日帰り15分の「老眼手術」に希望者が殺到している

取材・構成:青木直美(医療ジャーナリスト)

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19年4月に新制度 「遠・中」ピントレンズが保険適用で「老眼鏡からおさらばできる」

左目に2焦点の眼内レンズを挿入し馴染ませる荒井医師(右)。目の中の様子はモニター画面に映し出される

「老眼は加齢現象なので、治ることはない」。そんな常識が’19年4月に登場した新しいレンズによって、変わりつつある。

このレンズは白内障の治療に使用され、手術を受けて眼内に挿入すれば、老眼の一部も一緒に治るのだ。老眼は同時に白内障を患っている場合がほとんど。しかもこのレンズには健康保険が適用されるので、レーシックのような高額な費用もかからない。老眼と白内障の治療に精通するクイーンズアイクリニック(神奈川県)院長の荒井宏幸医師が解説する。

「人間の目は20歳位をピークに徐々に機能が低下していきます。45歳前後でほぼ誰でも老眼が始まり、これまでの距離でピントが合わなくなる。このピント調整をしているのが、目の中の『水晶体』というレンズです。レンズと言っても、皮膚と同じタンパク質でできているので、実際は卵の白身に近いんですよ。生卵を割ったばかりの白身は無色透明で弾力がある。そこに熱を加えると徐々に白くなって固まってきますが、目のレンズ(水晶体)も同様なのです。若い頃は透明で、オートフォーカス(見るモノの距離に応じてレンズの厚さを自動調整できる)。それが加齢と共にレンズが硬くなり、ピント調整機能も衰えてくる。これが老眼。並行して、レンズの中身は白(または黄色)に濁ってくるのが白内障。つまり、老眼と白内障はセットで進む老化現象なのです」

自覚症状はなくても、すでに老眼の症状がある人は、白内障も少しずつ進んでいると荒井医師は言う。そして新しいレンズが登場した背景をこう語る。

「白内障の手術は、目の中の濁った水晶体を取り除き、『眼内レンズ』という人工水晶体に置き換える方法が確立しています。ただ、眼内レンズにはピントの自動調整機能がないので、これまでは患者さんが日常一番多く見る距離にピントを合わせる『単焦点』の眼内レンズを用いるのが基本でした。しかし、手術が必要になるのは、加齢が原因の白内障だけではないんです。ボクシングなどのスポーツや事故によるケガ、糖尿病やアトピー性皮膚炎などの持病によっても白内障は起きます。その患者さんの年齢は40代、50代が多い。若い世代の方に単焦点の眼内レンズを使ってしまうと、ピントが合わない距離が増え、『以前より見えない』とQOL(生活の質)が下がるケースが複数報告されるようになりました。そこを何とかしようと、レンズの開発が始まったわけです。今回保険認可された新しいレンズのピントは、『遠・中』の2焦点なんです」

この2焦点レンズのおかげで、メガネを掛け替えるストレスから解放される人が続出しているのだ。

手術は15分で日帰り

では、実際の手術はどのように行われるのか。荒井医師の手術を受ける西田典子さん(仮名・75歳)に取材をした。

「これまで老眼はあっても、遠くの視力は1.0あり、ルーペや老眼鏡を使えば日常生活に不便はなかったんです。それがこの1年で急激に近くも遠くもかすみ始めて、眼鏡を替えてもよくならない。まぶたの縁(ふち)に痛みを感じるようにもなって荒井先生の外来を受診しました。すると、痛みは神経痛のようなもので、診断は白内障だったんです」

西田さんはそう語り、着衣の上から不織布の手術着と帽子を身に付けると、術前の麻酔へ向かった。多くの人が怖さや不安に駆られるのは、「麻酔は目に注射を打つのか」「メスや治療器具が見える状態で手術を受けるのか」という点ではないだろうか。だが、心配は不要だ。麻酔は目薬を点(さ)すだけの局所麻酔(点眼麻酔)。手術はリクライニングシートに座って仰向けで受けることになり、手術中は顕微鏡の光で何も見えなくなる。

