村西とおる71歳 前科7犯・借金50億円から起死回生?の舞台裏

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「本来なら(ドラマの)『全裸監督』こそ日本で作るべきだったんです。日本ではまだまだ我々のような人間を、置き引き、万引き、ポン引きくらいのレベルで考えているんでしょう。でもアメリカのNetflixはコンプライアンスなんかどこの話だ、と言っている。われわれは見たいものを見せてるんだと。タブーこそ面白いんだと。われわれもそういう気概を学んでいかないといけないですね。

だって、村西とおるという日本のキラーコンテンツ、日本の財産を持っていかれたワケなんだから。わたしは物を作り続けてきた人間として、ある種、ざまあみやがれと。もっと俺を大切にしろと。二度と俺みたいな人間は、この日本にも、この地球上にも誕生しないんだぞと。そういう意味ではね、今の時期がわたくしの一番の見ごろなんでございますよと言いたいんですね」

目の前に座る村西とおるは、誰もが知る、あの甲高く、かつよどみのない口調でそうたたみかけると、ニヤリと笑った。AV業界に革命を起こし、お茶の間にもその名を浸透させた“AVの帝王”の身辺が再び賑やかになっている。Netflixが製作した山田孝之主演のドラマ『全裸監督』が話題を集め、彼をリアルタイムで知らないはずの若年層からも、注目を集めている。前科7犯、借金50億円という破天荒な生き様も、「死んでしまいたい時には下を見ろ!  俺がいる」と意に介していない様子だ。コンプライアンスや、不謹慎狩りが世にはばかる現代だからこそ、村西とおるの哲学、言葉が響く。

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映画『 M/村西とおる狂熱の日々 完全版 』(11月29日から公開)は、50億円の負債からの再起を図るため、1996年夏の北海道で村西とおるが世界初の4時間強のDVD用Vシネマ「北の国から 愛の旅路」と、35本のヘアヌードビデオの撮影を同時に敢行した当時のメイキング映像と、玉袋筋太郎、西原理恵子、高須克弥、片岡鶴太郎らが寄せる現在のコメントで構成されたドキュメンタリー映画だ。

映画『M/村西とおる狂熱の日々 完全版』  ©2019 M PROJECT

現場に降りかかる度重なるアクシデント。苛烈さを極めていく終わりの見えない撮影現場、崩壊してゆく人間関係……。混迷を極め、先が見えない現場のカオスな様子は、大げさではなくフランシス・フォード・コッポラの映画『地獄の黙示録』の撮影現場を、妻のエレノア・コッポラが記録したメイキング映画の傑作『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』のAV版といった趣だ。胃がヒリヒリするような修羅場と村西のキャラクターが生み出す可笑しみが同時に襲ってくる、滅多にない映像体験が待っている。

「これはね、要するに借金を50億円抱えたということがあるわけです。そのうち20億円は返したんだけど、そこから何としても、もう1回再生したいと思って。世界で初めての4時間もののDVDを作ろうと思ったんですよ。ですから、一度は返済をした“よんどころなきところ”から、もう一回、5億円を戻してもらって、この作品を作ったんです。一度返済はしたわけですから、すぐにわたしを信頼してくれて。5億円を戻してくれましたね。映像文化の世界の中においては、ある種の記念碑的な作品になったと思います。こういう大がかりなロケーションで北海道まで行くというのは空前絶後。そこからいろんなものが生まれてくるだろうと思ったんですね。結果としては“ひとりインパール作戦”みたいになってしましたが……。

AVの裏側なんてなかなか見ることができないですが、集団の人間模様が赤裸々に出てきているから。お客さまはもしも自分が村西だったらと思って入り込んでしまうわけです。しかしそういう混乱も含めて、AVに誤解がある方にも見てもらいたいですね。こういうAVの裏側を見せることが出来るのは俺だけだろうと。ある種、自分自身をあけすけにさらけ出しているわけですから。

メイキング映像は、(放送用の)べーカムを120本分まわして。計60時間分の映像があったんです。撮影に関係ない余分な時間もまわしていたんですが、そのことでとんでもない映像が舞い降りてきたということですよね。コンプライアンスがどうのこうなんて言った時代には絶対に作れない。この時代だからの映像が体験できるんです」

