中、優勝を狙った最後の関西リーグは苦闘が続く。開幕週の9月1日、関西学院大に21-28で敗れた。ラインアウトの中心でもある鐘平は腓骨骨折で出場できなかった。

優勝の関門である同大戦を終えた翌週、11月17日には安ど感もあり立命大に14-28と黒星を喫する。4勝2敗。最終戦で当たる天理大の4連覇を許してしまう。

残るは来月に佳境を迎える大学選手権。敗戦を良薬にしたい。鐘史は言う。

「弟と一緒に先生の花道を飾れるようにできれば幸せですね」

カウントダウンする最後の日々。それを少しでも伸ばせるように兄弟はこれまで以上に力を合わせる。

初めての頂点に到達できるように。

  • 取材・写真・文鎮勝也

    (しずめかつや)1966年(昭和41)年生まれ。大阪府吹田市出身。スポーツライター。大阪府立摂津高校、立命館大学産業社会学部を卒業。デイリースポーツ、スポーツニッポン新聞社で整理、取材記者を経験する。スポーツ紙記者時代は主にアマ、プロ野球とラグビーを担当

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