徳永英明『夢を信じて』は「がんばろう系カノン」の先駆 | FRIDAYデジタル

徳永英明『夢を信じて』は「がんばろう系カノン」の先駆

あの時あなたは何してた? スージー鈴木の「ちょうど30年前のヒット曲」第2弾

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2002年、復帰の記者会見をする徳永英明。どうでもいいが、すごい八重歯
2002年、復帰の記者会見をする徳永英明。どうでもいいが、すごい八重歯

ちょうど30年前=1990年(平成2年)のその月発売のヒット曲を取り上げて、懐かしむこの企画。前回、記念すべき第1回は工藤静香『くちびるから媚薬』でした。今回は、90年1月16日発売・徳永英明『夢を信じて』。

チャートを確認して驚くのは、あの『壊れかけのRadio』よりも、この曲の方が売れたという事実。この年の7月に発売される『壊れかけのRadio』は36.6万枚なのに対し、『夢を信じて』は、それを上回る39.7万枚。

私の「体感売上枚数」で言えば、『壊れかけのRadio』の方が『夢を信じて』よりも、10万枚以上多く売れている感じだったのですが、現実はちょっと違ったようです。

この『夢を信じて』は、フジテレビ系アニメ『ドラゴンクエスト』の主題歌ということで売れたらしい。「らしい」というのは、私がそのアニメを見ていなかったから。このように、ヒットの「現場」に遠かったことが、私の「体感売上枚数」との差を生んだのかも知れません。

「ドラクエ」のタイアップに加えて、この曲の歌詞とコード進行にも、ヒットの要因がありそうです。実はこの曲、「がんばろう系カノン」の先駆となる曲だったのです。

 

「がんばろう系カノン」とは、私の造語で、歌詞が「がんばろう」的な内容で、かつコード進行が「カノン進行」の曲という意味です。

「カノン進行」の方は説明が要るでしょう。詳しくは私の著書『80年代音楽解体新書』(彩流社)に細かく説明しておりますので、参照していただきたいのですが、ざっくり言えば、こういう感じのコード進行で、代表曲は山下達郎『クリスマス・イブ』。

・【C】→【Em/B】→【Am】→【Em/G】→【F】→【C/E】→【Dm】→【G】

そして、このコード進行に「がんばろう」系の歌詞を乗せた、以下の大ヒット曲(全曲150万枚以上!)が、その「がんばろう系カノン」になります(「♪  」内の歌詞からのコードがカノン進行的)。

・KAN 『愛は勝つ』(90年):「♪ 心配ないからね~」
・槇原敬之『どんなときも。』(91年):「♪ 僕の背中は自分が~」
・大事MANブラザーズバンド『それが大事』(91年):「♪ 負けない事・投げ出さない事~」
・ZARD『負けないで』(93年):「♪ 負けないで もう少し~」
・岡本真夜『TOMORROW』(95年):「♪ 涙の数だけ強くなれるよ~」

「カノン進行」の感じ、何となく分かっていただけたでしょうか? この進行、教会音楽を源流とするものだからでしょうか、その大げさで荘厳で清潔な感じが、日本人好みのようです。

『夢を信じて』に話を戻すと、「♪夢を信じて 生きていけばいいさと」のところのコードが「【C】→【Em/B】→【Am】→【Em/G】」(キーB♭をCに移調)で、カノン進行に沿っています。そして歌詞の内容もまさに「がんばろう」系。

KAN 『愛は勝つ』のリリースが90年の9月ですから、それに9ヵ月ほど先駆けた、まさに「がんばろう系カノン」の先駆だったのです。これもヒットの要因として大きかったはずです。

 

『ドラゴンクエスト』を見ていなかった私が、意外な形でこの曲に触れたのは、映画『男はつらいよ』の第45作『寅次郎の青春』(92年)でした。

車寅次郎(渥美清)とヒロインとの恋愛から、満男(吉岡秀隆)と泉(後藤久美子)の恋愛に、メインテーマが移されていた、シリーズ終盤の1作です。ただしヒロインとして起用された蝶子(風吹ジュン)は実に魅力的で、私の「男はつらいよヒロイン・ランキング」でも上位に入ります(1位は82年の第30作『花も嵐も寅次郎』の田中裕子)。

宮崎にいる泉から、寅次郎がケガをして病院にいると聞いた満男が、泉に会いたいという気持ちもあって、飛行機で宮崎に行く。そして宮崎空港から日南行きの空港バスに乗るのですが、そのバックで流れるのが『夢を信じて』だったのです。

海岸線が美しい海沿いの道路を、空港バスが快調に進んでいく。キラキラとした陽気の中で、満男はウトウトする。そのバスを追いかけるホンダのシティカブリオレに乗っているのは泉と、蝶子の弟=竜介(永瀬正敏)。

しかし、この『寅次郎の青春』の中では、もう1つ、徳永英明の曲が流れるシーンがあって、実は、そちらの方が強烈なのです。曲は『最後の言い訳』(88年)。

名古屋に帰ることになった泉。満男は、東京駅の新幹線ホームまで見送りに行く。そこで泉は満男に突然のキスをして、名古屋に向かう新幹線に飛び乗る。動き出す新幹線。ホームにひとり残される満男――。

という、この作品、ひいては『男はつらいよ』シリーズ屈指の名シーンに流れる『最後の言い訳』。「♪いちばん大事なものが いちばん遠くへいくよ」という歌詞が、画面とオーバーラップして、名シーンを静かに盛り上げるのです。

「もやもや病」という言葉を、徳永英明で知った人も多かったのではないでしょうか。01年にもやもや病(脳血管障害)のために休養するも復活。歌手活動を続け、カバーアルバム『VOCALIST』シリーズは記録的な大ヒット。

そして渥美清は96年、肺がんでこの世を去るも、この年末年始、『男はつらいよ』シリーズ第50作『お帰り 寅さん』でスクリーンに「復帰」。元気な姿を見せたのは、ご存知の通り。

「♪夢を信じて 生きていけばいいさ」――徳永英明と車寅次郎、この2人の人生から学ぶべきは、夢を信じて生きていけば、何とかなるんだということでしょうか。というわけで、第41作『寅次郎心の旅路』における車寅次郎の名セリフを最後に――「じゃ、また夢の続きを見るとするか」

  • スージー鈴木

    音楽評論家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12トゥエルビ『ザ・カセットテープ・ミュージック』出演中。主な著書に『80年代音楽解体新書』(彩流社)、『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)、『イントロの法則80's』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)など。東洋経済オンライン、東京スポーツ、週刊ベースボールなどで連載中。

  • 写真時事通信社

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