メイキングのカメラを回しているのは、著名なAV男優・監督である清水大敬。現場でのトラブルやもめごとなど、「よくぞ、こんなところまで……」という裏側、修羅場まで密着し、映し出している。

「当時はね、後で自分で編集すれば何とかなるんだから、全部自由に撮らせてしまえと。あれはダメだ、これはダメだとやると萎縮しちゃうんですよ。だからこの中で1箇所だけ(女優の希望により)音声は録らないようにした箇所がありましたけど、それ以外はどのシーンも全部撮らせました。だからこの映画の中からこぼれた映像の中にも面白いやつが山ほどありますよ。人間の実相というものを描いて、これほど迫真的であからさまな内容はないなと思いますよ。バカ丸出しですからね。全裸で空手をやってみたり、馬跳びをやってみたり、サッカーをやってみたり。今でも何をやってたんだと思いますよ。それでもみんな取りつかれたようにやっていましたね。オホーツクの海をバックにして歌ったりもしましたからね」

映画『M/村西とおる狂熱の日々 完全版』  ©2019 M PROJECT

本作に映し出される村西の姿は、テレビなどで見かける「ナイスですね〜」というキャラクターとはほど遠い。追い詰められた村西とおるが映し出されている。

「現場は壊れたキャッシュディスペンサーみたいになって、どんどんカネが出ていくしね。例えば1週間の撮影で、女優さんを何十人も連れていくと、1人100万円以上のカネがかかるわけだから。とんでもないギャラになるわけです。それも普通のキャンプ生活を撮っているわけじゃないから、行く先々も超一流ホテルですよ。食事もみんなで一緒に食べる。僕は自分だけ(特別待遇)というのが嫌いだから、みんなに大盤振る舞い。飲めや騒げやのドンチャン騒ぎですよ。そういうスタンスだから、それはもうキャッシュディスペンサーになっちゃいます。そういうことを続けていると、果たしてこれは撮り終わるのかと。このままカネをつぎ込んでも、また元の黙阿弥じゃないかと思って、眠れない日々も続くわけですよ。

最後は、自分自身の将来を考えて、俺はなんと悲しい人生を送っているんだと思って涙が出てきちゃってね。泣けて泣けてしょうがなかったですよ。もう1回、捲土重来でもって、第2の故郷である北海道で挑戦をしたものの、また借金地獄かと。僕は人前で滅多に涙を見せないんだけど、ついついね。この映画は、そういう情けない姿を見せた2時間だと私は自負してるんです」

そんな過酷な現場でありながら、なぜ彼は屈服しないのか。なぜどん底から這い上がろうとするのか。

「最近は何だか“伝説の男”みたいに言われてるんですけど、そういう男の日々は何だったのか。この作品がその実相を捉えていますから。
この映像を見て、皆さんが何を求めているかというと、それはやはり力をもらいたい、元気が出たらいいな、というささやかな望みがあるんだと思うんですね。何も私から学ぶことや、勉強すること、ためになるようなことはないでしょうが、しかし心の中に何かを感じたいなという。そういう心が満たされないような、枯渇してるような、乾いてる部分を満たしてくれるようなものを探している人にとっての、そういったもののひとつとしてあればと思うんです。

私は書籍の『全裸監督 村西とおる伝』(著・本橋信宏)の帯にも書いたんですけど、『死にたくなったときには下を見ろ。俺がいる』と。まさしくこの通りのメッセージが込められているんです。最近はわたしのことに注目をしていただいておりますし、『全裸監督』という本もドラマも大変な反響です。でも本当にこんなヤツがいるのだろうか? とクエスチョンマークが出ちゃうんですよ。でもそれでこの映画で、本物のわたしを見ますと、これは本だとか、テレビドラマどころの話じゃないなと。そういう驚きを持って見てもらえる。ドラマ『全裸監督』を見た人は是非とも劇場に足をお運びいただければ、二度おいしいと思いますよ」

村西の話には切れ目がない。次から次へと繰り出される言葉、よどみのない口調、リズムが非常に心地よく、ついついインタビューであることを忘れてしまって聴き惚れてしまう。その話術の原点に、英語の百科事典のセールスマン時代に身につけた「応酬話法」が大きく影響しているという。

