ワクチン注射でがんが消え始めた 末期がん治療現場に潜入!

中村祐輔医師の免疫治療&ゲノム解析 最前線レポート   取材・構成 青木直美(医療ジャーナリスト)

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エコー(超音波)で確認しながら男性患者の鼠蹊部リンパ節にがんワクチンを注射する森崎隆医師

予防接種のような手軽さ

本誌でこれまで4回にわたって紹介してきた、「がん研究会がんプレシジョン医療研究センター」所長・中村祐輔医師(65)の免疫治療&遺伝子解析の最前線。今回はついに、実際に治療が行われている現場に初めてカメラが入った。

密着したのは、博多駅から徒歩圏内のオフィスビルの一角にある「福岡がん総合クリニック」(福岡市・森崎隆院長・60)。当院はさまざまな免疫療法を約30年間手がけ、中村医師がシカゴ大学時代から協力関係を築いている専門機関だ。

そもそも、中村医師が手がける「免疫療法」とは、どのようなものなのか。

まず、患者自身のがん細胞の遺伝子変異を調べる。そして、がん細胞を攻撃するリンパ球を見つける。そのリンパ球が活性化する可能性の高い部分を見つけ、ワクチンを人工的に作る。できたワクチンを患者に注射することで、がんに攻撃を仕掛ける――。これが、中村医師が進めている最新のがんワクチン治療法だ。

「福岡がん総合クリニック」では、この方法によって、それぞれの患者に合った「オーダーメイドがんワクチン」治療が今年2月から可能になった。他に治療法がなくなった7名のがん患者に対して実際に治療を行い(現在も治療は継続中)、「すでに抗がん剤が効かなくなったがんが縮小する、もしくは新たながんが発生しない」という驚くべき結果がほぼ全員に出始めているのだ。

この日、筆者が立ち会ったのは、2名の患者の治療現場。60代の男性(1枚目写真)と、70代の女性患者・幸恵さん(仮名・3枚目)だ。

まずは、男性患者へのワクチン注射の瞬間をレポートしよう。

森崎医師はベッドに横たわる患者の傍に座り、事前に足の付け根(鼠蹊部(そけいぶ))に貼っていた麻酔テープを剥がす。続けて麻酔注射を打ち、その後、モニター画面で鼠蹊部のリンパ節を確認しながら、ゆっくりとワクチンを打った。モニター画面では、リンパ節が少しずつ楕円状に膨らんでいく。

「はい、もう1本ね」

森崎医師が患者にそう伝え、2本目のワクチンを打つと、よりはっきりとリンパ節の表面から内部に液体が入っていくのが見てとれる――。

ワクチン注射後、男性には、投与したワクチンがきちんと免疫反応を起こしているか調べるための「皮内テスト」注射が打たれた。ワクチン注射から24~48時間経過し、注射箇所の周辺皮膚が赤く、やや固くなったら、「リンパ球が血液中に増えて反応している証拠」。後日、さらに専門的に免疫反応が調べられるが、これで治療は終了だ。

この日が6回目という男性のワクチン治療は、まるで予防接種を2本受けたような様子で、ものの数分で終わってしまった。男性はこの間、痛みで顔を歪(ゆが)ませることもなく、ベッドから起き上がった際に「ありがとうございます」と穏やかに語るだけだった。


「患者さんは、ウチへ辿(たど)りつく前に、手術や抗がん剤など大変な治療を繰り返している人がほとんどです。ウチでの治療は、できる限り患者さんに苦痛がないよう心がけています。ワクチン注射の前に麻酔を二段階にしてかけるのも、注射の際に強い痛みを感じる方がいるからなんです」(森崎医師)

前出の幸恵さんも、この日、5回目となる投与を受けた。

幸恵さんにがんが見つかったのは、2年前のこと。人間ドックを受けた際、腹膜の表面にがん細胞が広がっている状態(腹膜播種(ふくまくはしゅ))で卵巣がんが見つかった。すぐに手術を受け、卵巣と子宮、腹膜に肉眼レベルで見える腫瘍は取り除かれた。だが、術後の抗がん剤治療を開始しても、腫瘍マーカーは上がる一方。抗がん剤が効かず、腹膜にがんが広がっていることが疑われた。抗がん剤を替えても、一時的にマーカーの数値は下がるが、すぐに上昇してしまう。そんな状況が続く中、幸恵さんの夫がこのオーダーメイドがんワクチンに辿りつき、春から治療を開始したという。

「抗がん剤を替えても替えても、腫瘍マーカーは上がるばかり。腹膜播種はお腹の膜に沿って平面的に広がっていくので、CT検査をしてもがん細胞の増減が読み取れず、毎回『変化なし』という結果になってしまう。それが不安でたまらなかったんです。実際、がんワクチン治療の前に森崎先生に腹水を調べてもらったら、がん細胞がびっしりあって(10枚目写真)。『ああ、やっぱり』と思いました」(幸恵さん)

クリニックは通りに面したビルの6Fにある。入り口は明るく入りやすい

ワクチン注射の治療後、森崎医師から経過の説明を受ける幸恵さん(仮名)

