26歳の若き研究者を『こども六法』出版に駆り立てたいじめ体験 | FRIDAYデジタル

26歳の若き研究者を『こども六法』出版に駆り立てたいじめ体験

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《この本で身につけた知識は、いざというときに、きっとあなたのことを助けてくれることでしょう》

子どもが学校生活や暮らしの中で直面する事件や出来事。それにまつわる法律の数々を、ふりがな付きの平易な読み下し文とイラストで紹介した法律書『こども六法』が売れている。

長身でシュッとした風貌。ミュージカルソングのコンサートを企画し出演するなど、音楽活動も精力的に継続している
長身でシュッとした風貌。ミュージカルソングのコンサートを企画し出演するなど、音楽活動も精力的に継続している

著者はミュージカル俳優で教育研究者の山崎聡一郎氏(26歳)。自らの少年時代のいじめ体験をきっかけに、子どもと法律の接点を作るべく5年間をかけて完成させた、200ページもの大著である。

いじめによる自殺、家庭でのDVやネグレクト、性的虐待など、子どもを巡る悲惨な事件が頻発する昨今。子どもたち、教育現場、そして大人たちの意識を変えるために求められる法知識、その重要性について著者に尋ねた。

子どもたちと法律の接点を作りたい

拾ったものを交番に届けず勝手に自分のものにすれば、民法第240条「遺失物の拾得」に違反。目の前にいる痴漢を捕まえて警察に引き渡すことは、刑事訴訟法第213条「現行犯逮捕」に当たる。暴力や脅しを使ってわいせつな行為をしたら、相手が大人でも子どもでも刑法第176条で「強制わいせつ」罪に問われるーー。

日々、身の回りで起こるトラブルや、ニュースなどで触れる犯罪とそれを裁く法律や罪名は、聞いたことはあってもなかなか結びつかないもの。ましてや子どもたちなら、それが犯罪にあたると認識するのも難しいだろう。

そうした現状を変える可能性を秘めた一冊の本が、『こども六法』だ。収録されているのは、日本国憲法をはじめ、民法、民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法、少年法、そして2013年に制定、施行されたいじめ防止対策推進法。その中から、子どもたちの暮らしや学びの場に関連する項目を抜粋し、イラストやコラムを加えながら読みやすく構成した画期的なジュニア向け法律書は、今年8月、法律書の老舗出版社として知られる弘文堂から出版。以降、教育関係者を含む幅広い層から注目を浴びている。

「多くの日本人にとって、法律は『校則』のイメージなんです」と山崎氏。法律への心理的なハードルを下げるために、愉快なイラストや図解、ミニ知識などを盛り込み、読み物として楽しい作りに
「多くの日本人にとって、法律は『校則』のイメージなんです」と山崎氏。法律への心理的なハードルを下げるために、愉快なイラストや図解、ミニ知識などを盛り込み、読み物として楽しい作りに

「各学級の文庫に入れて生徒たちに読ませたいと、一括購入してくださった学校もありました。もともとは10歳から15歳を想定して書いた文章ですが、現状、読者のボリュームゾーンは小学2、3年生くらい。さらに若いところでは、5歳の子が読んでいるというフィードバックも受けています。子どもの読解力ってあなどれないんですよ。だって、彼らの遊んでいるカードゲームのルールブックなんて、この本の文章よりはるかに難しいんですから(笑)」

そう語るのは、著者である山崎聡一郎氏。弁護士や検事といった法律の専門家ではなく、大学の研究所に籍を置く教育学の研究者だ。研究テーマとして掲げるのは、学生時代から一貫して「法教育を通じたいじめ問題解決」。これは、個人的な体験に由来する。

被害者も加害者も、気づき、声を上げられるように

小学校高学年の頃、山崎氏は学校でひどいいじめに遭った。暴言、ときには怪我を負わされるほどの暴力。そんな日々から抜け出したい一心で受験勉強に励み、私立中学へ進学していじめは止んだものの、今度はそこで自身がいじめの加害者になってしまう。それに気づいたときは、いじめを受けたとき以上に「すごくショックを受けた」という。

「部活でトラブルが起こり、部員同士の話し合いでそのトラブルを起こした当人を辞めさせることになったんですが、大人数でひとりを追い込むのはいじめだよと先生に指摘されて……。いじめですごく辛い思いをした自分は絶対に加害者にはならないと思っていただけに、衝撃でしたね。被害者の子とはその後、仲直りすることができましたが、後悔もしたし、なかなかその事実を認めることができませんでした」(『こども六法』著者・山崎聡一郎氏 以下同)

その頃、学校にあった六法全書を偶然手に取り、「こういうことを知っておきたかった」と感じた山崎氏。いじめと法律が、自身の中でリアルに結びついた、最初の瞬間だった。

「実は小学校のときにも日本国憲法を読んでいるんですが、そのときに思ったのは『ふーん、人には人権があるんだ。でも、こんなに侵害されているのに誰も守ってくれないんだから、法律なんてぜんぜん意味ないじゃん』ということ。

