大学ラグビー 早明戦なるか?日本代表の器、早大・齋藤直人の苦悩 | FRIDAYデジタル

大学ラグビー 早明戦なるか?日本代表の器、早大・齋藤直人の苦悩

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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早稲田大学のスクラムハーフ・齋藤直人/写真:アフロ
早稲田大学のスクラムハーフ・齋藤直人/写真:アフロ

完敗の早明戦で

完敗のキャプテン。悩め。どんどん悩め。

師走の最初の日の午後。早稲田のラグビー部出身者は、列島各地で、テレビめがけて身を乗り出しただろう。手を湿らせただろう。少しくらいは叫んだはずだ。

そして胸の内につぶやく。キャプテンよ、悩め。

突き放すのは強い男と知っているからだ。面識がなくても同じ青春を送った者には瞬時にわかる。

齋藤直人は強い。強い人、直人が悩めば、きっと、突き抜けられる。

7対36の早明戦。四半世紀ぶりの全勝対決の攻防は、ただただ紫紺と白のたくましさの奏でる野太い旋律に従った。軽快な赤黒のリズムはしだいに響きをなくした。

「明治の強みであるフォワードを前に出させてしまいました。あまりアタックした記憶がありません」

背番号9、第102代主将は、会見で素直に認めた。学生随一、国内でも屈指のスクラムハーフがせわしなく球をさばく場面はまれだった。

スポーツの魅力は喜怒哀楽の凝縮にある。大学ラグビーは典型だ。ひとつのシーズン、また、ひとつの試合に、歓喜、落胆、安堵、転落、再浮上、うれし泣きに悔し涙が繰り返される。12月1日の黒星。齋藤主将は、ひととき悩み、同21日の全国大学選手権準々決勝からの登場までに力をつけようともがく。

早稲田だけではない。早明戦当日、昨年度の明治のキャプテン、福田健太が明かした。「いまごろ急に苦しくなったんです」。放送の解説で同席、打ち合わせの雑談で1年前の重圧の記憶がよみがえった。全国制覇達成の強気で明晰なリーダーにしてそうだった。

齋藤直人も苦しんでいる。本人が明かすはずはないから推測だ。いや苦しむというよりも、キャプテンなら必ず通る道の途中を歩いている。

「お互いに我慢できるかが大事だと考えていました」

明治も早稲田も優れたアタック力を有している。だからディフェンスの忍耐を重くとらえる。認識としては正確だ。でも、ここから先はおせっかいだが、チームが我慢するためにキャプテンは我慢しなくてよい。

ワールドカップ熱狂余波もあり、近年ではまれな注目の集まった対抗戦終盤、赤黒ジャージィの9番はちょっとおとなしかった。パスもキックも一流だ。けれど、むき出しのスクラムハーフとしてではなく、リーダーが球をつかみ、放り、蹴っている。うまく書くのは難しいが、使命感や責任感が「完全によいプレー」を選ばせる。すると、つい慎重になってしまう。

世界の頂点に資する男

フォワードの主将はどのみち激しく体をぶつけ合うので、キャプテンらしさはダイレクトなパワーへと変換される。ところがバックスの場合は「よりよい選択」へ傾き、気がつくと、自身の活力や迫力がそがれている。

齋藤直人が、自分らしく、満々の生命力をたたえ、本能の導きをよしとしながら、タッチラインからタッチラインへと、息の上がるまで駆けては駆けまくる。大学選手権において早稲田が勝ち上がり、仮に、明治との再戦の資格を得られるとしたら、そのときだ。

いけない。注文をつけてしまった。まあ、それほどの逸材なのである。ワールドカップ期間中、同ポジションの大学の先輩にして元ジャパンの矢富勇毅と会場で「齋藤直人論」を交わした。快活、率直な好漢は、芝に指先を向けながら確かに言った。

「ここにいても不思議のない選手です」

最高級の評価ではあるまいか。

11月26日。年が明けて、1月31日開幕のスーパーラグビー、サンウルブズの第1次スコッドが発表された。トップリーグのシーズンと重なるためにメンバーのリストは海外出身のカタカナの名で埋まった。ひとつの欄のみ「齋」の字で始まった。

3日後、齋藤直人その人が取材陣に囲まれて心境を明かした。

「素直に嬉しかったです。日常から気を引き締めてトレーニングをしないといけないと思いました。自分が選んだ道ですし、この先もラグビーをやっていく身としては、これほど光栄なことはありません」

楽しいはずの卒業旅行ができませんね。そんな内容の質問もあった。

「もともと予定は立てていないです」

移動また移動、スーツケースとともに暮らす。スーパーラグビーの厳しいツアーのほうが人生を分厚くさせる。結局は楽しい。

ひとつのシーンを最後に再現したい。

早慶戦。進む時計で後半41分10秒。モールが割れた。慶應義塾の留学生、ニュージーランド出身のナンバー8、アイザイア・マプスアが193㎝、107㎏のサイズを利して、165㎝、75㎏の本稿主人公を上からつかんだ。楕円のボールを奪おうとする。

巨漢対小兵。常識では所有権が移行する。少なくとも球はこぼれる。しかしキャプテンは譲らなかった。

ここだ。ここが非凡の証明である。

広い世界がおいでおいでをする。ただ、それより前に閉じた世界での頂点に立ちたい。可能性はある。齋藤直人の率いる早稲田には齋藤直人がいるからだ。

※この記事は週刊現代2019年12月21日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。

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  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『北風』(集英社文庫)、『序列を超えて』(鉄筆文庫)

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