かつては130店舗の大チェーン 街の洋食屋「三好弥」の秘密

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

洋食屋? とんかつ屋? それとも、中華屋? 実はルーツが一緒だった「三好弥」。高齢化で8割以上が廃業、20店が暖簾を守り続ける!

みなさんの街にもありませんか? 「三好弥」と名乗る洋食店。他の街でも見かけるけれど、メニューが同じようで若干違うし、看板も「とんかつ 三好弥」だったり「中華 三好弥」だったりと統一性がないし…。「長寿庵」みたいな立ち位置なのかな? 

といろいろ考えていたら気になってきたので、「三好弥」の正体を探ってみることにしました。伺ったのは現存する三好弥の中でも最古の部類に入ると思われる東日暮里店。一号店というわけではありませんが、全部の三好弥の中で一番ホームページがしっかりしていて、ちゃんと話をしてくれそうだったので電話してみました。

三好弥(東日暮里4丁目店)は店名に「下町の小さなレストラン」とつきます

大多数の三好弥が家族経営だと思うのですが、こちらも長谷部鉐利さん(77)、妻の洋子さん(76)、長男の利明さん(51)の3人で切り盛りしている、ザ・家族経営な店です。今時こんな模範的な家族経営店も少ないですね!

人情味あふれる笑顔に迎えられ、うっかり「久しぶり〜」と常連ヅラしてしまうところでした

とにかく心根の優しいご家族。取材のアポ電で「三好弥のルーツを探る的な記事をインターネットで書きたいんですけど」と怪しい打診をしましたら、「う〜ん、なんかよく分かんないけど、いいよ!」と快諾してくれました。どこの馬の骨ともわからない私に…感謝。

歴史について触れる前に、こちらの名物メニューを紹介。三好弥っていうと「トンカツ」のイメージがありますが、東日暮里店では三好弥グループでも稀な「みそとんかつ」を出しています。

ここで修業後、愛知県に出店した弟子の店で教わった味噌カツを独自のアレンジに仕上げてオリジナルの味で出しているそう。

みそとんかつライス1190円。17時以降は100円増し。鉄板バージョンもあります

旨い〜! しっとり柔らかな豚ロースの上品な脂の甘み、サクサクの衣、コク深い味噌ダレに箸が止まらないことこの上なし!

3種の味噌などをブレンドした秘伝の味噌ダレ。このタレでキャベツだけでも食べられます

思わず完食して「じゃっ!」と帰りそうになりましたが、いかんいかん。三好弥の歴史についてお話を伺いたいとこっちから頼んだのでした。鉐利さんは愛知県三河地方の高浜市出身。というより、「ほとんどの三好弥は、愛知県高浜市にゆかりのある人がやってると思うよ」というから驚きです。

「私は昭和32年(1957年)に地元の中学を卒業してね、9人兄弟だったから弾き出されて、同じく高浜出身の知り合いが東京で飲食店をやるっていうんで来たの」。それが芝大門にあった三好弥でした。しかし三好弥の1号店はここではなく、大正8年(1919年)に開店した小石川の店が正真正銘の元祖。創業者は、やはり高浜市出身の長谷川好弥氏です。そうなんです、三河出身の好弥さんが開いたから「三好弥」なんです! ちょっと感動ですね。

塊で仕入れた豚肉を注文後に切り、衣をつけて揚げます

当時まだ珍しかったトンカツを、安くスピーディーに提供する三好弥は大繁盛しました。その後、2人の弟や親戚縁者がツテを頼って上京し、修業しては三好弥の暖簾を授かって独立。昭和半ばごろには130店を超える店舗数を誇ったとか。ちなみに三好弥は、10年修業しないと独立できないという決まりがあったそうです。

