「ツツジと喧嘩」「店で腕立て」最期までエースな宍戸錠さんの素顔

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映画『G.I.ジョー バック2リベンジ』で”ジョー司令官”として映画を盛り上げた宍戸(’13年)

俳優の宍戸錠さんが都内の自宅で倒れているのが見つかり、1月21日に死亡が確認された。86歳だった。死因は公表されていないが、病死とみられている。

「’50年に日活第1期のニューフェイスに合格し、線の細い二枚目として注目を集めました。しかし、‘56年に“豊頬手術”を受けて以来、悪役キャラに転向。ハードボイルドな役柄を演じ、“エースのジョー”という愛称で親しまれた銀幕のスター俳優です。のちに、『くいしん坊!万才』(フジテレビ系)でレポーターを務めるなど、バラエティ番組でも活躍し、お茶の間でも愛されました」(スポーツ紙記者)

‘09年以降、テレビドラマへの出演はなく、公の場に姿を現す機会も少なくなっていた宍戸さん。久しぶりに彼がニュースに登場したのは役者としてではなく、’13年2月に自宅が火災に見舞われたトラブル報道のときだった。

「奥さんが亡くなってからは、宍戸さん一人で一戸建にお住まいでした。外出の際に出火したためにケガはなかったのですが、自宅は全焼してしまった。宍戸さんは会見を開き、烈火のごとく怒りながら、放火を疑っていると、述べていました。後日、古い電熱器のコードが出火の原因だと判明しました」(同・スポーツ紙記者)

当時79歳だった宍戸さん。火事をきっかけに憔悴してしまうかと思いきや、そんなことはまったくなかったという。

「家が燃えてしまったあとはホテル暮らしをしていたそうですが、彼を慕っている多くの人がお見舞いをなさったそうです。宍戸さんはたびたび、“渡(哲也)も(高橋)英樹もお金を持ってきてくれた。後輩には優しくしておくもんだ”と、笑いながら当時の感謝を語っていましたが、あまりにあっけらかんと話しているので笑ってしまいそうでしたね」(ワイドショースタッフ)

80歳を超えても、その豪気な姿勢は崩れなかった。5年前に取材中の宍戸さんを見かけた人は、「あれはすごかった!」と語る。

「彼が行きつけの飲食店で取材されているところを見かけました。他にもお客さんが数名いらっしゃったのですが、特に取り繕う様子もなくあっけらかんとお話をしていました。“酔っぱらって眼鏡を落としちゃってさ、全然見えない状態だったわけよ。そのまま道路わきのツツジを人と間違えてケンカを吹っ掛けちゃってさ”とか、“コンビニ弁当は焼きジャケが美味いんだよ”とか、楽しそうに語っていました(笑)。取材中はカツをガッツリ食べながら、ビールの中瓶を傾けていて、年齢をまったく感じませんでしたね。“酒を飲んでいても俺は腕立て伏せができるぞ!”と、突然お店の床で腕立て伏せを始める姿も印象的でした。本当にお元気そうでしたよ」

そんなサービス精神は、芸能界だけでなく一般の人にも及んでいた。

「行きつけの店に、若い男の子の客が来たときは、“逃げるな、ぶつかっていけ!”と叱咤激励して、お酒をごちそうしていたみたいです。反対に女性がいらっしゃったときは、“俺のオンナになるか?”と口説くのはご挨拶代わりでした。晩年も“エースのジョー”のイメージのままでしたね(笑)」(芸能プロ関係者)

どんな時でもハードボイルドな男だった宍戸さん。そんな彼には、周囲に漏らしていた“ある夢”があったという。

「宍戸さんは“90歳まで生きる”と目標をかかげていらっしゃいました。火事の後、新しいご自宅で原稿用紙に小説を書いていたそうです。“これ、映画にしたいんだよ。前の家の土地を売って、みんながびっくりするようなすごいキャストでさ”なんておっしゃっていたのですが……」(前出・ワイドショースタッフ)

小説の続きは、天国で綴られるのかもしれない――。

  • 写真アフロ

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