ですが、中学生になってあらためていじめは重大な人権侵害なんだと認識したし、いじめている側には自覚や明確な動機がなく、気がついたら加害者になっていることが多いのも実感しました。もちろん、それでも悪いことだし、周りの人間も止めなきゃいけない。そして被害者の側が、自分が権利侵害を受けていると気づき、声を上げるための方法を考えなければと思いはじめたんです」

学校にも「法律」が必要な時代

いじめをなくすためには、まずは共通のルールである法について知ることが必要——。大学に入り、本格的に法と教育問題をテーマに研究に取り組み始めた山崎氏は、「子どもたちの間に法という共通ルールを浸透させるため、いつでも手に取れるもの」をコンセプトに、『こども六法』のプロトタイプを執筆、編集。2014年に自費出版した。

「もともとは、弁護士会が行っている法教育の授業の副教材にと思って作りました。この時点では、身近な法律に触れることが主眼で、いじめ問題解決の観点はまだそれほど入れていませんでした。なぜかというと、日本の教育現場には『学校での問題に法律が入るなんて』という意識が、まだ少なからず残っていたからです。

でも、もうそういう時代じゃない。保護者の側も自分の子どもを守るために法律を勉強しなくちゃならないし、先生方もモンスターペアレントの無茶な要求から学校を守るために法を学ばなくてはならなくなった。子どもたちだって、そうでしょう?」

『こども六法』をもっともっと役に立つものにして、広めたい。山崎氏はプロジェクトを立ち上げ、クラウドファンディングで資金を集めつつ、法律家や学者の力を借りて、よりいじめ問題にフォーカスした改訂版の製作に取り組んだ。結果、今年出版された『こども六法』は、「いじめに直面している子どもが、法律の知識を通じて大人に助けを求められるように」という、氏の原点たる願いをよりストレートに込めたものになっている。

《ケガをさせなくても暴行になるよ(刑法第202条・暴行)》《気軽に「死ね」って言ってない?(刑法第202条・自殺関与及び同意殺人)》《14歳以上は大人と同じ罰を受けることもあるよ(少年法第40条・準拠法例ほか)》といった、いじめに直接関連する法律を網羅。また、《子どもは生きるための世話をしてもらう権利がある(民放第218条・保護責任者遺棄等)》《むりやりエッチなことをするのは絶対ダメ!(刑法第176条・強制わいせつ)》など、DVや子どもをターゲットにした性犯罪に立ち向かうために必要な条文についても、わかりやすく紹介している。

過去を乗り越え、自由人として生きる

「日本はもともと、『わかりあえる』ことが前提の社会でした。基本的には単一民族で、大方が仏教かキリスト教か無宗教で、肌の色が同じで皆日本語をしゃべる……。でも、今は日本人の間でもさまざまな面で多様化が進んでいるし、グローバル化と言われるように、いろんな国の出身者が日本で暮らすようになってきた。その中で争いが起きたときにどうするか? と考えると、法制度の重要性は増すことになるでしょうね」

どんな人にも権利があり、法の知識は、それが守られるために不可欠なもの。山崎氏は、若年層からの法教育の必要性をあらためて感じているという。

「法教育は、法律の知識を勉強するためのものではなく、あくまでも法的なマインドを身につけるためのもの。さらに大事なのは、自分の権利だけを主張するのではなく他人の権利も等しく尊重することです。ことわざでいえば『情けは人のためならず』でしょうか。法を学ぶことは、人の生命を守るために、そう、水泳の授業と同じくらい必要だと思っています」

《法律はわたしたちにきゅうくつな思いをさせるためのものではありません。むしろ、わたしたちの自由で安心な生活を守るためのものです》

本の序文に、そんな一文をしたためた山崎氏。自身もまた、のびのびと生きることを至上とする自由人である。現在は法教育の研究にいそしみ、学校を回って講演を行う一方で、カメラマンとして活動するなど枠にとらわれない生き方を実践している。

プロフィールの中で異彩を放つのは、歌のキャリアだ。なんと、あの劇団四季の難関オーディションを突破し、ミュージカル『ノートルダムの鐘』にクワイヤ(聖歌隊)の一員として参加した経験を持つ。

「1600人ほど受けて、40名程度が残ったと思います。もともと歌は好きでしたが、根本的には音痴なんですよ(笑)。でも、声が大きいという特技があったので、自分のために歌うんだったらいいかと思い、男声合唱に入って……。プロの方々と並び立つ一人としてきちんとしたパフォーマンスができるように、今でも必死に実力を磨いています。

会社員になれと両親からは常々言われていましたが、何かと突飛な行動を取りがちだからか、残念ながら縁がなく(笑)。だったら、やりたいことをやって食べていける道が見つかれば万々歳かな、と」

屈託なく笑う姿を小学生時代の氏が見たら、さぞや勇気づけられることだろう。

山崎聡一郎 1993年生まれ。2012年、慶應義塾大学総合政策学部に入学後、法教育を通じたいじめ問題解決をテーマに研究活動を開始。在学中に『こども六法』の原型を製作、発表し、卒業論文は優秀卒業プロジェクトに選定された。一橋大学大学院社会学研究科修士課程を修了し、現在は慶應義塾大学SFC研究所に在籍。また、写真家、音楽家としての活動の幅も広げている。https://www.yamasow.com

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  • 取材・文大谷道子撮影田中祐介

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