「これはセールスマン時代に身につけた技法なんです。要するに人を説得したり、人に話を聞いてもらいたいという時に、自分自身の都合だけで喋っちゃうと相手は聞かないんですよね。お客様の立場に立って、このお客様がどれくらいプラスになるのか、得をするのか、豊かになるのかということを、その方の知的レベル、経済的環境、性格、人間性、社会的地位というものを踏まえて話していくと、そうすれば何十分でも、何時間でもしゃべれるんですよ。でもダメな営業マンってのはそれが出来ない。自分の金勘定ばかりになっちゃうから。やはり相手の立場で話し続けていると伝わるんですよ。だから営業の仕事がイヤだなんて言う人がいるのは信じられない。営業の仕事ほど、人間として、男として、社会人として、ビジネスマンとして、充実感のある仕事はないですよ。だからそういう営業マンで経験した時の言葉の力を信じているわけです」

村西とおるという人は、サービス精神の塊のような人である。自分を楽しんでもらいたい、味わってもらいたい。その原点がまさに営業だったという。だが、誰もが村西とおるのように自由に振る舞えるわけではない。

「そうですね。やはり自分自身を捨てていかなきゃいけないというかな。自分自身はそういうお客様のために存在してるんだと思えば、いくらでも汗をかけるんです。でも自分が主になってしまうと、お客様を単なるパーツとして利用しようと思ってしまい、それは伝わりますよ。これはAV女優さんに接する時もそうなんです。彼女の立場に立って話をしていくと、相手も分かってくれる。かつて誰も私を女として認めてくれなかった。でもこの人は私の魅力を認めてくれる。そうすると信頼してくれるわけです。私は彼女の魅力をどういう形でアピールしていくか、そこから話をしているから。どんどん心が通じ合って、新しく白いキャンパスに2人だけしか分からない絵が描けていくんですね。

だから相手をねじ伏せようとしてはダメなんです。やはり女性自身が大切な部分を見られるということは、お恥ずかしい世界の住人になっちゃうわけですからね。女性はたくさんのネガティブなことを考えてしまう。だからその時に言う言葉はひとつです。“ナイスですね”と。そうすると女性はわたしと桃源郷の世界に旅立つことを思い、ビブラートするわけです。だから言葉というのは本当に重要なんです。テクニックじゃない、言葉の力を信じようよと。

ただし、言葉の力もいいんだけど、やっぱり男の器量ってのは経済力だから。彼女がシャワーを浴びている時は、そっとお財布に福澤諭吉を精いっぱいお入れすることですね。抜き取っちゃダメよ(笑)。そして終わったあとに言わなきゃいけない言葉はたったひと言。“ありがとう”と。そうするとやっぱり彼女もね、言いたいことは山ほどあるけど、でもこの人は私にありがとうと言ってくれたから。わたしもこの人に対して、ありがとうという気持ちを持つべきだと。いいえ、こちらこそありがとうと。もちろんウチでも、終わったあとは女房にいつも“ありがとう”と言っていますよ。そういうことなんですよ」

女性に対するあふれるような思いは、賛美の言葉となって次から次へと溢れてくる。そんな彼の女性観の原点とは何だったのだろうか。

「わたしの場合、おばあちゃん子だったということ、それと母親に育てられたということが大きいですね、女性に対してある種、畏敬の念を抱いていることもあるんですよ。女性を徹底的にいじめるとか悲しませるようなことはできない。例えばある女性がいて、将来ご結婚なさって息子を、娘を生んだ時に、その子どもは自分の母親をいじめるような人間を絶対に許さないでしょ。彼らに許されないような人間になりたくないんですよ」

現在71歳となった村西とおる。だがその姿は非常に若々しい。

「皆さんそうおっしゃってくださいます。なんでかというと、わたしは皆さんと違って、働くのをやめると明日からホームレスになってしまうからです。生きていかなきゃならないんです。状況で人は変わるんです。単に切羽詰まっているだけなんです。ただそれだけですよ。それとわたしの目標は、自分自身、村西とおるがこの時代にとてもいいことだと思ってもらえるような存在になりたい。そう皆さんに知らしめたいという思いがあるから。だからわたしにとって71歳というのはハンデじゃない、武器なんです。わたしみたいに71になってもまだこんなスケベ話をして。ナイスですね〜なんて言っているわけですからね」

「前科7犯、借金50億円を抱えた男」という、想像もつかないような経験をしてきた村西。だが、そんなどん底の状況でも、なぜ彼は逃げなかったのか? 彼を奮い立たせたものは何なのか?

