オスカー候補『フォードvsフェラーリ』を早く見た方がいい理由

指南役のエンタメのミカタ 第27回

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『フォードvsフェラーリ』(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation 

俗に、「オスカーは間違える」と言われる。

過去のアカデミー賞で、意外な名作たちが作品賞を逃しているという意味合いである。例えば、映画のオールタイムベストで1位に選ばれることの多い『市民ケーン』も、巨匠たちの代表作――チャップリンの『街の灯』もヒッチコックの『めまい』も、映画史を変えた『2001年宇宙の旅』も『スター・ウォーズ』も、今なお語り継がれる『ブレードランナー』も『シックス・センス』も――いずれも作品賞を逃している。

別に、始まる前から敗者をフォローするつもりはないが――間もなく、そんな世界最大の映画の祭典「第92回アカデミー賞授賞式」が始まる。

今のところ、「作品賞」の最有力と見られる2作品が、オスカーの前哨戦と呼ばれるゴールデングローブ賞とアメリカ製作者組合(PGA)賞で2冠(作品賞)に輝いたイギリス映画の『1917 命をかけた伝令』と、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』である。

そして、その2つを追う第2グループに、2人の巨匠――クエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と、マーティン・スコセッシ監督の『アイリッシュマン』が並ぶ。前者はオスカーが好むハリウッドのオマージュもの。後者はスピルバーグが敬遠するNetflix作品だが、昨年、最有力と言われた『ROMA/ローマ』が受賞を逃した経緯もあり、その反動が期待される。

最多11部門にノミネートされた『ジョーカー』は、「ヒーロー映画は作品賞を取れない」というオスカーの伝統に阻まれると見られるが、ホアキン・フェニックスが主演男優賞の最有力と専らの評判だ。

そんな中、今回、僕がこのコラムで取り上げるのが、作品賞にノミネートされているものの、恐らく、全然引っかからず、技術部門(編集賞など)の受賞でお茶を濁しそうな『フォードvsフェラーリ』である。

ここで、冒頭の言葉を思い出してもらおう。そう、「オスカーは間違える」――。しょせん、オスカーで作品賞を取るのは、テーマに社会性や時代性が見られたり、監督や俳優らが選ぶ賞だけに、映画への強烈なオマージュが感じられる作品である。『1917 命をかけた伝令』は全編ワンカット撮影が売りで、ビッグ・スクリーン(大画面)の素晴らしさを極限まで味わえると評判だし、韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』は近年、「白すぎるオスカー」(ノミネートが白人ばかりに偏りがち)と批判されがちな同賞の汚名を返上する意味でも、多様性は追い風になる。

『フォードvsフェラーリ』(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

その点、『フォードvsフェラーリ』は純粋なエンタテインメントだ。何か社会に突き刺さるテーマがあるワケでも、黒人やアジア人が活躍する映画でもない。しかし――めちゃくちゃ面白いのだ。僕は、この純粋な娯楽作品がオスカーの作品賞にノミネートされたことに、同賞を選考する映画芸術科学アカデミーへの一縷の望みを覚える。

『フォードvsフェラーリ』は、いわゆる“トゥルー・ストーリー・ムービー”――実話に基づいた映画である。舞台は1960年代初頭。販売不振に悩む、米ビッグ3のフォード・モーター社が若者向けのイメージ戦略からフェラーリ社の買収を企むが、創業者のエンツォ・フェラーリから手痛い反撃を受け、破談。これを逆恨みした会長のフォード2世が打倒フェラーリを掲げ、「ル・マン24時間レース」へ参戦する話である。

主演は、マット・デイモンとクリスチャン・ベイル――いわゆるバディものだ。物語は、フォード2世の命を受けた重役のリー・アイアコッカ(あのアイアコッカである)が、キャロル・シェルビー(マット・デイモン)が経営するレーシングコンストラクターの会社を訪ねるところから大きく動き出す。シェルビーは米国人で唯一ル・マンを制したことのある元レーサー。「フェラーリに勝てる車を作ってほしい」――そう話すアイアコッカの手には、金額の書かれていない小切手が握られていた。

『フォードvsフェラーリ』(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

「カネで優勝は買えないが、それを可能にするスタッフなら雇う事はできる」――それが、シェルビーがこの仕事を引き受ける答えだった。そして彼は一人の男に目を付ける。イギリス人レーサーで、自動車整備工場を営むケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)だ。性格は短気で荒っぽいが、レースの腕と、レーシングカーを改良に導くアドバイスは超一流だった。

かくして、シェルビーとマイルズの二人三脚が始まる。ル・マンで6連覇中の絶対王者フェラーリを倒すべく、2人はフォード社製のGT40のテスト走行を日夜繰り返して改良を重ね、フォードの重役陣とも対立しながら、遂に最速マシンを作り上げる――。

監督は、『17歳のカルテ』『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』など、多彩なジャンルのヒット作で知られるジェームズ・マンゴールドである。今回の『フォードvsフェラーリ』を撮るにあたり、彼はあえて大作にせず、誰もが楽しめるジャストサイズの娯楽映画を心掛けたという。