「江戸川橋と神楽坂と人形町にも店があって、うちの親方は人形町の店で修業したんだよ。最初は神田にあってね。トイレもない店。その後芝大門に行ったの。東京タワーができる前だね。その頃は景気良くなってたから、とにかく忙しくてね」と長谷部さん。ん? ということは、小石川で修業した人が江戸川橋にも出したのか? 「おそらく小石川の好弥氏が弟を呼んで、次々に2、3号店ができたんじゃないかな。でも間に戦争を挟んでいるから、歴史も一度途切れて、今では正確な系譜が分からないねえ」

なーんだ、歴史はお蔵入りなのかー。とガッカリしかけたら、とんでもない資料を出してくださいました。

なんと、「三好弥会」の名簿。ずいぶん古ぼけているので明治期のものかと思ったら平成3年。最近ですね! と言いかけましたら、「もうずいぶん昔だねー」と遮られて自分が若くないことを思い知りました。

それは置いといて、かつて三好弥店主が集まる「三好弥会」なる団体があり、この名簿には会員店の住所から店主の名前、電話番号まで個人情報丸出しで載っています。

「三好弥」を名乗るのも総会の承認が必要だったのですね

三好弥会は区ごとに1〜10ブロックに分けられ、それぞれブロック長が決められていました。すごい統制ですね。

長谷部さんの店は第9ブロック。しかし日暮里近辺に三好弥が多すぎる!

会則もものすごく厳格です。なんと、会の規則を逸したものは「1.戒告2.出席停止3.除名4.損害賠償」という罰則まで決められています。一体何をしたら除名とか損害賠償になるのか? セブン-イレブンも真っ青ですね!

第22条がちょっと商売気を感じますねえ

一方で三好弥会は結束も大変固く、2ヶ月に1回ほどの会合があるほか、釣り大会やバスツアーなどを催したり、婦人部で食事会に行ったりとレクリエーションも多かったようです。でも結局お店が忙しかったり、店主が亡くなったりして参加できる会員が減って解散してしまったとか。

中には喧嘩して会を脱退しちゃう店もあったそうです。「みんな愛知から一匹狼で出て来るわけだから、元気が良くて。凧の糸が切れたように、三好弥会との縁が切れた人もいるわね」と洋子さん。ちなみに洋子さんも高浜出身で、「三好弥のおかみさんになる人もほとんどが三河出身の人」とのこと!

当時、東京で独立した店主がお嫁さんを探すとなったら、地元のツテを頼るしかなかったんですね。「三河の女性だから、奥さんも元気良い人が多いわよ」と洋子さん。分かる気がします。

これによると、平成3年(1991年)当時はまだ都内に60店舗の三好弥があったことがわかります。

名簿を見ながら、「足立区梅田の三好弥はやってるかなー。東向島はどうだろう」と近況を案じる3人。何せ、三好弥会がなくなった今、ほとんど交流はなくなり、互いの状況が分からないそうです。

せっかくなのでこの名簿に載っている三好弥に片っ端から電話して、生存確認をしてみました。すると、なんと現在営業が確認できた店は60店のうち20店舗でした!

1/3になっちゃったんですね。最盛期から考えると約1.5割しか残ってないってことです。

その貴重な現存20店の三好弥の中に、私の行きつけだった墨田区本所の店もあります。かつて住んでいたマンションから走って30秒くらいの近所でした。ここではCランチ900円がご覧の通りの素晴らしい内容でした。なんと本所のおかみさんは洋子さんとお知り合いだそう。三好弥繋がり濃すぎる!

墨田区本所の三好弥のCランチ900円。人類の好物を全部盛り合わせたような一皿

そうそう、三好弥は独立体制を取っているので、メニュー構成は各店バラバラです。だいたいとんかつはありますが、ラーメンがあったり居酒屋風だったり、鉄板焼きの店だったり。長谷部さんのお店にはみそとんかつ以外にも人気メニューが色々あります。その一つが「Qランチ」です。

みそとんかつの次によく出るという「Qランチ」1180円(ライス、味噌汁付き)。17時以降は100円増し

これはお客さんのリクエストで作ったメニューで、なんとハンバーグ、みそヒレカツ、エビフライが盛り合わせになった豪華ランチ。

名前の由来は、「内容は決まったものの名前が決まらなくて。もういっか! って、クエスチョンの『Q』にしたの」。そんな気がしていました!

