得したのは団塊の世代だけ? 「半沢直樹と平成」を池井戸潤が語る | FRIDAYデジタル

得したのは団塊の世代だけ? 「半沢直樹と平成」を池井戸潤が語る

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都市銀行勤務。バブル世代。信条は「基本的に性善説。でも、泣き寝入りはしない。やられたらやり返す」——。

平成という時代にもっとも支持され、輝いたヒーローは、小説の中に生まれ、テレビ画面で躍ったこの男・半沢直樹だったのかもしれない。

「目指していたのは、あくまで『面白く読めて、スカッとする』エンタテインメント」と語る池井戸潤氏
「目指していたのは、あくまで『面白く読めて、スカッとする』エンタテインメント」と語る池井戸潤氏

2003年に雑誌連載がスタート、2004年に単行本が刊行された池井戸潤氏の小説『オレたちバブル入行組』に始まる「半沢直樹シリーズ」は、『オレたち花のバブル組』『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』と続刊し、2013年には『半沢直樹』としてドラマ化。最終回の平均視聴率が42.2パーセントに達する、平成最大のヒット作となった。

思えば平成の30年間は、昭和生まれの半沢直樹が、そしてバブル世代が社会人となり、生きてきた期間。世の中はどう変わったのか。人々は何を考え、どう動いたのか。4月からスタートする『半沢直樹』新シーズン(堺雅人主演)の先駆けとして、1月3日深夜には、スペシャル・スピンオフドラマ『半沢直樹イヤー記念・エピソードゼロ』(吉沢亮主演)が放送されることも決定し、まさに「半沢イヤー」を迎えようとする今、型破りなヒーローを世に送り出した作者に訊いた。

銀行員は本当に「悪」なのか?

 1966年。それが、一連の作品から推定される主人公・半沢直樹の生年である。つまり、彼はジャスト・バブル世代。シリーズ第1作『オレたちバブル入行組』によると、慶応義塾大学経済学部を卒業後、1989年に大手都市銀行である産業中央銀行に入行し、エリート街道のスタートラインに立ったことになる。

しかし、その後の道のりは、思い描いていたよりもずっと険しいものとなった。入行して間もなくバブルは弾け、金融業界には逆風が吹き始める。勤めていた銀行は合併により金融再編の荒波をかぶり、冷え込む一方の景気に直面……。作家・池井戸潤氏がひとりの銀行員を主人公に物語を書き始めたのは、そんな時代のまっただなかだった。

「バブル崩壊のどん底から10年ほど経った頃ですね。当時、銀行を舞台にした小説は、だいたいが銀行に批判的なものでした。銀行といえば“貸し渋り”に“貸し剥がし”、とにかく悪者たちの組織だと。僕のデビュー作(1998年刊行『果つる底なき』 第44回江戸川乱歩賞受賞作)も、どちらかといえばその系列の小説です。

でも、そういうものばかり読んでいて、『ちょっと違うんじゃないか?』という思いが浮かんできたんですよね。銀行にもまともな人間はいて、それなりに頑張っている。だったら、そういう人間を主人公にすれば、明るく肯定的に銀行を捉えられる……とまで言うとやや微妙ですが(笑)、とにかく面白く、前向きな物語が書けるんじゃないかと」(池井戸潤氏 以下同)

ダークヒーローだからこそ、リアル

2004年に刊行された第1作では、計画倒産から逃げる取引先との攻防と、自分を陥れる上司との戦いを。2008年刊行の第2作『オレたち花のバブル組』では、巨額損失を出した老舗企業の再建に奔走する一方で、激化する銀行役員の派閥抗争に巻き込まれる半沢の苦闘を描いた。ビジネスシーンの最前線にいる人々からはたちまち熱い共感の声が集まったが、池井戸氏が目指していたのは、あくまで「面白く読めて、スカッとする」エンタテインメントだった。

「正義の味方は面白くないから、半沢はけっこう腹黒く、ダーティーなキャラクターに。実際、銀行の人間にもダークな人は多いので、そこはリアルかもしれません(笑)。作者である僕としては、とにかく楽しく読んで、明日も頑張ろうと思ってもらえればよかった。

ところが、小説に書かれた設定を鵜呑みにして、『銀行ってこんなにひどいところなんだ』と思った人が、予想以上に多かったんです。これではまずい、これはあくまでもフィクションでエンタメなんですよということを強調するために、第2作に出てくる金融庁の検査官・黒崎の口調を、連載から単行本にする時に、わざわざ“オネエ言葉”に変えたんです。これも、のちのち波紋を呼ぶことになるんですが……」

得をしたのは「団塊の世代」だけ

自身も都市銀行に勤務経験があり、バブル時代を社会人として体験したひとり。内定時には、同じ大学の先輩に「君、もう一生安泰だから」と言われたことが、池井戸氏の印象に残っている。

