完成したのが大事件!『ドン・キホーテ』30年かかってついに公開 | FRIDAYデジタル

完成したのが大事件!『ドン・キホーテ』30年かかってついに公開

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『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』の鬼才が挑み続けた、映画史上最も呪われた企画

キャストの降板や資金繰りの失敗、その他もろもろのトラブルによって映画が制作中止になるというのは、さほど珍しくもない話だ。カルトムービーの巨匠アレハンドロ・ホドロフスキーの『DUNE』や、ティム・バートンの『スーパーマン・リブズ』、スタンリー・キューブリックの『ナポレオン』など、日の目を見ることなく頓挫してしまった作品はこの世に無数に存在する。

鬼才テリー・ギリアム監督による『ドン・キホーテ』もまた、この「未完の大作リスト」の中に長らく名を連ねていた。「制作が再開されるだけで事件、もし完成したら大事件」と業界やファンの間では「呪われた映画」として知られる、幻の企画だったのだ。

しかし、ついに企画開始から30年を経て、奇跡的に完成! 頓挫9回という紆余曲折の末、ようやく公開されるのが『テリー・ギリアムのドン・キホーテ(原題:ドン・キホーテを殺した男)だ。

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は1月24日(金)より TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー/配給:ショウゲート
『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は1月24日(金)より TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー/配給:ショウゲート

テリー・ギリアムの名前を知らずとも『未来世紀ブラジル』(1985年)、『フィッシャー・キング』(1991年)、『12モンキーズ』(1995年)など、彼が監督した名作の数々は聞いたことがあるだろう。キャリア初期には世界的に知られるイギリスの代表的コメディグループ「モンティ・パイソン」のメンバーとしても活躍していた。そんな彼が30年をかけて取り組んできたプロジェクトが、『ドン・キホーテ』の映画化だった。

この企画が立ち上がったのは1989年。資金調達やキャスティングなどの準備期間を経て、2000年には晴れてクランクイン。そのまま撮影が順調に終われば、とっくの昔に上映されているはずだった。ところが、スペインでのロケ地が軍事基地の近くだったせいで、戦闘機の音が入り込んで録音テープが使い物にならず、鉄砲水で撮影機材は流され、更には主演俳優が腰痛で降板……というまさかのトラブル連発により、無念の撮影中止となってしまう。

その後も幾度となく企画再開の話は出るものの、キャスト降板や資金繰りの失敗、権利関係のトラブル、といった困難に見舞われるたびに立ち消え……という頓挫を実に9度も繰り返した。ついに、今度こそ、ようやく、2018年に完成したのが『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』なのだ。七転び八起きどころの話ではない波乱万丈っぷりである。

本作の名を広めたのは、撮影中止になるまでの顛末を収めたドキュメンタリー映画『ロスト・イン・ラ・マンチャ』(2002年)だった。元々メイキング映像を作るために撮っていたフィルムが、撮影再開のメドも経っていない本編より先に公開される、という皮肉な結果となったのだ。これにより、テリー・ギリアムの『ドン・キホーテ』は映画史に残る「呪われた企画」として、より広く人々に知られることになった。

『ロスト・イン・ラ・マンチャ』より。テリー・ギリアム監督(左)と、当初トビー役にキャスティングされていたジョニー・デップ。2009年にデップが降板し、その後ユアン・マクレガーが起用されるが、彼も2011年に降板した
『ロスト・イン・ラ・マンチャ』より。テリー・ギリアム監督(左)と、当初トビー役にキャスティングされていたジョニー・デップ。2009年にデップが降板し、その後ユアン・マクレガーが起用されるが、彼も2011年に降板した

実は『ドン・キホーテ』は、あの『市民ケーン』(1941年)のオーソン・ウェルズも映画化に取り組んだ末、未完のまま終わった曰くつきの題材だ。テリー・ギリアムによる映画化も、誰もが「永遠に完成しないだろう」と思っていたに違いない。しかし彼は諦めなかった。まさに風車に立ち向かうドン・キホーテのごとく、人も金も時間も莫大にかかる映画製作という”巨人”に何度転んでもアタックしていったのだ。

そうして完成した『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は、これまでの悲喜こもごもを軽く笑い飛ばしてみせるかのような快作だった。物語を簡単に説明しよう。

仕事への情熱を失くしたCM監督のトビーは、スペインの田舎で撮影中のある日、謎めいた男からDVDを渡される。それはトビーが学生時代に卒業制作として監督し、賞に輝いた映画『ドン・キホーテを殺した男』だった。舞台となった村が近いと知ったトビーはCM撮影を放り出してバイクを飛ばすが、なんと村の人々は、トビーの撮った映画が原因で変わり果ててしまっていた。当時ドン・キホーテを演じた靴職人の老人ハビエルは、自分を本物のドン・キホーテだと信じ込み、清楚な少女だったアンジェリカは女優を目指し村を飛び出していたのだ。トビーのことを忠実な従者サンチョ・パンサだと思いこんだ老人は、無理やりトビーを引き連れて、大冒険の旅へと出発するのだが――?

