ロッテ創設者・重光武雄「二つの祖国」を持つ経営者“成功の秘密”

朝鮮半島にルーツを持ち、日本に渡って大成功。韓国の経済発展にも寄与した

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晩年はロッテグループの経営をめぐる子供たちの「骨肉の争い」に巻き込まれ、横領などで有罪判決を受けた

歴史認識でいがみ合う日韓両国を股にかけて、ビジネスで成功した稀有な人物だった。ロッテグループ創設者、重光武雄(韓国名・辛格浩(シンギョクホ))氏が98歳で亡くなった。かつて重光氏の半生を取材したジャーナリストの青木理氏が言う。

「重光氏は日本の植民地時代の韓国で生まれ育ち、日本にやってきました。戦後、進駐軍の間でチューインガムが流行っているのを見て、ガム製造に乗り出し、ロッテを設立。このときに資金面で助けてくれた日本人に恩義を感じ、重光氏がロッテで成功した後、その人が亡くなるまで手厚く待遇したと聞いています。日韓の複雑な歴史の中で、重光氏と日本人の間には人として当たり前の触れ合いがあった。だからこそ日韓両国を行き来して成功を収められたのかもしれません」

菓子メーカーで財を成した重光氏はその資金を元に’60年代から韓国に進出。ホテルや百貨店経営、石油化学事業などを手掛け、日韓にまたがって売上高10兆円となる巨大財閥を築いた。

「ロッテは韓国では日本企業の色をできるだけ消そうとし、日本では韓国系の企業というイメージを目立たせないようにしていました。一般的に在日の企業といえば、裏社会とつながっているところも多いのですが、重光氏はそういったものと一定の距離を保とうと苦労していたようでした。私は彼の人生を書くことで、日韓関係の戦後史を書けるのではないかと思ったのです」(青木氏)

時代を作った経営者が逝(い)った――。

韓国では一代で大財閥を築いた立志伝中の人として、日本では球団オーナーとしても有名だった(写真は1995年のもの)

『FRIDAY』2020年2月7日号より

  • 写真EPA=時事(1枚目) YONHAP NEWS/アフロ

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