「僕よりもっと前の時代は、内定するとスーツや万年筆まで支給されたという話も聞きました。まあ、エリート意識の塊だったわけですね。バブル時代は、確かに皆が金持ちになる夢を描いていたと思います。右肩上がりの経済を利用してひとつ儲けてやろうというムードに満ちていた。でも、その梯子が、ある日パッと外されたんです。

1989年の大納会で日経平均株価が3万8千円台をつけて、年明けは4万円だといわれていたのが、蓋を開けてみたら一気に下がった。当初は皆、あまり信じていなかったですね。逆に、安くなったからと株を買っておこうとした人もいたくらい。でも、そこからは半値八掛け2割引の世界。銀行も、たった2年ほどで一気に旗色が悪くなりました」

入社時こそもてはやされたバブル世代の運命も、経済同様の落下曲線をたどる。とどまるところを知らない不況に立ち向かいつつ、背後からは社会の逆風も。シリーズ初期2作のベースにあるのは、バブル景気という“祭の後”を生きる銀行員たちの苦悶と苦闘である。

「下の世代から叩かれることの多いバブル世代ですが、言わせてもらえば、本当に悪いのは団塊の世代なんですよ。当時、バブル世代は、ただの下っ端の兵隊でしかなかった。ところがバブル崩壊後は、債権の回収業務などの汚れ仕事を押し付けられる。旗を振って動かしたのは上司である団塊の世代なのに、今は入社が楽だったというだけで、バブル世代が既得権益者として下から叩かれている。

まあ、昔は確かにサラリーマンは既得権の権化ではありましたから。でも、その旨味もだんだんなくなっていった。自社株の含み損とか、残業代の未回収なんかが、その最たるものでしょう。団塊の世代ではあてになった“組織”が、まったくあてにならなくなったんです」 

「バブル」も「ロスジェネ」もデキるヤツはちゃんとやっている

2013年刊行の第3作『ロスジェネの逆襲』では、バブル崩壊以降の就職氷河期に直面した、いわゆるロストジェネレーション世代が登場。銀行から系列証券会社への出向という憂き目にあった半沢は、若い部下を励ましつつ、新興IT企業の、やはりロスジェネ世代のカリスマ経営者と対峙する。

そして、2014年刊行の『銀翼のイカロス』で銀行に復帰した半沢が取り組んだのは、大手航空会社の経営再建。これは2010年、世の中を騒然とさせた日本航空の経営破綻がモチーフになっており、シリーズは平成の時代性を取り込みつつ、国民的小説へと作品世界を広げていく。

「時事のテーマを取り入れることは、僕自身はあまり必要なことだとは思っていない。目的ではなく、あくまで小説に加える調味料のようなものです。メインに据えると、どうしても説教くさくなってしまうし……。

でも、今の読者というのは、昔と違って、たとえエンタメ小説からでも何かを貪欲に吸収しようとするんです。勉強のために読む、という読み方をされる方がけっこういる。サイン会に持ってきていただいた本に付箋がたくさん貼ってあるのを見て、『誤植でもあったのか?』とドキドキしていたら、『仕事で参考になる言葉に貼ってるんです』と。驚きました」

バブル、そしてロスジェネ。世代的な特徴はあっても、同じ時代を生き、同じ厳しさを味わい、それぞれに40代、50代を迎えてなお、あがき続ける同士でもある。彼らの物語を描き続ける池井戸氏だが、「世代論にはあまり意味がない」というのが実感だという。

「ある種の性格判断というか、血液型判定みたいなものだと思いますね。『A型は几帳面』と言ったって、すべてのA型がそうであるはずはないのと同じで、何々世代だからこうだという科学的根拠があるわけでもない。感覚的な、ある種のお遊びみたいなものです。

僕もさっき『団塊の世代が悪い』と言ったけれど、もちろんそれもお遊び(笑)。実際、どの世代にも優秀な人がいればアホな人もいて、簡単に世代や年齢、性別で切って仕分けできるものではないですよね。頑張れる人はどんな時代でも頑張っている。やれる人とそうでない人の差は……まあ、生まれ持った能力や資質も大きいのかな。でも、心がけの差も出るでしょう」

ちなみに半沢は? と問うと、「生まれ持った資質はいいかもしれないけど、心がけは悪いほうかな。きっと雨男だと思う」と言って、笑った。

 

池井戸 潤 1963年岐阜県生まれ。98年、『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、『下町ロケット』で直木賞を受賞。主な作品に『空飛ぶタイヤ』『七つの会議』『陸王』『民王』『ノーサイド・ゲーム』などがある。2020年は1月3日深夜にTBS系列で『半沢直樹イヤー記念 エピソードゼロ』が放送。4月からTBS日曜劇場で『半沢直樹』、同じく4月にWOWOWで『鉄の骨』が再ドラマ化される。

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  • 取材・文大谷道子カメラマン田中祐介

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