宮城発 18歳の少年が3人殺傷 裁判員裁判で初めての少年死刑囚

平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第39回

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交際相手だった女性の家族を殺害する目的で住居に侵入し、結果、交際相手の姉とその友人を牛刀で刺し殺すという凄惨な事件が発生した。しかも、事件を起こしたのは当時18歳の少年だった。裁判員裁判ではじめて少年への死刑判決が出された残酷な事件の全貌を振り返る。

犯行現場となった交際相手だった女性の自宅

2010年2月10日の早朝、宮城県石巻市の民家に男2人が忍び込み、家にいた3人の男女を殺傷するという事件が発生した。

犯行から約6時間後に同市内の知人宅で逮捕されたのは、元解体作業員の千葉祐太郎(逮捕時18)と、千葉の子分のような存在だった無職の少年A(逮捕時17)である。

彼らが忍び込んだのは千葉の交際相手だったB子さん(当時18)の実家で、千葉は寝ていたB子さんの姉のC子さん(死亡時20)と友人のD子さん(死亡時18)を刃渡り約18センチの牛刀で複数回刺して殺害。さらに姉妹の相談相手だった知人男性(当時20)に重傷を負わせている。そのうえでB子さんを連れ出し、監禁していた。

千葉が合コンで知り合ったB子さんと交際を始めたのは08年夏のこと。ふたりの間には09年10月に女児が誕生しているが、入籍はしていなかった。

千葉は交際開始直後からB子さんに対して激しいDVを繰り返していたと、ふたりの知人は語る。

「ふたりが知り合ってすぐに千葉はバイクのチームに入ったんですが、一緒に来たB子さんの態度が気にいらなかったチームのリーダーが、『オメーの教育が悪い。叩いてでも教えてやれ』と千葉に迫ったんです。それで千葉が目に青タンができるくらいB子を殴った。以来、彼女を殴るのに慣れたみたいで、頻繁に暴力を振るっていました」

B子さんが別れを切り出すたびに千葉は激しい暴力を振るい、その後、彼女に「好きだ」と言ってつきまとうなどしては、ヨリを戻すことを繰り返していたという。

こうした千葉に対し、B子さんの家族は不審感を抱いていた。なかでも姉のC子さんが千葉を嫌っており、そこで取った行動が事件の引き金となってしまうのだ。事情を知る別の知人は語る。

「C子さんが妹に新しいカレを作ろうとして、(10年の)元日に2対2の合コンを企画したんですけど、出席したB子さんが本当に浮気しちゃったんです。それを知った千葉は浮気相手を呼び出してボコボコにした。すると、今度はB子さんが置き手紙をして家を出たんです。その手紙には〈私は汚れている。だから(千葉)祐太郎くんにはもっときれいな他の女の方がいい。もっとふさわしい女の人がいると思う。でも、大好きだったよ。いままで楽しかった。ありがとう〉と書かれていました。それを見た千葉は手紙を持ち歩き、『娘に会いたい、彼女に会いたい』や『ねえちゃん(C子さん)や母親をぶっ殺す』と口走るようになっていたんです」

千葉は自分とB子さんの仲を引き裂いたのは姉のC子さんだと逆恨みし、犯行を決意したのである。その際に彼は子分であるAを巻き込み、無理やり現場に同行させていた。

住居に侵入するタイミングをうかがうため利用していたクルマ

「やつらの犯行前、千葉が外で他の3人と話をしている間に、車の後部座席でAとふたりきりで1時間くらい話をしました」

そう語るのは千葉とAの”先輩”であるX氏だ。

じつは千葉とAは犯行前日の9日午後6時頃に一度、B子さん宅に侵入していた。しかしC子さんが警察に通報したことで、彼らは逃げ出していたのである。そして被害届を翌日出すことになり、警察が引き揚げたのを見計らって、千葉とAはふたたびB子さん宅から少し離れた場所に車を停めて、犯行の機会を窺っていたのだった。

