島根女子大生バラバラ殺人事件 難航した猟奇殺人犯特定のウラ側

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第35回

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2009年に島根県で発生した女子大生バラバラ殺人事件。犯人特定は難航し、事件解決までに、実に7年の月日を要した。しかも、犯人は事件発生直後に死亡しており、なぜ事件解決にこれほどまで時間がかかったのか謎である。猟奇的殺人事件捜査の背景を、ノンフィクションライター小野一光氏が、当時の取材メモから読み解く。

当時配られた事件の情報提供を呼びかけるビラ。JR浜田駅などで約4万枚配布された

なぜこれほどまで加害者へ辿り着くのに時間がかかってしまったのか?

2016年12月、島根・広島両県警の合同捜査本部は殺人・死体損壊・死体遺棄罪で、島根県益田市の矢野富栄(死亡時33)を松江地検に書類送検した。

翌17年1月に被疑者死亡で不起訴処分となったこの事件とは、09年10月26日に島根県浜田市でアルバイト先のショッピングセンターから帰宅後に行方不明となった大学生のA子さん(死亡時19)の遺体が、同年11月6日から19日にかけて、広島県北広島町の臥龍山の山頂付近で発見されたというもの。被害者の遺体が切断されているなど、損壊された状態だったため、「島根女子大生バラバラ殺人事件」という呼称を、過去の記事では使っている。

矢野は山口県下関市で小・中学校時代を過ごし、福岡県北九州市の私立高校を経て、福岡県内の国立大学に進学するも中退。アルバイト生活などを経て、09年春から下関市の住宅設備会社で働くようになり、犯行時は会社が借り上げた一軒家のある益田市に移り住み、太陽光パネルの営業をやっていた。

じつはアルバイト時代の矢野には前科があった。04年に通りかかった女性に対して刃物を突きつけ、わいせつ行為に及ぼうとして怪我をさせるなど、過去に3件の性犯罪を犯したことで、懲役3年6ヵ月の判決を受けていたのだ。

そして今回の犯行後、A子さんの遺体の一部が最初に発見された09年11月6日の夜、勤務先の社長に翌日と翌々日の代休を願い出て、同8日に中国自動車道を車で走行中、山口県美祢市でガードレールに接触した事故により、助手席に乗っていた50代の母親とともに死亡していたのである。

矢野とこの事件との関係が浮かび上がってきたのは16年になってから。在京キー局の情報番組スタッフは言う。

「合同捜査本部が隣接県を含む周辺地域に住む、性犯罪の経歴を持つ人物を洗い直したところ、A子さんの遺体が発見された時期に、現場付近を車で走っていた矢野の存在が浮上したのです。そして同年夏以降に彼の所持品を押収し、デジタルカメラのデータを復元するなどしたところ、A子さんの遺体や解体の様子などを撮影した画像57枚を発見。遺体の撮影場所が矢野の自宅の浴槽だったことがわかり、犯人であるとの特定に至りました」

長年の間、”未解決事件”とされ、やっと犯人が判明したこの事件の解決には、なぜ7年以上もの歳月を要してしまったのか。事件発生当時にわかっていたことを振り返り、検証していくことにする。

A子さんがアルバイトを終えてショッピングセンターを出たのは午後9時15分頃。白と黒のボーダー柄ワンピースに黒いレギンスという服装で、店舗を出る姿が防犯カメラで撮影されている。そこから彼女が入居する大学寮までの距離は約2・5㎞ある。途中にはコンビニもあるが、そこから先は街灯も少ない坂道が続く。A子さんの同級生は話す。

「私たちは下の街から大学とか女子寮のあるところまで坂を登ることを“登山”、逆に学校側から下の街に下りることを“下山”と呼んでいました。車とかバイクがあれば別ですが、それ以外はバスか歩きしかなく、バスの本数も少ないため、明るい時間には歩いている人もいます。ただ、夜は本当に真っ暗になるため、何人かで相乗りにしてタクシーを使う子も多い。A子さんは『タクシー代を節約して貯金したいから歩く』と言ってました」

ちなみに途中のコンビニの防犯カメラにA子さんの姿は写っておらず、そのことからショッピングセンターを出てすぐに誰かの車に乗ったという説や、寮とは異なる駅方面に向かいバスに乗ろうとしたという説があった。さらには取材のなかで、ホームセンターの従業員から次のような話も出ている。

「頭部が発見された11月6日に警察が来て、包丁やナタなどの購入記録を提出させられました。そのとき『このなかの誰かが来てないか?』と言って、店長に別々の人物が写った3枚の写真を見せています」

同時期、この事件の取材に携わる新聞記者も同様のことを話していた。

「警察は3人の男の写真を持って、1軒1軒聞き込みをしています。ある程度犯人の絞り込みにかかっているようです。一方で、遺体が発見されるにつれて、犯行の猟奇性が明らかになってきていることから、レンタルビデオ店でホラー映画を頻繁に借りていた人物についての情報提供も求めています」

この3人の男については、のちに本人への事情聴取などを行い「事件との関連性は薄い」とされた。11月16日に捜査本部の置かれた浜田署での定例レク(チャー)では、遺留品捜索について、以下の説明が行われている。

「本日は被害者につながる発見事項はありません。明日は臥龍山については中国管区機動隊、近畿管区機動隊の計300人体制で捜索を行います。また、県内から県境にかけては70名体制で捜索を行います」

臥龍山では警察犬も導入して、遺体発見の捜査が行われた

その場では、臥龍山で遺留品捜索中の隊員によって発見されたビニール片について、付着していた血痕のDNA鑑定を行った結果、A子さんのものと一致したことも伝えられた。なお、このビニール片はNTT電話帳の戸別配布に使われるポリ袋の取っ手部分であることが判明し、約2年後の11年10月に公開されている。

付近の防犯カメラの検索、さらには浜田市内から臥龍山へと向かう道にある、Nシステム(自動車ナンバー自動読取装置)に記録された車両の運転手への聞き取りなどを進めるなか、11月30日に、すでに捜索済みの学生寮近くの側溝で、スニーカーが発見された。そのスニーカーは黒色で左足用。購入履歴などから当初はA子さんのものと見られ、発見前日にその付近で不審なRV車が目撃されたことなどから、彼女がここで拉致された疑いや、犯人が捜査をかく乱する目的で置き去った、などの疑いが生まれることとなった。

だが結果からいえば、その時点ですでに真犯人は死亡しており、新たに投棄することは不可能だったことになる。また、合同捜査本部も、警察庁科学警察研究所に鑑定依頼をした結果、DNA鑑定を行うだけの検体が採取できず、A子さんのものとは特定できなかったと、10年2月24日に発表していた。

もちろん、これらの経緯が側溝付近を拉致現場とすることや、捜索時の”見落とし”の可能性を否定する材料にはならないが、こうした出来事もまた、捜査に支障をきたす一因となっていたことは明らかである。

事実、09年12月の段階で、捜査が難航していることを訴える声は現場から出ていた。前出の新聞記者は語っている。

「合同捜査本部は被害者と面識のある人物や、地元のわいせつ事件の前歴者を1人ずつ潰していきましたが、いまのところ該当者はいないようです。そのせいか、捜査員からは事件の長期化を危ぶむ声も出始めています」

被害者を知る人物によるものか、もしくは第三者による”流し”の犯行なのか特定できないまま、捜査対象はひたすら拡大されていく。次回はこの事件捜査のなかで、実際に警察から疑われた人物たちの話を取り上げる(12月10日配信予定)。

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか

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