8年ぶりに帝京を撃破 創部100周年「早稲田のサイトウ」の躍動

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

創部100周年の今年、早稲田浮上の鍵を握る齋藤選手。慶應義塾戦では、八面六臂の活躍を見せた

全国高校野球が終わったばかりのこの季節。「ワセダのサイトウ」と聞けば、「ハンカチ王子」を思い出す方が多かろう。早稲田実業高校、早稲田大学(早大)を経て日本ハム在籍の斎藤佑樹は、2006年夏の甲子園球場で大フィーバーを巻き起こしている。

もっとも最近のラグビー関係者の多くは、今年創部100周年を迎える早大ラグビー部の現役選手を思い浮かべる。

齋藤直人。切れ長の目に当世風の短髪、身長165センチ、体重75キロの引き締まった体躯で、臙脂と黒のジャージィをまとう。

ポジションは接点周辺でボールをさばくスクラムハーフ。豊富なスタミナとパスやキックの距離と精度、球を拾い上げてから次のプレーに移るまでのスピード、さらに防御力と、この位置で求められるたいていの資質を高く評価されている。

印象深い出来事が起こったのは2017年11月23日、東京の秩父宮ラグビー場での慶応義塾大学戦でのことだ。

このシーズンの早大は、グラウンドの端から端まで少ない手数で球を繋ぐスタイルを意識。伝統の早慶戦でもその戦術を遂行したのだが、先発フル出場した齋藤はほぼすべてのポイントに顔を出し、ロングパスを放り続けていた。ゴールキッカーとしても5度のチャンスをすべて成功させ、23―21で白星を掴んだ。

その仕事量に感銘を受けたのだろう。スポーツ中継チャンネル『J SPORTS』の放送ブースでは、朗らかかつ緻密に分析する解説者、野澤武史さんがこう漏らしたものだ。

「このワセダの戦術、(スクラム)ハーフ、死にますねー!」

むろん「死にます」は、「かなり負担がかかる」の比喩だ。確かに当時の山下大悟監督は、数名いる実力者の力を最大化することで初めて2008年度以来の日本一奪還が叶うと考えていた。希代のスクラムハーフに重責を課すシステムの構築は、ごく自然なことだったか。

実況席では、もう1人の解説者である早大OBの後藤翔太さんが「齋藤の能力がこの戦術を可能にする」という旨を補足。視聴者にその凄みを訴求した。翌日のスポーツ紙のラグビー欄でも、やはり「ワセダのサイトウ」が大きく取り上げられた。

しかしこの頃の本人は、このようにつぶやいていた。

「試合後に取材してもらったり、取り上げてもらうのは嬉しいんですけど、『え、そんなに俺、よかったか?』って思うことはあります」

このアスリートには、謙虚で自己評価が控え目という特徴もあるのだ。居残り練習を欠かさないとか、お菓子も「Amazon」で取り寄せたノンオイルのポテトチップスを口にするといった、ストイックさをうかがわせる逸話も少なくない。高校、大学で同級生という柴田徹はこう証言する。

「まったくおごりがない。誰よりも練習して、ずっとウェイト(トレーニング)をして。それは気合いが入っている時だけとかではなく、ずーっと、なんです」

いったいなぜ、かくも生真面目に生きられるのだ。ある時、柴田が齋藤に直接聞いてみた。

返事は、簡潔だった。

「……本当に、ラグビーが好きだから」

今年の4月下旬から7月初旬までにかけ、齋藤は国内トップリーグ2連覇中のサントリーの練習に参加。同級生センターの中野将伍とともに、杉並区内の寮から府中市内のグラウンドへ通った。

グラウンド内では、目の肥えたコーチ陣から「首、振れ!」と指摘される。激しく動き回るなかでも相手と味方の様子をつぶさにチェックし、ベストなプレー選択をしろという意味だ。元日本代表コーチングコーディネーターでサントリー現監督の沢木敬介は、この新星の凄みと課題をこうまとめる。

「スクラムハーフとしての運動量はある。速いテンポを作れる。そのテンポを自分でコントロールできるかと言ったらまだまだだし、キックのスキルも学ばなきゃいけない。……でも、間違いなくいい選手ではあります」

さらにグラウンド外では、名手の職業倫理が刺激的だった。この国きっての名門クラブには、オーストラリア代表103キャップのマット・ギタウらハイレベルなプロ選手が揃う。齋藤は、周りのスターたちの態度に感銘を受けたという。

「もともと(練習開始の)20分前にはグラウンドに出ていたんですけど、サントリーではそんなのもありえなくて、1時間くらい前にストレッチなどそれぞれの準備をしていました。それまでの自分の準備が甘かったと思いました。いまはグラウンドには45分前までに絶対に出る。その前にストレッチなどは全て終わらせるように……。最近は、それが自分のなかで当たり前になってきているつもりです」

夏からは早大に戻り、8月19日には合宿地の長野・菅平で大学選手権9連覇中の帝京大学を28-14で下した。王者にとっては立ち位置を模索するさなかの練習試合だったろうが、早大がこのカードを制したのは8年ぶりのことだ。通算16度目となる大学選手権優勝に向け、ファンの関心は高まるだろう。

何より期待されるのは、国際舞台での活躍だ。

サントリーへの滞在期間中だった4月、齋藤は代表予備軍にあたるナショナルデベロップメントスコッドのニュージーランド遠征に参加。国際リーグのスーパーラグビーに加盟するチームの予備軍たちとぶつかった。

現地時間20日のブルーズA戦では、途中出場して3分後に味方のトライをアシストする。ここでは連続攻撃のさなか、ラストパスの瞬間だけ若干のリズムチェンジを加えていた。要は、落ち着いていた。さらにノーサイド直前には勝ち越しトライも決め、34―27で勝利。6月末には日本代表の兄弟分たるサンウルブズの練習生となり、スーパーラグビー出場へアピールした。

しかし、齊藤のサンウルブズ正規メンバー入りは実現せず。2019年のワールドカップ日本大会に向けた日本代表トレーニングスコッドにも、この若者の名はなかった。

両団体を率いるジェイミー・ジョゼフは、共同取材の場で「大学生をいきなりスーパーラグビーに選ぶのはフェアではない」といった旨のコメントを出す。日本代表の強化委員長である薫田真広は、トレーニングスコッドの陣容について「齊藤も悪くないのですが…」と落選理由には触れなかった。

目下、代表およびサンウルブズのスクラムハーフ勢にはワールドカップ前回大会出場の田中史朗、サントリー現主将の流大、6年前から期待の若手として代表入りの内田啓介が並ぶ。大学生の齊藤がこの中に割って入るには、陣営の決断力も求められそうだ。

早大が参戦する関東大学対抗戦Aは、9月9日に開幕する。国内外で貴重な経験を積んできたばかりの齊藤は、「試合ではそれまでやってきたことしか出せない。これからもいい準備をして、いい反省をして、初戦を迎えたいです」。まずは自分にベクトルを向ける。

取材・文:向風見也(スポーツライター) 写真:長田洋平/アフロスポーツ

Photo Gallary1

share icon記事をシェアする

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事