『スカーレット』喜美子が八郎と袂を分かつまでに育った心の火種

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「穴窯はやめへん。なんでハチさんは、うちの気持ちわかってくれへんの」

幼い頃から父・常治(北村一輝)や周囲の環境に振り回され、一番言いたい言葉を飲み込んで辛抱を重ねてきた喜美子が、遂に八郎(松下洸平)に本音をぶつけた、朝ドラ『スカーレット』の第99話「苦渋の決断」。その瞳には、「女にも意地と誇りはあるんじゃ!」と言い切り、草間(佐藤隆太)の心を動かした、9歳のころと同じ力が宿っていた。

NHK朝ドラ『スカーレット』公式ページより

しかし、八郎は武志を連れて川原家を出て行った。何事も丁寧に話し合い、2人並んで歩いてきた夫婦の、決定的な決裂。喜美子と八郎それぞれの立場を振り返りつつ、2人の「夫婦の形」を考察してみよう。

今度こそやりたいことをやり遂げる、喜美子の“女”の意地と誇り

川原家の女たちにとって、家長である常治の言葉は、たとえ理不尽であっても絶対だった。幼い頃、反論して何度か痛い目をみた喜美子は、家族の声に耳を傾けようとしない父に何を言っても無駄だと悟り、ひとまず言う事を聞いておく知恵を身につける。絵なんて描いてないで勉強しろと言われたときも、就職のため大阪に出ろと言われたときも、突然信楽に戻れと言われたときも、納得できないながらも最終的には父の言葉に従う喜美子に、「なんでそこまで我慢しちゃうの!?」と感じた人も多いだろう。

その理由が、夫と袂を分かってまで穴窯への執念を燃やし、ついに陶芸家としてひとり立ちした喜美子を見てわかった。彼女は我慢していたのではない。父を、世間を、自分を取り巻く環境をねじ伏せる力が自分にないことを自覚し、「いつか必ず」と希望の火種を心の奥に潜ませ、ずっと辛抱してきたのだ。

生来負けず嫌いな性格で、がんばり屋な喜美子は、どんな状況に立たされても、自らの目標を見つけてひたむきな努力を重ねる。その原動力となったのが、喜美子の内に宿る “創造意欲の火種”と、困ったときに手を差し伸べてくれる周囲の人々の存在だろう。

荒木荘では、忙しい女中の仕事の合間に棚の名札やペン立てを作り、その器用さが大久保(三林京子)の目に留まって、ストッキング修繕の内職を得ることに繋がった。そのことが、お金を貯めて美術学校へ通うという夢となり、大阪の地で働く励みとなった。信楽に帰郷して、丸熊陶業で働き始めた後は、火鉢の絵付けをやらせて欲しいという熱意が照子(大島優子)や社長・秀男(阪田マサノブ)を動かし、深谷心仙(イッセー尾形)という師に出会った。その出会いは夫・八郎との出会いに繋がり、喜美子自身もお茶汲みから絵付け師への道を拓く。

そんな喜美子の歩みを知るからこそ、川原家の女たちは穴窯への挑戦に賛成した。もちろん八郎も当初は喜美子を応援し、穴窯の番にも協力を惜しまなかった。しかし2度失敗した上に、経済状況を顧みない喜美子の無謀さに危機感を抱き、「穴窯は諦めよう」と告げる。

八郎の主張は、家族の生活を守るという意味では至極まっとうだ。しかしそれは、喜美子が愛する人から、同じ陶芸家から言って欲しかった言葉ではない。

いったいいつまで待てば、自分の本当にやりたいことを、思う存分できるのか。長年身に染みた習慣で一度は口をつぐんだ喜美子が、結婚を報告しにやって来た信作(林遣都)と百合子(福田麻由子)の前で泣いてしまったのは、小さい頃からなにかを諦めるたびに溜まっていた心の涙が、とうとう溢れてしまったように感じた。そして溢れてしまったからこそ、夢を分かち合えない八郎に失望し、本音をぶつけてもだめだったら離れるしかないという、苦渋の決断に繋がったのだろう。

「すっきりした。これでようやく、誰に気兼ねすることもなく、自分のやりたいことがやれる」

八郎が出て行った後、“妻”であり“母”である喜美子の行動を咎めに来た照子と話す喜美子の顔は、長年の憑きものが落ちたように清々しかった。もう父の気まぐれに振り回される“娘”でも、半人前扱いの“女中さん”でも、会社を宣伝する“マスコットガール”でも、きれいな格好をして夫の後ろで客を出迎える“奥さん”でもない。まだ世間には認められていないけれども、気概は一人前の“陶芸家”川原喜美子が誕生したのだ。

「あの炎をもういっぺん見たいんや!」と、ダダをこねる子どものように八郎に訴えた喜美子。穴窯の炎を見つめることで、心の奥に大切にしまってきた火種が炎を上げ、燃えあがり始めたことに気付いたのだろう。太古の地殻変動から生まれた信楽の土が、炎に焼かれて得も言われぬ色を出すように、喜美子もまた、身の内に苦難と喜びを練り込み、情熱という炎を燃やして生まれ変わった。