味噌の配合や入っている調味料も「ヒミツ!」という味噌ダレ

エビのプリプリ感とジュワッと肉汁溢れるハンバーグ、歯ごたえ柔らかなヒレカツ。素材選びも調理にも手抜かりはありません。豚肉や野菜なども国産で、タルタルソースもドレッシングも全て自家製。デミグラスソースは、牛すじ、牛骨、野菜などを2日間煮込んで作る本格派です。

約50年前の開店時の写真。2006年にお店を改装しました

壁にはお店の歴史を伝える写真も飾ってあります。昨年の52周年記念にはタオルを配ったそう。そんな貴重なタオルを、「その時あげられなかったお客さんのためにとっておいたのよ」と、どこの馬の骨ともしれない私にも下さいました。

50周年はバタバタしていて、ゆっくりお祝いできなかったそう。今治タオルです。大事にします!

この取材の後、まだしぶとく個人的に調べてみましたら、本家筋である江戸川橋の店主・神谷裕司さんに電話で話を聞くことができました。裕司さんの祖父・正勝氏が長谷川好弥氏のもとで修業し、江戸川橋と京橋に店を開いたそう。そこで修業した人が田端、立石、目白などに店を出して枝分かれしたのだと教えてくれました。

ただやはり、歴史を詳しく知る人はもうおらず、「自分でも知っているのはここまでですね」とのこと。

つまり、三好弥の歴史を整理すると、大正8年(1919年)に長谷川好弥氏が小石川に創業し、そこで修業した神谷正勝氏が江戸川橋、京橋で独立したほか、親類縁者が神楽坂、人形町などに開店。さらにその後、田端、立石、目白、大門などに孫弟子が次々と店を出して勢力拡大。昭和初期には130店ほどを数えたが、平成3年(1991年)時点で60店、2020年1月時点では20店舗まで減少。ということまでは分かりましたが、店主の高齢化や死去で正確なルーツを語れる人はいないようです。無念。

しかし私的には「三好弥会」の存在がインパクトありすぎて、この名簿を見れただけでもう歴史なんか分からなくてもいいやと思ってしまいました。ちなみに江戸川橋の神谷さんによると三好弥会は20年くらい前に解散したらしいです。

本当にこの店の常連になりたい。そう思って日暮里で物件を探してしまいました

しかし三好弥、電話しまくって思ったのは、「店主のテンションがなんとなく似てる」ということ。同じ故郷の地を引いているから? それとも食堂の店主って皆一緒? 「今ねえ、お店やってないの。すみません」「今日見えるの?」など、どこか人懐っこい口調です。

特に私が伺った東日暮里店、下町人情食堂アワードでも授与したくなるぐらいあたたかいご家族。近所に住みたい。ちなみに日暮里5丁目にも三好弥があってややこしいですが、多分こっちの三好弥もいい店なんだろうなと思います。

下町の小さなレストラン 三好弥 住所:荒川区東日暮里4-2-19/電話:03-3891-5934 /営業時間:11:00~14:30、17:00~20:30/定休日:日曜

『下町の小さなレストラン 三好弥』のHPはコチラ

 

  • 取材・文・写真猫田しげる

    1979年北海道函館市生まれ。京都のタウン誌、北海道の新聞地域面、東京の街歩き雑誌、旅行本などの編集・ライター業に従事。2019年4月から拠点を札幌に移動し、ウェブライターとしてデカ盛りから伝統工芸まで幅広い分野で執筆。弱いのに酒好きで、「酒は歩きながら飲むのが一番旨い」が人生訓。

Photo Gallary15

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事