NZ代表レタリックにとって、トップリーグは単なる息抜きじゃない

藤島大『ラグビー 男たちの肖像』

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まだ28歳の働き盛りの世界の巨人「ブロディ・レタリック」が、神戸製鋼の5番を背負い体を張りまくる/写真 アフロ

ワールドクラスの凄み

本物が本物の力を発揮する。仲間は頼もしい。戦う相手は困る。

ブロディ・レタリック。

オールブラックスで81キャップ獲得、うち67試合に先発、2014年には国際統括機関の年間最優秀選手に選ばれ、翌’15年のワールドカップ制覇の中核をなした。

身長204㎝、体重121㎏。まだ28歳の働き盛りの世界の巨人が、神戸製鋼コベルコスティーラーズの5番を背負い本日もまた体を張りまくる。

王国ニュージーランドでは、現役トップ級選手のひとときの日本行きを「サバティカル」と呼ぶ。「安息日」が語源、長期勤務の大学教員の「職務にとらわれぬ在外休暇」の意味でよく用いられる。

ごくろうさまの若干の息抜きの時間、過去の尽力に報いる高収入の機会、ラグビー界ではそんなイメージだろうか。

しかし、好調の神戸製鋼の人間溶鉱炉にしてエンジンにしてクレーンで砕氷船、レタリックは、サバティカルの期間も徹底的に自分自身であり続ける。密集に上体を当て、空中の球をかっさらい、常に動き、酸素を求める口を半開きにして走る。

昨年6月の入団公式発表、デーブ・ディロンHC(ヘッドコーチ)の発言を思い出す。
「彼はワールドクラスのプレーヤーであると同時に人格者でもあり(以下略)」

トップリーグ第3節のサントリーサンゴリアス戦。あまりにもさりげなくて、だから、背筋の奥がブルンと震えた瞬間がある。

後半4分、神戸製鋼の右展開のトライ。その直前だ。元オールブラックス、ニュージーランドにおける人間国宝級の名士、10番のダン・カーター(いまのうちに凝視せよ!)から5番のレタリックへ。でっかい体で器用に3番の元ジャパン、山下裕史へつなぐ。さらに球はいかされ、最後はウイングのアンダーソンフレイザーが転がり跳ねるキックに鋭く追いついた。

ブロディ・レタリックは短く深い軌道のパスを通すや、滑らかにサポートのコースを走り始めた。途中、攻撃のスペースがわずかに詰まると、すっと走路の角度を変える。トライ。左斜め後方には、足を止めぬ長身があった。ああワールドクラスとは、いやワールドクラスの人格者とはこうなのだ。静かなる凄みを覚えた。

最前線で激突を繰り返すポジション。そろそろ疲れのたまる後半。巧みにパスを成功させた達成感。普通のラグビー選手なら、いやいや多くの一流だって、一瞬、頭のスイッチをオフにしてしまう。でも黒いジャージィの英雄は、いま真紅のそいつをまとい、おのれの投げた球の責任なら最後まで取る、という態度を崩さない。それは倫理であり、サポートのスキルでもあって、意識により身体化された習慣とも解釈できる。

本物は異国でも本物

一昨年8月、母国の有力紙の記者が『ブロディ・レタリック―文句なし、オールタイムでベストのフォワード』という記事を書いた。以下、一節より。

「彼は強力なモーター、でっかいハート、すべての範囲のスキルを有し、加えてサイズとパワーを備えている」(NZヘラルド紙)

もとより異議はない。
第2節、強力フォワードのヤマハ発動機ジュビロとの激突、レタリックはやはり格の違いを見せつけた。開始14分。楕円球を抱え、まさに突進、3人のタックルを無力化、当然みたいにインゴールへ壁のごとき身を倒す。どうしてもモールを組ませたくない場面、ラインアウトの球を高い到達点でかっさらった。

「スクラム、ラインアウトで役割をまっとうすることを真っ先に考えていた」

勝利後、発せられたコメントは、引用すると退屈なほどに簡潔で正しい。
神戸製鋼は賢い補強に成功した。ただし、このビッグな人格者は、若き日、実は地元で「節穴の目」を経験している。

生まれ故郷より約50㎞のクライストチャーチ・ボーイズ・ハイスクールに学んだ。なのに地元のプロ、クルセイダーズは契約を結ばなかった。それは「ニュージーランドのスカウト史における最大のミス」(同前)。最近では、もっぱら笑い話とされる。

やむなく他の地区へ移り、チーフス入り。21歳と9日でアイルランド戦の代表デビューを果たした。本人いわく「ローラーコースターに乗ったみたい」。以後、1110人目のオールブラックスは、たいがいは白星の黒衣のヒストリーを牽引する。

神戸製鋼の好調の根幹は「ふたり」だ。レタリックとカーターではない。ボール保持者が前へ出る。タックルを浴びる。倒れる。そこへ助けに向かう援軍、その「ふたり目」の到着が早い。しかも強靭かつ正確。相手の手出しを許さず、クイックの球はじゃんじゃん供給される。

某チーム関係者の言を借りるなら「レタリック級がすぐくるのだから大変です」。派手に映るチームの地味な仕事の真ん中に、漫画に出てくる大男のようなシルエットは必ず見つかる。

本物は異国でも本物である。当たり前にも思える。そうだろうか。まれなる才能が手を抜くやり方をわからないのはまれだ。

 

※この記事は週刊現代2020年2月15日号に掲載された連載『ラグビー 男たちの肖像』を転載したものです。

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  • 藤島大

    1961年東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。雑誌記者、スポーツ紙記者を経てフリーに。国立高校や早稲田大学のラグビー部のコーチも務めた。J SPORTSなどでラグビー中継解説を行う。著書に『ラグビーの世紀』(洋泉社)、『知と熱』(文藝春秋)、『北風』(集英社文庫)、『序列を超えて』(鉄筆文庫)

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