第14〜19週にかけて紡がれた物語を踏まえてオープニングを見ると、Superflyが歌う『フレア』の歌詞と、粘土が次々と形を変えて最後は器となる映像に、『スカーレット』のすべてが詰まっていることに気づかされるところも、おもしろい。

家族を守る“男”としての、八郎の意地

一方、穴窯を諦めようと言った八郎の気持ちを考えると、すったもんだした結婚問題で、常治と交わした約束が思い出される。

「陶芸家なんてならなくていい。会社員として真面目に働いて、家族を養え」

戦後を生き抜いてきた世代にとって、生活のために夢を諦めるのはごく自然なことだった。己の不甲斐なさで家族に苦労をかけてきたことを悔やむ常治の言葉は重く、その真意を汲んだ八郎は「わかりました」と答える。それをひっくり返したのが喜美子だった。そのおかげで、八郎は「陶芸家として食べていけるように、陶芸展で賞を受賞すること」と「好きな人と結婚すること」をいっぺんに叶えることができたのだ。

しかし次第に、八郎は家計を支えることのプレッシャーと、常に売れる作品を作り続けなければならない状況に息苦しさを感じ始める。そんな中、「少し休んだら。代わりにうちが働く」という喜美子の言葉が、実直な八郎をさらに追い詰めてしまう。

喜美子が自分を気遣って言った言葉だということは、十二分に理解している。しかし“男として”は、やりきれない。美術商に、受賞作以降進化せずに落ち着いてしまったと指摘される一方、喜美子は自由な発想で作品を作り、知らぬ間に釉薬の調合知識までものにしている。その状況で、「ほんの少しでも新しいものを取り入れることで、先生の作品は変わります!」という女弟子・三津(黒島結菜)の言葉に、八郎の心が動かされたのは、当然の流れだろう。事実、三津のアドバイスを受けて制作した和食ディナーセットは銀座の個展で好評となり、家族を養うという男の面目を保つことができた。これでまた、喜美子と一緒に作品を作り、穏やかに笑い合える時間が過ごせると、八郎はほっと胸をなで下ろしたのではなかったのか。

そんな八郎のささやかな夢は、喜美子の穴窯への挑戦で吹き飛んでしまう。

家族の時間とお金だけではない。八郎がなにより心を痛めたのは、穴窯に挑戦するのが喜美子ではなく自分だと書かれた新聞記事、そして喜美子の才能を認めない世間の狭量だっただろう。だからこそ八郎は、いったん穴窯をやめて、他の作品で陶芸家として名を挙げてからにすればよいと、喜美子を説得した。例え穴窯が成功しても “女”である喜美子の名前では売れないという美術商の言葉を踏まえ、喜美子の功績を自分が奪うことを避けたい。その根底には、大切な祖父の形見だった絵を売って米に替えた後悔と、その米をおいしいと感じた幼い自分の意地汚さを嫌悪する気持ちがある。そんなことを2度としたくない。これこそが八郎の意地であり、喜美子への愛情だったのだ。

しかしそれは、喜美子が欲しかった言葉ではなかった。喜美子が切望していたのは、“陶芸家”としての自分への絶対的な信頼から来る、挑戦への後押し。いつの間にか2人が見ている夢が違っていて、良かれと思った言葉が相手を傷つけてしまう。「自分と武志」と「穴窯」どっちが大切か、冷静になって考えれば、きっと家族を選ぶはず。八郎はあくまで、前向きな考えで家を出て行ったのだろう。しかし八郎の想いは、喜美子に届かなかった。

「僕にとって喜美子は“女”や。陶芸家やない」

この段になってもまだ、喜美子を“妻”の位置に収めようとする八郎の言葉に、諦めと絶望、そして悲しみを湛えた喜美子の表情が、2人の別離をはっきりと物語っていた。

この作品のすごさを感じるのは、喜美子と八郎という、男女の立場を逆転したドラマを描くことで、私たちの意識の根深いところに残る「女らしさ」「男らしさ」といった古い価値観に気づかせる脚本と演出の巧みさと、それをストンと腑に落としてくれる役者たちの演技だ。

八郎は、結婚して「十代田」から「川原」に姓が変わった。新居は、義父が夫婦の意向も聞かずに建てた義実家の離れで、鍵もつけさせてもらえないプライバシーゼロの環境。信楽では“ヨソ者”扱いで、川原家に戻らないのは若い女弟子となにかあったからだと根も葉もない噂が立つ。陶芸に全身全霊を捧げ芸術品を生み出そうとする喜美子と対照的に、みんなが喜んで普段づかいにしてくれる食器の制作に喜びを感じる“ごく普通の感覚”を持った八郎に、多くの女性が共感するのも頷ける。だからこそ、八郎の幸せな姿が最終回までに見れますようにと願わずにはいられない。

  • 取材・文中村美奈子

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