「五輪で勝つシューズ」メダリストの靴を作り続けた三村仁司の告白
有森裕子、高橋尚子、野口みずきらの「金メダルシューズ」を作った男
「厚底シューズの一連の騒動にはまったく興味がないんですわ。結局は選手の足にその靴が合っているかどうかで、靴はあくまでも靴。タイムが出るのは選手の努力でしょ」(三村仁司氏)
規制するのか許可するのか――。陸上界を大いに騒がせたナイキの「厚底シューズ問題」に、ようやく裁決がくだった。
世界陸連は1月31日、「靴底の厚さ40㎜を超えるシューズは禁止」とする新ルールを発表した。好記録を連発している「ヴェイパーフライ」シリーズは厚さ36㎜のため、使用が認められたことになる。
ただ、陸連の発表には続きが。認めたのは「既製品」のみ。店頭などで販売している靴しか履いてはいけない、というのだ。これにより危惧されるのは、これまで特注で靴を作ってきた職人たちがどうなるのか、ということ。その第一人者が、冒頭の三村仁司氏(71)である。
オニツカ株式会社(現・アシックス)の社員だった’74年から40年以上、三村氏は〝非厚底〟の特注シューズ制作を手掛けてきた。’09年にアシックスを退社後、’10年からはアディダスと、’18年からはニューバランスと専属アドバイザー契約を結んでいる。陸連の規制について、三村氏はこう言い切る。
「特注シューズをどうするのかということは、これから陸連とメーカーが話し合いをして決まると思います。すべて禁止なんて馬鹿げた決定にはならないでしょう。私は私のやり方で選手のために靴を作り続けるだけ。私は日本選手が世界で勝つためのサポートという感覚で仕事をしてきたし、これからもそうでありたい」
有森裕子、高橋尚子、野口みずき……数々のメダリストを足から支えた伝説の職人が、シューズ作りに対する熱い想いを語った。
厚底シューズが悪いとはまったく思いません。ただ、靴ありきで考えるのはランナーにとって危険とは言える。本来自分に合わない靴を履くということは、故障に繋がる可能性もある。足の形や走り方などは十人十色。特に長距離の選手は、調子や体調によって走り方が1ヵ月くらいの短いスパンで変わったりもする。ナイキの既製品が合うランナーなら良いけど、年間約2000人を見てきた経験上、そんな選手は限られてるわ。
たとえば先日の大阪国際女子マラソンで優勝した松田瑞生(みずき)(24)。2時間21分台の好タイムで優勝したけど、大会の3日前に「靴がキツイんです」と連絡があった。彼女は外反母趾で、両足のサイズも違うから既製品では無理でね。それで1日半で靴を仕上げて、前日に送った。彼女とは付き合いも長いから、細かい要求もわかって急遽でも対応できた。
だいたい私は選手には3つのシューズを渡すんですよ。調子が良い時、普通、悪い時用。それで「お前今どのシューズを使ってるんや?」と聞くと、だいたいの状態はわかる。練習を見に行き、フォームや靴のすり減り方などを見て調整することもある。
今はAI技術などを使い各メーカーが軽量化の競争をしている。でも、軽いから良いとは一概には言えない。有森なんかは、ある程度の靴の重さも必要だった。彼女の走り方には、軽すぎる靴は合わなかったんや。
ただ、やっぱりいちばん苦労させられたのは高橋尚子やな。高橋はシドニー五輪の2ヵ月前に13㎏増量し、そこから体重を落としていった。普通、体重が1㎏違うとシューズを替えることが多いんよ。さらに、彼女のマッサージをしている際に、左脚が右脚より8㎜も長いことにも気づいてね。それで左右の底の厚さが違うシューズを渡した。五輪前に渡す靴は多くて4足程度だけど、高橋の場合は40足も作った(笑)。
ところが彼女は、「左右の厚さが違うシューズだと気持ちが乱れる」と言って聞かない。私には絶対に変えるべきという確信はあったけど、高橋の性格的に無理やりでは逆効果になる。それで辞表を書いた後に小出義雄監督と相談し、本人に黙って左右の厚さが違うシューズを渡して、五輪に臨ませたんよ。金メダル獲った後のパーティで高橋に「靴どうやった?」と聞くと、「最高でした!」って。実は左右の底の厚さが違うことを伝えると、「えー!」と笑ってたな。
アスリートの性格を把握して乗せたり、引いたりするのが私のやり方。選手の繊細な感覚をどれだけ理解するかも良い靴を作るための絶対条件。時には「バカタレ!」と怒り、体のケアまですることで、本音を聞いてきたという自負はある。
私のモチベーションはずっと変わらなくて、世界で勝てる日本人選手を作ること。その信念は今後も変わらんよ。
ナイキの「厚底シューズ」が万能な用具であるはずがない
『FRIDAY』2020年2月21日号より
- 撮影:加藤慶