令和元年 世間を震撼させた「引きこもり男」たちの事件簿

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5月1日、新元号「令和」の時代が幕を開けたが、その直後から目立ったのは「引きこもり」が当事者となる事件だった。

記憶に新しいのは、44歳の長男・英一郎さんを自宅で刺殺した罪に問われ、12月16日に懲役6年(求刑懲役8年)の判決を言い渡された元農水事務次官・熊沢英昭被告(76)。

6月3日、練馬署から送検される熊澤英容疑者。英一郎さんと揉み合いケガをしたのか、右手には包帯が巻かれていた

精神疾患を抱え、長らく仕事に就いていなかった英一郎さんは、熊沢被告の妻が所有する目白の一軒家で一人暮らしをしていた。家に引きこもり、オンラインゲームに耽る息子の代わりに、熊沢被告が病院に出向いて薬をもらい、届けていたという。また、自分の死後も英一郎さんが家賃収入で生活できるように準備を整えるなど、さまざまに気を配っていたようだ。

事件の約1週間前、英一郎さんが東京・練馬の熊沢被告の自宅に戻ってきてから、それまで悪くなかった親子関係に異変が生まれ、6月1日に事件は起こった。熊沢被告が息子を殺そうと決意した背景には、ちょうど英一郎さんとの同居が始まったのと同じ頃に起こったもうひとつの事件の存在があった。

事件発生直後の現場。岩崎隆一容疑者はわずか十数秒の間に19人もの被害者をメッタ刺しにし、二人の命を奪った

5月28日、川崎市多摩区登戸の通り魔事件。この事件の犯人も、長期にわたる引きこもりだった。熊沢被告が、自分の息子と犯人の姿を重ね合わせたというのも無理からぬことである。

この日の朝7時45分ごろ、小田急線登戸駅近くの路上でバスを待っている小学生たちの列があった。同駅から1.5キロほど離れたところにあるカリタス小学校のスクールバスを並んで待っていたその列に男が突然近づき、持っていた刃物で児童や保護者らを次々に襲撃した。これにより、同校6年生の女児(11)と外務省職員の男性(39)が死亡し、16人が重軽傷を負った。

男が事件の動機を語ることはなかった。犯行直後、持っていた刃物で自らの首を刺し、のちに死亡したからだ。着衣のポケットからはむき出しの1万円札が10枚と、保険証が見つかったが、遺書のようなものは見つからなかった。

犯人の男・岩崎隆一(51=当時)は、事件のあった登戸駅と同じ小田急線沿線の住宅街に、年老いた叔父叔母と同居していた。隣家の住民は、事件当日に家を出る岩崎と「1年ぶりぐらいに」顔を合わせたという。それは同居していた叔父叔母も同様だったようだ。岩崎は普段から叔父叔母とは接触がなく、岩崎の部屋の前に意思を確認する手紙を置いたが、彼の返信は「自分のことはちゃんとやっている。食事も洗濯もしている」というものだった。

川崎市は、80代の叔父叔母が介護サービスを受けるにあたり、親族が岩崎についての相談を事件の翌日に予約していたことを明らかにした。相談内容は、外部のヘルパーが家に入ってきた時の岩崎の反応を心配するもの。県警は動機の解明にあたったが、不明なまま9月に捜査が終結している。犯行時、多額の現金と保険証を所持していたことから、自殺するつもりは当初はなかったのかもしれないが、今となってはそれも分からない。

立て続けに起こったこの2つの事件により、社会問題としての「引きこもり」に注目が集まる中、数ヵ月後の11月17日、大阪に住む小学6年生の女児の行方が分からなくなった。午前中に家を出てから足取りが途絶え、約1週間後の23日、自宅から約400キロメートル以上も離れた栃木県小山市の交番に助けを求めに来たところを保護された。

栃木県から大阪府警に移送される伊藤仁士容疑者(左)。終始、顔を伏せたままだった

「男の家から逃げて来た。もう1人、女の子が男の家にいる」

のちに未成年者誘拐の疑いで逮捕されたのは、この交番から約750メートルほどの距離に住む、自称派遣社員・伊藤仁士容疑者(35)。自宅からは15歳の少女も保護された。ところが伊藤容疑者は「誘拐しようと思ったわけではない」と容疑を否認している。女児とは会員制SNSで知り合い、「半年くらい前に女の子が家に来た。話し相手になってほしい。うちに来ない?」と、最寄りの公園まで誘い出し、在来線を乗り継いで栃木の自宅に連れ帰ったとされている。

伊藤容疑者は父親とは早くに死別し、母親は介護のためにすぐ近くにある祖母宅で生活していた。妹と弟は独立し、一人暮らしだった伊藤容疑者は定職に就かず、引きこもり状態だった。

さらに伊藤容疑者逮捕の翌日、24日の午後10時ごろ、名古屋市港区の住宅で「息子が包丁で祖母らを刺した」と110番通報があった。現場に警察官が駆けつけると3人が怪我をしており、病院に搬送された。

3人を刺した疑いで逮捕されたのは、この住宅に住む長男の遠藤純容疑者(23)。祖父母と両親、そして2人の兄弟の3世代7人暮らし。純容疑者は、祖母の好美さん(77=当時)と父・栄二さん(52)、そして妹(19)の3人を刺し、好美さんを死亡させた疑いがもたれている。純容疑者も中学時代から引きこもりがちになり、2〜3年前に仕事に就くも、すぐに辞めてまた引きこもり状態となっていたという。これを父親は心配し、周囲に相談していた。事件当日、純容疑者は家族と家にいるとき、突然暴れ出したというが、動機はまだ明らかになっていない。

新元号発表直前の3月29日、内閣府は中高年層を対象とした初の引きこもり調査結果を発表した。40~64歳の引きこもり(内閣府の定義は「自室や家からほとんど出ない状態に加え、趣味の用事や近所のコンビニ以外に外出しない状態が6ヵ月以上続く場合」)が、全国で推計61万3000人いるという。この層は推計54万1000人の15~39歳を上回る。引きこもりが長期化し高齢化が進んでいることを示しており、岩崎や熊沢被告の事件が起きたことで、「8050問題」の深刻さも突きつけた。年老いた家族が、長年引きこもる中高年を養い続ける生活にはいつか終わりが来る。

熊沢被告の公判では、農水省の後輩が証人出廷し、こう語った。

「熊沢さんからご家庭のことで、相談を受けた人はいらっしゃらない」

相談できず、家族の問題として抱え込んでしまう実態も見え隠れする。家に引きこもりがいることを恥だと思う家族や、犯罪を起こすのではという心配を抱く家族もいる。一方で、社会復帰を促すための社会支援サポートと称した『引き出し屋』なる業態も出てきたが、業者に引きこもりの子を託したところ孤独死していたケースが出てくるなど、ずさんな対応による問題も表面化してきた。

現在、厚生労働省が中心となり、「引きこもり地域支援センター」を各自治体に設置する動きがある。まずはさらなる拡充が急務であろう。

  • 取材・文高橋ユキ

    傍聴人。フリーライター。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

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