その際にAは千葉の目を盗んで友人に「助けてくれ」と電話をかけていた。また10日の未明には、Aが自分の居場所について友人に携帯メールを送り、それにより午前2時頃にX氏を含む4人の友人が千葉とAのもとに駆けつけていたのである。そこではX氏が車内でAと、他の3人は車外で千葉と話をしていた。X氏は明かす。

「Aは『先輩(千葉)が殺すって言ってるんだけど、どうやって逃げればいいですか?』と脅えた表情で尋ねてきました。それでオレが『殺すって誰を?』と聞くと、『B子ちゃんの母ちゃんと姉ちゃんを殺すと言ってます』と言いました。そこで『そんなん、人殺しなんかするわけねえべ』と返すと、『絶対やります、絶対本気です』とAは言い張り、千葉が包丁を用意していることを話しました(*後に千葉の命令でAが石巻市内のホームセンターで万引きしていた事が判明)。そして千葉から『お前が罪をかぶれ』と言われたそうで、Aが『無理です』と答えると、『やんねえとお前も刺すぞ』と、包丁を向けられたという話を聞きました」

事実、千葉はAに罪をきせるつもりだったようで、Aに車内で牛刀の柄を握らせ、自身は犯行時に手袋をしていたため、後に発見された凶器から出たのはAの指紋だけだった。さらには逮捕時、千葉はAが犯行前に着ていた黒いダウンを着用しており、これも偽装工作だと見られている。X氏は続けた。

「オレが『それならいまから走って逃げろ、逃げたらオレがかくまってやるから』と言うと、Aは『絶対、捕まったらブッ殺されますよね』と、ビビッて逃げようとしないのです。『ならオレがいまお前の携帯に電話して呼び出してやるから、それで車の外で電話するふりして逃げろ』と言うと、Aは『後々のことを考えたらおっかねえ。怖いです』と、やはり逃げることができませんでした」

結局、友人4人は午前4時頃にその場を離れ、千葉とAは午前6時40分頃にB子さん宅に侵入して犯行に及んだ。Aが千葉に逆らえなかったことは、Aの母親も認めている。

「息子は昨年(09年)の12月ごろから千葉に頻繁に呼び出されるようになっていました。千葉という名前は息子が逮捕されて初めて知ったことで、家では『先輩』と呼んでいました。呼び出しは深夜2時とかのこともあり、そのたびに息子は家を出て行ってました。そのやりとりはまるでヤクザの親分と子分みたいな感じで、息子は『はい、はい』と電話越しに何度も頭を下げ、『わかりました。必ず』とか、そういう口調で話していました。息子をなんとか千葉から引き剥がそうと、家を離れさせようとした矢先に事件が起きました。今となってはどうしようもないことですが、なんで息子をもっと強引に千葉から引き離せなかったのか、なんで守ってやれなかったのか、そのことをとても後悔しています」

逮捕後の千葉とAの写真を見た知人は言う。

「千葉とAの服装の確認のために写真を見せられました。そこで見た千葉は、白目をむいて放心状態で、完全に疲れ果てているという感じの顔をしていました。一方、Aは伸び伸びとした感じで笑っているんです。逮捕されたことでやっと千葉から解放されたという、そういう喜びに満ちた表情でした」

10年11月、裁判員裁判が開かれた仙台地裁で、千葉には死刑判決が言い渡された。その後、控訴審、上告審を経て、16年6月に死刑判決が確定。ちなみに、裁判員裁判で死刑判決が下された少年事件での死刑確定は、彼が初めてだった。

一方、Aに対しては10年4月に仙台家庭裁判所で少年審判が開かれ、刑事処分相当との判断が下された。そのため殺人ほう助などの罪で起訴され、同年12月に仙台地裁は懲役3年以上6年以下の不定期刑を言い渡した。控訴期限までに検察・弁護側双方からの控訴はなく、11年1月に同判決が確定している。

  • 取材・文小野一光

    1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか。最新刊は『震災風俗嬢』(集英社文庫)

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