「とにかくわたしはどん底にいたときは、這い上がることで精一杯なわけですよ。明日のことは考えない。まずは今日をやり遂げようと思うわけです。そりゃ心の中では何千回でも逃げようと思いました。でもそれは自分が許せなかった。それはなぜかというと、ここで自己破産をしてしまったら、この仕事ができなくなるから。もちろん自己破産をしてエスケープすることはできます。でも逃げちゃってからメディアに出ても、あの野郎は自己破産をしやがったんだとなりますよ。何を言っても正当性を持たない。結果的には逃げちゃうことになる。だからこそ逃げるのはやめようと思ったんですよ」

村西とおる
1948年9月9日生まれ。福島県出身。高校卒業後、上京し、バーテン、英会話セットのセールスマン、テレビゲームリース業を経て「裏本の帝王」となるが全国指名手配となり逮捕される。その後AV監督となって今日に至る。前科7犯(うち米国で1犯)。これまで3000本のAVを制作し、7000人の女性のヒザとヒザの間の奥を視姦してきた。“顔面シャワー”“駅弁”の産みの親。 「昭和最後のエロ事師」を自任し、「AVの帝王」と呼ばれている。

村西とおる年表

1948年 村西とおる、福島県いわき市に生まれる。

1970年 高校卒業後、バー勤務を経て、英語百科辞典を 1 週間で 20 セット販売するトップセールスマンに。

1973年 米国人講師を集めて英会話教室開講。大儲けする。

1978年 テレビゲームのリース業やテープレコーダーの訪問販売で 7 億円の収入。

1980年 本屋でビニ本を見て衝撃を受けアダルト業界入り。 北大神田書店グループ会長就任、「ビニ本の帝王」と呼ばれる。

1984年 わいせつ図画販売目的所持で逮捕。 刑事に「あんた、いい仕事してるね」と言われ、警察もホメてくれたんだから「俺にはエロしかない」と決意。 老舗 AVメーカー.クリスタル映像で AV 監督を始める。

1986年 TV 番組などで賑わせ、村西とおるの名前が世に知られる。 「リアルの性を証明しよう」と AV に初めて本番(ハメ撮り)を導入。
黒木香主演『SM ぽいの好き」 発売。 「アダルトビデオの帝王」の名前が広く知れわたる。
12月 米国で空中ファック撮影などのロケ中に逮捕。
求刑懲役 370 年。保釈金等に 1 億円を費やし、半年後に帰国。

1987年 クリスタル映像で「ハメ撮り」「駅弁」「顔射」など独自スタイルの作品を次々と発表。

1988年 AVメーカー·ダイヤモンド映像設立。第5回参議院選挙に出馬宣言、「全日本ナイス党」を結党。 しかし、結党翌日に逮捕。

1989年 松坂季実子がデビュー。「巨乳」ブームのさきがけとなる。最盛期を迎え、年商は100 億円達成。

1990年 のちに妻となる乃木真梨子、本番中もメガネを外さない野坂なつみ、元ミス日本東京地区代表の卑弥呼などが AV デビュー。本名の草野博美名義で、かとうれいこ、飯島直子などのタレントを起用しビデオ映画の製作に進出。衛星放送「ダイヤモンドチャンネル」を開始。「空からスケベが降ってくる」の売り文句で通信衛星放送事業に乗り出し失敗。

1992年 ダイヤモンド映像倒産。50 億円の借金を背負う。

1996年 借金返済のため世界初のアダルト DVD を制作。北海道で撮影敢行。
⇒この北海道ロケ撮影のメイキングがドキュメンタリー映画「M/村西とおる狂熱の日々」のベースとな っている

1997年 克美しげる主演映画『愛が泣いている さすらい』の脚本·監督を手掛ける。

2012年 心臓の病で緊急入院。生死の境を彷徨うが奇跡的に一命を取り留める。

2016年 「全裸監督」刊行

2019年 Netflix で『全裸監督』(山田孝之主演)が全世界配信開始。

  • 文・撮影壬生智裕

    (みぶ・ともひろ)映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などがライフワーク。

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