自らをドン・キホーテだと信じている老人・ハビエル(ジョナサン・プライス)。愛馬ロシナンテにまたがり、トビーを引き連れ壮大な冒険の旅に出る
自らをドン・キホーテだと信じている老人・ハビエル(ジョナサン・プライス)。愛馬ロシナンテにまたがり、トビーを引き連れ壮大な冒険の旅に出る

完成までこれだけかかったのだから、さぞじっくりコトコト煮込まれているだろうに……とどんな濃いものをお出しされるか、観賞前に実は少々身構えていた。しかしテリー・ギリアムは、壮大な音楽とともに捧げられる冒頭クレジットでもって、本作にまつわる30年の悲喜こもごもを「滑稽で荒唐無稽な笑い話」として提示する。

盛大な”出落ち”感というか、映画製作の背景すら”ネタ”として作品に盛り込むかのようなその姿勢に、思わず笑ってしまうと同時に肩の力がふっと抜けた。笑い飛ばさなきゃやってらんないよ、ということなのかもしれないが、とにかく、本作は「30年かけて完成」といったドラマティックなバックボーンなどどこ吹く風で、どこまでも自由で軽やかなのだ。

撮影開始当初のキャスティングでは、トビー役はジョニー・デップが演じるはずだった。巡り巡って、『スター・ウォーズ』シリーズ第三部作のカイロ・レン役で一躍時の人となったアダム・ドライバーが演じることになったのだが、これが実にハマっている。あれよあれよと冒険の旅に巻き込まれ、夢と現実の交錯する世界でドン・キホーテにハチャメチャに振り回され、情緒がジェットコースターのようになっているその姿を見ていると「30年かかったけど、結果オーライだったのでは」と不謹慎ながら思ってしまったほど。

CM監督のトビー(アダム・ドライバー)。周りからは「君は天才だ」とおだてられちやほやされているものの、仕事への情熱も、かつての夢や希望も無くしてしまっている
CM監督のトビー(アダム・ドライバー)。周りからは「君は天才だ」とおだてられちやほやされているものの、仕事への情熱も、かつての夢や希望も無くしてしまっている

『未来世紀ブラジル』で主演を務めて以来、テリー・ギリアムと数々の作品でタッグを組んできた盟友、ジョナサン・プライス(代表作『天才作家の妻 40年目の真実』など)の演技は匠の域で、自らがドン・キホーテだと信じ込んでしまった男のなんともいえない滑稽さや悲哀、どこか憎めないお茶目さを絶妙なバランスで演じきっている。彼もまたトビー役のアダムと同じく、運命の巡り合わせと言えるキャスティングだ。企画頓挫のおかげで、老人を演じられる年齢に達したのだから。

トビーのボスの妻・ジャッキを演じるオルガ・キュリレンコ(代表作『007 慰めの報酬』『オブリビオン』など)も、これまでのイメージをくつがえすような弾けたコメディエンヌっぷりを披露している。幻想とも現実ともつかない部屋のなかで、彼女がトビーを誘惑するシーンは必見だ。

結局、30年という歳月もまた、『ドン・キホーテ』という壮大な夢物語の前では、些末な出来事でしかないのだろう。その背景にどんな苦労やトラブルがあったとしても、できあがった作品がすべてだ。「終わりよければすべてよし」とはシェイクスピアの戯曲だが、何十年もの長い長い冒険を経て、良いキャストとスタッフの元で映画は完成した。これ以上の大団円はない。

どこか打算的に生きてきたトビーは、ドン・キホーテとの奇妙な旅の道中で「かつて、どんな夢を描いていたのか」「いったい何をしているのか」「自分は何がしたいのか」という過去と現在と未来とを思うことになる。作中ドン・キホーテがトビーに向けて何度も繰り返す「お前は自由だ!」という言葉と、作中最も印象深いシーンで語られる台詞とが、御年79歳のテリー・ギリアムから若い世代へのエールにも思えてくる。

そうそう、テリー・ギリアムの名誉(?)のためにつけ加えておくと、『12モンキーズ』から『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』までの間、他のことをやっていなかったわけではない。『ラスベガスをやっつけろ』(1998年)『ブラザーズ・グリム』(2005年)など、話題作を手がけてきた。が、『Dr.パルナサスの鏡』(2009年)では、主演でトニー役のヒース・レジャーが撮影中に急逝するというアクシデントに見舞われる(ヒースは死後、『ダークナイト』のジョーカー役でアカデミー助演男優賞を受賞する)。

一時は完成が危ぶまれたが、ヒースと親交のあったジョニー・デップジュード・ロウコリン・ファレルが代役を担当。三人の俳優が鏡の中の”想像の世界”でのトニーをそれぞれ演じたことで、結果的には他に類を見ない独創的なファンタジーになった。ちなみに『未来世紀ブラジル』では配給会社と闘争になり、『バロン』(1988年)制作中もトラブル続出だったというテリー・ギリアム。彼の監督人生は、受難と挑戦の連続だったのだ。

かくしてここに、稀代の夢想家による奇想天外な映画ができあがった。しかしこれで終わりではない。きっとこれからも、どこかで誰かが巨大風車に挑むような戦いを繰り広げるだろうし、それが荒唐無稽だろうと、狂気的だろうと、バカバカしいと皆に笑われようと、テリー・ギリアムの言う通り「最後は夢を諦めない者が勝つ」のだ。

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は、「映画への愛」と「映画史の事件」を目撃する最高のチャンスを与えてくれるだろう。

 

 

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』
1月24日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:ショウゲート

公式ホームページ

  • 大門磨央

    石川県出身。雑誌やWEBを中心に映画、アニメ、漫画などのコラムを執筆中

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