そう、これはレース映画だが、客を選ばない。タイトルこそ「フォードvsフェラーリ」だが、その実、シェルビーとマイルズら現場スタッフと、フォード重役陣との対立のほうがメインに来る。いわゆる「現場組vs背広組」の話だ。『踊る大捜査線』で言えば「所轄vs本店(本庁)」であり、『下町ロケット』で言えば「佃製作所vs帝国重工」である。ドラマツルギーで言うところの「ベタ」な構図。これならレースの知識がない女性でも楽しめる。

同映画の見どころは多い。1つは1960年代の再現だろう。例えば、劇中に登場するフォード社の工場のラインにある1963年製のフォード・ファルコンは、全て本物である。全米各地から20台ほどが集められたという。他にも、シェルビーの作業場の空港にさりげなくパンナム機が駐機してあったり、登場する男性が皆、短髪だったり(「サマー・オブ・ラブ」と呼ばれる長髪のヒッピー文化が流行するのは68年から)――そう、神はディテールに宿る。

“音”も同映画の見どころの1つだ。冒頭からシェルビーが操るアストン・マーティンが奏でる爆音に僕らは度肝を抜かされる。「映画の半分は音楽で出来ている」とは、かのジョージ・ルーカスの名言だが、その言葉を拝借すれば、『フォードvsフェラーリ』の半分はエンジン音で出来ている。

そして、やはり同映画の最大の見どころは、ル・マンのレースシーンに尽きるだろう。レーシングカーの「フォードGT40」と「フェラーリ330P3」は精巧なレプリカが復元され、現在のル・マンとは異なる1966年当時の「サルト・サーキット」も6ヶ所のロケ地に分割して再現された。そうして全長約6kmにも及ぶ名物ミュルサンヌ・ストレートで2台がチキンレースに挑む名シーンが生まれたのである。

もちろん、主役2人の演技も見逃せない。マット・デイモンは中間管理職的なシェルビーの苦悩を時にユーモラスに演じてみせ、一方のクリスチャン・ベイルは外見から含めて、孤高の男・ケン・マイルズになりきった。見事な憑依俳優ぶりである。そんな2人の友情は、スクリーンを通してごく自然に伝わった。

この映画は2つのことを教えてくれる。

1つは、全編に漂う「リスペクト」の精神である。ジェームズ・マンゴールド監督は、レース映画の先駆者である『グラン・プリ』と『栄光のル・マン』から、レース・シークエンスのインスピレーションを受けたと公言し、また、そのプロットは、映画『ライトスタッフ』のオマージュを思わせる。

劇中に登場する実在の人物たちにも、さりげなく敬意が払われた。フォード2世はシェルビーが操るフォードGT40に同乗した際、実に人間的な一面を見せる。その部下アイアコッカも、フェラーリとの破談をフォード2世に伝える際、先方が口にしなかった言葉を足して、後に2人が袂を分かつ伏線を匂わせた。更に、エンツォ・フェラーリに至っては、彼が最後にマイルズに見せた態度こそ、同映画の真のクライマックスと言える。

そして、もう1つが、トゥルー・ストーリー・ムービー(実話に基づく映画)の面白さだ。同映画に限らず、ハリウッドではその種の作品が実に多い。それは、実話こそエキサイティングな題材であり、過去を訪ねて現代に蘇らせる手法もまたオマージュであり、エンタテインメントの正攻法だから。

翻って、日本の映画業界はどうだろう。まだまだ、その種のジャンルの作品が少ない。理由として、過去に対するオマージュ文化が未成熟なのと、時代感を再現するスキルと美術予算に欠けるからである。もったいない。過去は宝の山なのに――。

さて、オスカーの授賞式後、結果次第では、『フォードvsフェラーリ』は早々に姿を消してしまうかもしれない。だが、この映画は劇場で――できればIMAXで見てこそ真の面白さが伝わるというもの。未見の方は、急いで見られることをお勧めします。

なぜなら、オスカーは間違えるから。

  • 草場滋

    (くさばしげる)メディアプランナー。「指南役」代表。1998年「フジテレビ・バラエティプランナー大賞」グランプリ。現在、日経エンタテインメント!に「テレビ証券」、日経MJに「CM裏表」ほか連載多数。ホイチョイ・プロダクションズのブレーンも務める。代表作に、テレビ番組「逃走中」(フジテレビ)の企画原案、映画「バブルへGO!」(馬場康夫監督)の原作協力など。主な著書に、『テレビは余命7年』(大和書房)、『「朝ドラ」一人勝ちの法則』(光文社)、『情報は集めるな!」(マガジンハウス)、『「考え方」の考え方』(大和書房)、『キミがこの本を買ったワケ』(扶桑社)、『タイムウォーカー~時間旅行代理店』(ダイヤモンド社)、『幻の1940年計画』(アスペクト)、『買う5秒前』(宣伝会議)、『絶滅企業に学べ!』(大和書房)などがある

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