元編プロ社長の73歳ヨレヨレ交通誘導員が語る「働くことの意味」

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道路工事などの現場には大抵、誘導灯を振る「交通誘導員」がいて通行車両や歩行者の安全を守っている。従事しているのは意外にも高齢者が多く、夏の炎天下や極寒の冬も屋外で働くため「最底辺の仕事」といわれることもあるが、その実態はあまり知られていない。

『交通誘導員ヨレヨレ日記』(発行:三五館シンシャ 発売:フォレスト出版)

そんな中、『交通誘導員ヨレヨレ日記』という本が注目を集めている。73歳の現役交通誘導員が日々の仕事をリアルに、時にコミカルに綴った作品だ。出版元の三五館シンシャには、読者から様々な反響が寄せられているというが、この本のなにが多くの人の心をつかむのだろうか。「金のない高齢者が書いた交通誘導員の生活と意見です」とはにかみながら自書を紹介する、著者の柏耕一(かしわ・こういち)氏に話を訊いた。

笑顔でインタビューに応じる『交通誘導員ヨレヨレ日記』著者の柏耕一氏

交通誘導員の仕事は、貧しい高齢者の受け皿となっている

「交通誘導員は目立つわりに実態を知られていない職業だから、関心を持つ人は多いのでは?」と柏氏が感じたのが、現在5万部を超えるヒットの原点だった。

交通誘導員になってから2年半経って本を書いたという柏氏だが、現場には高齢者を中心とする興味深い世界があるという。全国警備業協会のデータでは、交通誘導員は警備員55万人のうち約4割を占めており、注目すべきは、交通誘導員の4割は60歳以上の高齢者であるということ。柏氏が現在所属する会社は、従業員の8割が70歳以上だ。

柏氏によれば、いまの日本で高齢者が働ける場所は、介護、掃除、交通誘導くらいしかない。その中でも交通誘導員は、仕事を求める高齢者の大きな受け皿となっている。その現場には、国民が総中流意識を共有していたバブルの絶頂期を経て超高齢化社会に変化した現在の日本の縮図が見て取れる。

28歳で原宿セントラルアパートにハンドバッグ店を開業

自身が高齢になって交通誘導員をやるとは夢にも思っていなかったと語る柏氏は、大阪生まれの東京・葛飾育ち。明るく軽快な語り口には、どこか下町の粋を感じさせる。大学卒業後、小さな出版社に数年勤めた後、28歳のときに母親の援助で原宿にハンドバッグ店を開業した。場所は当時クリエイティブな仕事に憧れる若者にとってあこがれの場所、原宿セントラルアパート地下1階のファッション街だった。

商売のことはまったくわからなかったものの、苦労しながらも売れ筋のバッグを仕入れるようになってから仕事は順調に伸びていったという。3年半が経過した頃、再開発で立ち退きの話が出た。「自分は商売に向いていない」と感じ始めた頃だったため、立ち退きに応じ店を畳むことに。

編集プロダクションとして独立。そして社長から交通誘導員へ

その後、出版社の専務だった知人に誘われ、31歳で出版業界に戻り、その会社が倒産後に33歳で独立。単行本を中心に扱う編集プロダクションを神楽坂で立ち上げた。以来、柏氏が出版プロデューサーとして携わった本は300冊以上。今では誰も信じられないだろうが、そのうち90冊が10万部を超えるヒットとなった。

出版業は順風満帆だったため、仕事をすればお金が入ってくることを疑わず、投資や趣味、ギャンブルにはまり、お定まりのコースに転落していったと柏氏は振り返る。さらに、気がつけば法人税ほか2500万円の税金未払いを抱えていたため、仕事をするそばから税務署に口座を差し押さえられ、出版社とのつきあいも齟齬をきたし、売上は急減していった。

やむなく生活費を稼ぐために、68歳で交通誘導員の仕事を始めた柏氏。その後、なんとか会社を清算し、交通誘導員とライター兼編集者の二足のわらじで今に至る。

「最底辺の仕事」は、周囲の誤解と心無い怒りを日々浴びている

柏氏によれば、交通誘導員にとって仕事のストレスと言えば暑さ寒さが半分、残りは人間関係だ。交通誘導員は、現場も一緒に働く人も毎回異なる。そこには様々な職歴と感受性をもった人達がいる。

「最初慣れるまではストレスでしたよ。でも毎回違う現場で様々な人と働くのは、おもしろさもあります。同僚には元映画監督もいればデザイナーもいる。世の中にはいろんな人がいるんだな、と気づくんですよね。腹が立つことがあっても人間だからしょうがないと思えるようにもなってきました。これはほかの職種との大きな違いかもしれません」(柏耕一氏 以下同)

また、交通誘導員が道行く人から心無い怒りをぶつけられることも多い。そこには交通誘導員への誤解があるという。

「私たちが交通誘導をするには、警察の許可がいるんですね。決められた場所で決められた時間のみ誘導が許可されます。それ以外の場所で、それを知らないクルマや通行人から『交通誘導員のくせに、なぜ誘導しないのか』と無理難題を言われることがあります。

またクルマを出すのに難儀している人を見かけたら誘導してあげたくなりますが、これも簡単にはいかないんですね。万が一誘導中に事故が発生したら、善意の行動とはいえそれですまなくなります。警備員には警察官のように赤信号でもクルマを通す権限はないことをよくわきまえなくてはなりません」

仕事を好きになれるかが、働く醍醐味

ハンドバッグ店経営、出版社勤務、編集プロダクションという様々な仕事を経て、「この本のヒットで交通誘導員卒業を狙っているんですよ(笑)」と冗談っぽく笑顔で語る柏氏は、働くことをどうとらえているのだろうか。

「働く意欲には、収入面はもちろんのこと、仕事を好きになれるかどうかが重要だと思っています。世の中にはいろんな仕事がありますが、どんな仕事も大変ですよね。でも好きなことなら我慢できるんじゃないでしょうか。また継続することで、工夫次第で当初は好きでなかった仕事も好きになれます。それが働く醍醐味だと思います」

普段見かけてはいるものの、多くの人がその実態を知らなかった交通誘導員。柏氏はそんな交通誘導員が何を考え、日々どんな気持ちで仕事をしているのかを切り取った。編集者という視点から眺めているせいなのか、柏氏が語る言葉に「最底辺の仕事」としての悲壮感はまったくないのが印象的だった。

『交通指導員ヨレヨレ日記』は、世の中はいろいろな人達のいろいろな仕事で成り立っていることを、改めて実感させてくれる、そんな本だ。

 

柏耕一 1946年生まれ 出版社勤務後、編集プロダクションを設立。出版編集・ライター業に従事していたが、数年前から警備会社に勤務。73歳を迎える現在も、交通誘導員として日々現場に立っている。

『交通誘導員ヨレヨレ日記――当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます』を購入するならコチラ

  • 取材・文・撮影浜千鳥

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