高校ラグビー日本一 監督と選手が語る桐蔭学園「強さの秘密」

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優勝が決まり、歓喜に包まれる桐蔭学園のフィフティーン(写真:時事通信)

ラストワンプレー。黒いジャージィを着た御所実がセンターライン付近右でペナルティーキックを得た。ボールを右タッチラインの外へ蹴り出し、ラインアウトからのトライを狙った。しかし、蹴られたボールの弾道は、ゴールラインの方向へ伸び、タッチラインを切ることなく相手チームへ。痛恨のエラー。

対する紺と白のジャージィの桐蔭学園は、その楕円球を優しく回し、最後はメインスタンド側へキック。笛が甲高く鳴る。

ノーサイド。勝者たちは飛び跳ねた。

2020年1月7日、大阪・東大阪市花園ラグビー場。ワールドカップ日本大会後初となる全国高校大会の決勝で、神奈川の桐蔭学園が23―14のスコアで奈良の御所実の初優勝を阻む。

桐蔭学園が花園で王者となるのは、日本代表の松島幸太朗を擁した2010年度に東福岡と同点で両校優勝となって以来2度目。単独での日本一は初めてだ。春の埼玉・熊谷ラグビー場での全国選抜大会、夏の長野・菅平高原サニアパークでの全国7人制大会(アシックスカップ)を含む3冠の達成に、伊藤大祐主将は実感を掴めずにいた。

「あれ、試合、終わったのかな。本当に優勝したのかな――」

1964年創部の桐蔭学園にはマントラがある。ジャッジメント。選手が常に考え、正しく決断を下すべきと唱えられている。

攻めるべきスペースを早く見つけたり、接点に身体を差し込むか次の防御に備えるかを判断したり。このような身体能力に影響されないパートを、選手間のミーティングと就任18年目という藤原秀之監督の緻密な指導で磨く。飛び抜けたエースや大型選手のいない時も安定的に上位へ食い込み、花園ではこれまで準優勝、4強入りを5度ずつ果たしている。

2019年度は、ジャッジメントの哲学を変えぬまま、身体をぶつけ合うフォワードにロックの青木恵斗、ナンバーエイトの佐藤健次という突破役の2年生を配置。攻守逆転を促すフランカーの石塚勝己、タックルのよいアウトサイドセンターの桑田敬士郎と、脇を固める3年生も多士済々。隙間を射抜けるスタンドオフの伊藤主将は語る。

「今年はチャンスだとわかっていました。ひとつひとつのプレーを99パーセントじゃなく、100パーセントでやろうとずっと話し合ってきた」

高校生活最後の大会に際し、伊藤主将は「他の大会では『王者、なのかな?』と思うことはありますが、花園になれば単独で優勝したこともない。皆、チャレンジャーの気持ちで、優勝候補という思いはまったくないです」と、立場を見誤らなかった。

ジャッジメントを支えるミーティングには、新たな視点も採用される。キーワードはリスペクト。まずは1月1日の3回戦を前に、結果78―5で下す浦和について藤原監督がプレゼン。自作の資料をもとに「文武両道という無理難題を乗り越えている。ここまで勝ち上がってきたことはフロックではない」と訴えていた。

競技活動以外の点も含めたバックグラウンドの共有は、控えの2年生部員が引き継いでゆく。3日の準々決勝でぶつかる昨季王者の大阪桐蔭、5日の準決勝で戦った東福岡に関し、校訓、他の部活の実績などをスライドで発表した。

その思いにレギュラー組も応えた。フィジカル勝負に出る大阪桐蔭は鋭いタックルと攻守逆転後の速攻で苦しめ、31―12で制圧した。東福岡戦に向けては前日、当日に合計5時間程度の戦術ミーティングをおこない、接点への圧力で相手の得意な展開攻撃を封殺。34―7で勝った。

振り返れば先のワールドカップでは、日本代表のリーチ マイケルキャプテンが全選手に向け日本の震災や戦争について講義し、一丸となっての8強入りをお膳立てしていた。調査対象が相手か自分たちかの違いこそあれ、文化や歴史的背景を念頭に置いて戦う意味では両者は共通している。

