井上尚弥だけじゃない。史上最速3階級制覇の天才ボクサー田中恒成

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名古屋にある畑中ボクシングジムに所属する田中恒成。無敗の世界チャンピオンと思えない人懐っこい笑顔が魅力的だ

「オレの意見じゃないです(笑)。毎回、そこに父が貼っているんですよ」

リングサイドに貼ってあるポスターを指差し人懐っこい笑顔を見せるのは、ボクシングWBO世界フライ級チャンピオンの田中恒成。視線の先のポスターには、12月31日に対戦する同級12位ウラン・トロハツ(中国)が、ファイティングポーズでこちらを睨んでいる――。

11月7日、真の世界一を決めるため2万人を超える観客を集めて行われたワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(バンタム級)の決勝戦。ノニト・ドネア(フィリピン)との死闘を制した井上尚弥に、日本国内はボクシングの楽しさを再認識させられた。

国民の注目を浴びた井上は、19戦19勝16KOで3階級制覇の王者として君臨。ファンから「怪物」と呼ばれるのも当然だろう。

今やスーパースターになった井上と比べ、名古屋の誇る世界チャンプ・田中も戦績では引けを取らない。

小学校5年生からボクシングを始めると、中京高校ボクシング部では1年生で国体優勝。高校4冠の実績を引っさげてプロに転向すると、デビュー戦では世界6位の強豪を破るという離れ業を演じている。

現在は14戦14勝8KO。世界最速タイ&最年少で三階級制覇を成し遂げた田中に対し、ファンは「エリート」という称号を贈る。そのことについて聞いてみると、

「エリートって悪いことではないですからね」

と照れながらも、エリートらしからぬエピソードを教えてくれた。

「5年生のときに2歳上の兄とボクシングを始めたんですけど、実は空手のテクニック向上が目的だったんです。半年間くらいはボクシングと空手を両方やっていたんですけど、6年生のころにはもうボクシング一本でした。ステップやスピードとかが新鮮でしたし、殴られるスリルがあるのですが、それを避けられたときの満足感みたいのが良かったんですよね。でも、一番の理由は空手の練習が辛かったからなんです(笑)」

このとき、田中がボクシングを選んでいなければ、最速3階級チャンピオンは誕生していなかったわけだ。

ボクシングを一緒に始めた兄の亮明氏は、アマチュアボクサーとして活躍。11月24日に行われた「全日本選手権兼東京五輪予選・代表決定戦」では、52キロ級で2大会ぶり3度目の優勝を飾り、東京オリンピック出場へ王手をかけた。

「僕が高校でボクシング部に入った時に兄は3年生ですから、スパーリングもできないくらい、兄の方が上手くレベルが違いましたね。オレも1年生で国体優勝しているんですが、兄にはボコボコにされていましたから。今も兄という本当に近い存在の選手からアドバイスをもらえるのは本当に有難いですね。頼りにしています」

12月31日には、東京大田区総合体育館で防衛戦が行われる。今年に入って3戦目だ。

スパーリングでは重く鈍いパンチの音が響く。トレーナーで父の斉さん(右下)もリングサイドから熱い視線を送る

「ここ何年かは年間2試合だったので、まあ‘19年は、ケガなくコンスタントに試合をこなせましたし、充実していましたね。何か大きな喜びとか、変化とかがあったワケじゃないんですけど、オレの中では年間3試合出来るというのが一番大きいです」

対戦相手のトロハツ選手は同級12位。田中が断然有利と言われている。

「右アッパーをちょっと警戒しています。そんなに打ってくるパンチではないですけど、一発の破壊力には注意したい。見た目以上に突出した何かというのは見つけられないけど、実際に世界ランカーや東洋チャンピオンと戦ったここ数試合は全部勝っています。気を引き締めていきたいですね。(自分の)評価が高いときは悪い試合をしちゃうんですよ。なので、勝敗を問われるときより勝ち方を問われているときは、いい勝ち方をできないので、そこは今回の課題ですね」

ボクシングファンは、田中の4階級制覇に期待を寄せる。それだけに、大晦日に行われる一戦では、より勝ち方が問われる。

「4階級制覇については、今回の試合が終わってから決めようかなって。この階級に居続けることが減量的に無理というわけではないので、今回いい調子で試合が出来れば、まだフライ級でやれると思いますし。逆に1階級上は強い選手ばかりなので、しっかり試合をしてこれなら上のクラスでもやれるなと判断になるかもしれませんし、正直、まだ決めてないです。でも、近い将来、階級を上げるのは確実なんで、それが1年後なのか次の試合なのかっていうだけの話ですね。だから、上のクラスの事は、常に意識しています」

ファンからの熱い期待、勝ち続けるプレッシャー……。リングでの“孤独な戦い”について聞くと、チャンピオンは少し考えるかのように間を置いて、静かに語り出した。

「リングに上がるときは怖さの方が大きいですね。毎回、負けられない気持ちでリングに立っても、思うように動かないときもありますし、緊張します。でも、奮い立たせるのは“やるしかない”って気持ちだけですね。試合の1か月前くらいになるとトレーニングと減量と楽しいことはほとんど無くなるんですよ。それで、試合当日は緊張して。本当は怖いんだけど、できるだけ楽しもうって。それだけ緊張して怖いことに臨むからこそ、勝ったときはそれだけでうれしいです。本気で辞めちゃおうと思ったことはないですけど、試合前は“辞めてやる”って思うんですよ。でも、勝つと苦しかったことは全部忘れちゃいますからね」

そう言い終わると、優しい笑顔を見せてくれた。

「明確なゴールはないですね。海外で試合したいというのもありますし、5階級制覇はしたいです。でも、そこがゴールではないですし、ひとつの通過点にしたいなと。とにかく、大晦日は東京でやる5年ぶりの試合なので、圧倒的に勝ちたいです。恒成強いなってところを見せたいです」

天才ボクサーはその先をしっかり見据えている。12月31日のトロハツ戦では、きっとファンの度肝抜くような圧勝劇を見せてくれるに違いない――。

インタビューでは物静かな語り口ながら、ボクシングへの思いを熱く語ってくれた田中選手
  • 取材・文荒木田 範文(FRIDAYデジタル)

    埼玉県さいたま市出身。夕刊紙、女性週刊誌を経て現職。テレビやラジオなどにも出演中

  • PHOTO川柳まさ裕

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