治療を受けるための「条件」

だが、がんワクチン治療を開始し、病状は改善していったという。

「がん細胞が広がったことで横隔膜がうまく動かずに、ずっと浅い呼吸しかできなかったのですが、ワクチンを3回打ったあたりからお腹の張りが消えてラクになってきた。腹水も減ってきました。検査結果を見たら腹水のがん細胞が減り(11枚目写真)、腫瘍マーカーも初めて大きく下がっていたんです。最初の抗がん剤治療は、20日間も入院して行う点滴治療で、毎回、食欲も体力も落ちていった。治療後はグッタリしてしまうことが多かったんです。それを思えば、このがんワクチンは治療の準備さえできれば、注射の時間はあっという間。副作用もありません。今は私がこのワクチンでの治癒第1号になって、同じように病気と闘っている方に希望を持っていただきたいと、治療を続けています」(同前)

冷静に自身の身体の変化を見つめて語る幸恵さんの表情は明るかった。

「この患者さんは、3種類の異なる抗がん剤治療を受けましたが、腫瘍マーカーは上昇を続けていました。しかし、このワクチン注射を始めて2ヵ月後には数値が4分の1まで下がりました。実は、この患者さんは腹水が溜まっていて、その腹水の中にがん細胞が大量に含まれていたことが幸運でした。なぜなら、ワクチンを作るためには患者さん自身のフレッシュながん細胞が必要だからです(詳細は後述)」(森崎医師)

森崎医師はワクチンと患者自身の体内にいる未熟なリンパ球に攻撃力を持たせるための刺激を送る「樹状細胞」を組み合わせ、より効果的な治療を展開。さらに、投与前もワクチンを徹底的に管理し、感染症などの可能性がないかもチェックしている。

がん患者にとっては、まさに新たな希望となるワクチン治療。ただ、この治療法は現時点で、すべての患者に適用できるものではない。治療を開始するまでに、いくつかのハードルをクリアする必要がある。


「1回ごとの治療はほんの一瞬ですが、実際には誰でもフラッと来て気軽に受けられるものではありません。ワクチン治療は患者さんも我々も、時間をかけた準備が必要になる。がんワクチンを受けたいと希望されても、その適応条件が大きなハードルになってしまう方のほうがまだ圧倒的に多い。まず、ワクチンを作るには、大前提として患者さん自身のフレッシュながん組織が必要です。手術後、すでにホルマリン漬けにされて保存されているものではワクチンを作り出せません。がんと診断がつき、これから手術を受ける人はがん組織を凍結しておくことが必要です。再発のケースや根治手術ができない場合には、針生検で採れる部位にがんがないと難しくなります」(同前)

つまり、治療を受ける前に、このワクチンの存在をきちんと知っていないと、「新鮮ながん組織を確保する」という準備ができないのだ。

「もうひとつは、成分採血といって、培養に必要な成分だけを患者さんの血液から抜き取る特殊な採血が必要になります。成分採血は長時間に及び、相当な体力が必要とされる。それだけに、体重が40kgを切っている人は、受けることが厳しくなります。さらに、ワクチンを準備できるまでに3ヵ月、治療に3ヵ月。最低、半年という時間が必要です。これは、(生命の)リミットを切られた方にとっては、高いハードルとなります」(同前)

さらに、クリニックがある福岡まで自力で来られる体力があるかどうかも、重要な判断基準だという。急性の感染症にかかっている人、重篤な自己免疫疾患のある人、呼吸機能や肝機能、腎機能が極度に低下している人は、その段階で治療の対象外となる。

すでに「末期」と言われる段階にあると、度重なる抗がん剤治療などで、肝機能や腎機能が低下してしまう人も多い。その結果、抗がん剤治療が打ち切られ、さらにがんが進行。酸素ボンベが必要な状態の人も少なくない。

採血により採取した患者の免疫細胞はマイナス80℃で冷凍保存される

院内にある無菌室。ワクチンは細心の注意を払って培養されている

ワクチン投与の前日、品質・安全性を4段階にわたってチェックする

培養したワクチンが細菌などに感染していないかを調べるのも重要な工程

国の動きは遅すぎる

このようなハードルがあるにせよ、「福岡がん総合クリニック」で行われているワクチン治療が画期的なものであることは間違いない。現時点では医療保険の利かない自由診療だが、今後、保険が適用されれば、治療費(現時点では1回あたり15万円)も下がっていくはずだ。中村医師は、将来の展望を語る。

「最初にがんと診断がついた時点で、誰でもがんの遺伝子解析ができ、フレッシュながん組織を保存しておくような体制を作っておくことが重要です。進行がんだけではなく、このワクチンをがんの再発予防にも応用するのが目標。さらに、遺伝子解析の時間をより短縮し、ワクチンも素早く準備できるようにすること。加えて、遺伝子情報を利用するための法整備を進めていくことが大切です」

このワクチン治療では、速やかな遺伝子解析がなによりもモノを言う。国は一刻も早く、遺伝子解析のための整備に着手するべきなのだ。

①患者は診察室のベッドに横になり、がんワクチンを打つ鼠蹊部を消毒。ワクチンを打つ際に痛みを感じないようにシール状の麻酔を鼠蹊部に貼る②鼠蹊部のリンパ節や神経の位置をエコー(超音波)で確認(9枚目写真)。患者が苦痛なく治療が受けられるように麻酔の注射も打つ。すでに皮膚表面にシール状の麻酔が浸透しているので麻酔注射の痛みもほぼない③がんワクチンを鼠蹊部に注射する④2回に分けて投与するため、その都度エコーで確認する

がんワクチンは広い診察室の中で投与される。家族も同じ室内にいることができ、リラックスして受けられる

幸恵さんのワクチン治療経過写真。ワクチン投与前の腹水の様子(上)と3回投与後(下)。明らかにがん細胞が減少しているのがわかる

 

撮影 浜村菜月

Photo Gallary11

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