シャーリーズ・セロンが「母が父を射殺した夜」を生々しく語る理由
母が目の前で父を射殺する、という壮絶な体験を持つ女優のシャーリーズ・セロンが、改めて生々しい記憶を詳細に語っている。
南アフリカ出身のシャーリーズは、幼いころからアルコール依存症の父チャールズが母ゲルダに暴力を振るうのを見て育った。毎日、父の暴力におびえながら暮らしていたという。事件が起きたのは1991年の6月。シャーリーズは15歳だった。
「歩くのもままならないほど泥酔した父が、銃を手に家に入ってきたのを覚えてるわ」
不穏な様子を感じ取ったシャーリーズと母親のゲルダさんが寝室に立てこもると、父は部屋に押し入ろうとした。
「父が寝室に入って来ないよう、母とわたしは開けられないようドアに寄りかかった。父は力尽くでドアを押し開けようとしていたけれど、(ドアが開かないとわかると)一歩下がってドアを3度撃ったの。弾丸がわたしたちに当たらなかったのは、奇跡だと思う」
娘と自分の命を守るため、ゲルダさんは夫を撃ち殺した。正当防衛が認められ、母が罪に問われることはなかった。シャーリーズが事件について口を開いたのは、家庭内暴力や依存症の家族に悩む人々にひとりではないと伝えたかったからだという。
「家庭内暴力のことは、多くの人にシェアしていることなの。話すのを恥じたりしないわ。だって、同じ目に遭っている人が自分だけではないと気付けるかもしれないもの」
そう語るシャーリーズだが、その境地に達したのは30代半ばだった。シャーリーズは以前、「母が父を射殺したことで負った心の傷を、セラピーによって癒やした」と告白している。
事件が起きた15歳のころからセラピーを受けていた20代後半~30代前半までは、
「あの夜のことは誰にも言えなかった。あんな出来事は起きなかったと自分に言い聞かせ、みんなには『父は交通事故で死んだ』と嘘をついた」
と、あるインタビューで語っていた。
今回、再び事件について口を開いたシャーリーズは、改めて家庭内暴力や依存症の家族と暮らすことは不健全であると主張している。そして、母が父を殺したことよりも、父の暴力におびえて暮らした経験のほうが、のちの人生に悪影響をもたらしたと断言する。
「あの夜、何も起きなければよかったのにと今でも思う。だけど、根本的な問題を解決しない限り、いつかは何かが起きてしまう」
シャーリーズの母のようにはなかなかできないもの。また、シャーリーズのように壮絶な体験を乗り越えるのも容易ではない。シャーリーズの話を知って、自分が渦中にいると気付いたなら、すぐに誰かに助けを求めて欲しい。
文:原西香
(はら あきか)海外セレブ情報誌を10年ほど編集・執筆。休刊後、フリーランスライターとして、セレブまわりなどを執
筆中