高校日本代表でもある桐蔭学園の伊藤主将は、相手を深く知る意義をこう捉えていた。

「相手が強いんじゃないか、と、緊張感を持って試合に臨めます。相手を知り、リスペクトして試合に臨むのはラグビー選手として普通のことで、それを2年生がやってくれたのはよかったです」

決勝を前に、ベンチ外メンバーは御所実の校歌を歌い、コーチングスタッフは薬の名所である御所市の立地などを話す。選手たちは対戦チームのしぶとさを分析し、こちらもタフであり続けようと意思統一した。

前半は自陣でのミスや反則が重なり3―14とリードされたが、伊藤は「前半は負け試合だね」と冗談の口調で総括した。ひとまず部員を笑わせてから、自分たちの道しるべを再確認したのだ。

「僕たちは、(ボールの)継続が得意。そこをやれば勝てるんじゃない? そこを最後に、やりたいよね? こんな風に、悔いの残らないチョイスをした感じです」

後半2分、伊藤主将が自陣22メートル線付近から仕掛ける。タックラーをひらり、ひらりとかわしてハーフ線付近に到達する。

「きょうはキックゲームでは勝てない。腹をくくって(その選択肢を)捨てるしかない。得意なランを使う。これも、1年間かけてやって来たこと」

桐蔭学園はその後も着実にフェーズを重ね、御所実の反則を誘い、敵陣22メートルエリアに入った。「ここでキープすれば、トライは取れる」という判断のもと、フォワード陣がじっくりとボールを保持する。

続く6分には、ゴールラインの手前にいた青木が接点から左後方へ離れる。前に体格で上回れそうなセンターの選手が並んでいるのを確認し、パスをもらってそのままクラッシュ。トライを決めた。直後に桑田がゴールを決め、10-14と迫る。

試合終盤以降、伊藤主将は水を得た魚だった。

16分には、わずかな隙間をすり抜けるようなカウンターアタックを決める。センターの秋濱悠太のスコアをお膳立て。15―14と勝ち越す。

以後も桐蔭学園は、伊藤の自陣からのゲインなどで陣地を獲得。一時はボールを手放しながらも、敵陣22メートル線付近でスクラムをもらう。ここから着実なボールキープで得点機を探る。

途中、好突破連発の佐藤にボールが渡れば、御所実がタフにマークした。タックルで倒し、そのままボールを乗り越えにかかった。しかし、カウンターラックと呼ばれる御所実のこの動きへ、桐蔭学園のフォワード陣は落ち着いて対処する。プロップの床田淳貴副将はこう語る。

「相手のカウンターラックが強く、隙があればどんどん来ると認識していて。もし(ひとつの接点に)人数をかけられたら、こっちも人数をかけていいと話していました。ミーティング通り、想定通りでした。『やばい、やばい』と思うことはなかったです」

23分。青木が右中間のスペースに立ち、大きな密集からボールを呼び込む。目の前の選手を引き付け、バックフリップパスを繰り出す。ウイングの西川賢哉がインゴールを割り、20-14と流れを傾けた。

御所実のコーチの1人が敗戦を覚悟したのは、続く27分。敵陣ゴール前まで進んだ桐蔭学園の伊藤主将がドロップゴールを決め、23―14と点差を広げた。ラグビーでは一度に取れる点数は最大で7。実力者同士の試合が残り3分となるなか9点差をひっくりかえすのは、簡単ではない。

「花園に来てから長い間、単独優勝に届かなかった。色々なことが走馬灯のようによみがえってきました。やっぱ、素晴らしい景色ですね」

報道陣に取り囲まれた藤原監督は、あちこちから突き出されるICレコーダーに談話を残す。感慨深げなようにも、淡々としているようにも聞こえた。ロッカールームでは大喜びだった伊藤主将は、記者に「涙は」と問われ「泣かないタイプなので」。激戦を制しての初の単独優勝は、情緒と距離を置くジャッジメントのたまものだった。

  • 取材・文向風見也

    スポーツライター。1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとして活躍。主にラグビーについての取材を行なっている。著書に『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー 闘う狼たちの記録』(双葉社)がある

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