「点眼麻酔の後は、感覚が少しぼわんとするだけで目は見えているので、手術室のイスには問題なく座れました。最初はメスの先端が見えたらどうしようと不安でしたが、手術中は照明の光がまぶしくて何も見えないんです。今、水のようなものをかけられたなと、目で何かが行われているのがぼんやりわかる程度で、痛みを感じることもありませんでした。先生の声は聞こえるので、『上の方を見てください、はい視線を動かさないで』と、言われる通りにしているだけで手術が終わった感じです」(西田さん)

近年の白内障手術は、日帰り手術が主流で、次のような工程で治療が行われる。メスで切開するのは黒目と白目の境目で2㎜ほど。続いて老化した水晶体を取り除く。水晶体は袋状の膜で覆われているため、まず前面を剥がす。そこにストロー状の器具を挿入し、目では見えない超音波の振動により、濁った中身を砕きながらキレイに吸い取っていく。眼内レンズはアクリル製で丸まるため、ストロー状の器具から押し出せば、小さな切開創でもすんなり挿入できるのだ。細い筒の先からムニュッと出てきたレンズは目の中でゆっくり広がっていった。

「はい終わりましたよ」と荒井医師が西田さんに声を掛けたのは手術開始から15分後。目をカバーする専用の眼帯を付けて、西田さんは帰宅した。

視力が劇的に改善した

翌朝、術後の経過チェックのために来院した西田さんの左目は、充血もなく、言われなければ手術を受けたとわからないほど綺麗な状態だった。すでに西田さんは1週間前に右目も手術済みで、両目とも眼内レンズが入っている。

「痛み止めが出ていましたが、夜間も全く痛みませんでした。目の見え方が落ち着くまで3ヵ月かかるそうですが、今日視力を測ったら、すでに両目ともよく見えているんです。視界がスッキリした感じがしますね。先生に新聞くらいなら老眼鏡なしで読めますねと言っていただいたので、もう嬉しくて!」(西田さん)

荒井医師によると、西田さんの術前の視力は左右とも0.5以下。70㎝の中間視力が右0.4(矯正0.8)、左0.5(0.8)、40㎝の近くの視力が左右とも0.2。それが術後7日目の検査では右1.0(1.2)左1.2(1.5)と劇的に改善し、中間視力も両目1.0、近くの視力も両目0.8だったという。

白内障の治療は、現在、「遠・近・中」の3焦点でピントが合う眼内レンズも使用できる。だが、健康保険は適用されず、治療費用は片目で55万〜80万円ほどかかる。一方で今回、西田さんの治療に使われた2焦点の眼内レンズは保険適用のうえ、効果も十分にある。これは画期的だと荒井医師は語る。

「このレンズは近くの見え方は少し弱いのですが、パソコン上のデスクワークができる40㎝以降の距離ならメガネ無しで見えるようになるのが大きな特徴です。治療費は3割負担の人なら、片目で5万円弱。両目でも10万円程度で手術が可能です。術後も老眼鏡は必要ですが、複数のメガネをその都度かけ替えなければ見えない煩わしさからは解放されます。実際にこの新しいレンズを使った治療が始まってみると、西田さんのように老眼鏡も必要なく、裸眼で生活できる人も出てきているんです」(荒井医師)

老眼が安価で安全な手術で治ることが当たり前の時代がやってきた――。

痛みもなく、あっという間に手術は終わる

目には見えない超音波の振動で眼内の水晶体を砕きながら、ストロー状の器具で綺麗に吸い取っていく
❶眼内レンズは形状も種類も豊富。今回はシート状のレンズを使用。素材はアクリル製で50年使用しても劣化の心配はない。
❷手術室へ入る前に点眼麻酔(局所麻酔)を受ける。
❸目の周りを消毒後、手術する左目以外は清潔シートで覆われる。
❹目の中で処置がしやすいようジェル状溶液を注入。次に、水晶体を取り除き(2枚目写真)、眼内レンズに置き換える。
❺感染予防の眼軟膏を塗って手術終了。
❻手術翌日にどの程度左目が見えているかを検査。目から40〜70㎝の距離でチェック
白内障の典型的な症状は「かすむ、二重に見える、メガネでは矯正できない視力低下」と話す荒井宏幸医師
『FRIDAY』2020年1月10・17日号より
  • 撮影濱﨑慎治

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