日本代表で身体を張ったトンプソン ルークが離日直前に語った思い

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
ラグビー日本代表や近鉄などで17年間戦ったトンプソン ルーク。現役を引退して2月5日、生まれ育ったニュージーランドに戻った(撮影:鎮勝也)

この国のラグビーファンが愛するトンプソン ルークの住まいは島之内にあった。

市域は東大阪。日本を代表する作家・司馬遼太郎が居を構えたのも同じ市内である。

愛称「トモ」の足は自転車。近鉄ライナーズの本拠地・花園ラグビー場へは10分ほどで到着する。

威勢がよく、義理人情に厚い旧国名「河内」で15年を過ごす。この4月で39歳。その間、ネリッサを妻にもらい、3児を授かった。

もうかりまっか。

ぼちぼちでんな。

そんな受け答えは普通になった。

こんなに長くいると思っていた?

「全然。1、2年で戻ると思っていたね。こんなに長くいられたなんて、やばいっすね。でも17年、すごい早かったよ」

三洋電機(現パナソニック)の助っ人として、生まれ育ったニュージーランド(NZ)から来日したのは2004年。最初の2年は群馬にいた。そして、紺とエンジの段柄ジャージーの近鉄に移籍する。2010年には日本国籍も取得。新生児が高校生に育つ長さをプロ選手として過ごし、現役を退いた。

2月5日、関西空港からNZに戻って行った。

故郷は南島の中心・クライストチャーチ。「世界の庭」と言われるほど緑は美しく、気候は温暖だ。国際リーグ・スーパーラグビーのクルセイダーズの本拠地でもある。

「帰ったら牧場をやるね。鹿を飼う。食用もあるけど、角は漢方薬の材料になる。中国や韓国に輸出するね。あとは牛や羊ね」

クライストチャーチから車で30分ほどの所に350エーカーの牧草地を求めた。東京ドーム約30個分の大きさ。トモは笑う。

「牧場としては小さいね」

とは言うものの、第2の人生の舞台は、100×70メートルのグラウンドより、とてつもなく広い。

現役時代、トモはロックとして体を張った。196センチ、110キロのサイズでラックには頭を入れ、タックルは体を折り曲げ、低く入る。

そのスタイルは輝かしい実績を呼び込む。日本代表キャップ(協会が定めた国際試合に出場した数)は71。ワールドカップ出場は2007年から4大会連続。松田努、元木由記雄に次いで3人目の快挙。「ジャパンの顔」と言っていい。昨年、初の8強に進出した日本大会でも5試合中4試合に出場した。

「アイルランド(19-12)とスコットランド(28-21)の試合がとくに覚えているね。勝ててうれしかった」

欧州6か国に数えられる2チームとの対戦ではともに先発する。アイルランドからは史上初、スコットランドからは1989年以来30年ぶり2回目の白星の一助となった。

トモは2015年のワールドカップ後、代表引退を表明した。「ブライトンの奇跡」と言われた南アフリカ戦(34-32)に先発し、3勝を挙げた大会で満足感を持った。

ところが、近鉄で現役を続けていく中、再び世界と渡り合いたい思いが強くなる。ネリッサに背中を押され、昨年、スーパーラグビーのサンウルブズ入り。テストと同様の試合をこなし、本格的に代表復帰を果たした。

三洋電機と近鉄を合わせたトップリーグ通算試合出場数は135。今回のリーグ戦が始まるまで歴代10位の記録だった。

「近鉄での思い出はたくさんあるね」

真っ先に口から出たのは、22年ぶりの神戸製鋼からの勝利だった。2010年10月3日、深紅のチームを25-22で破る。前回は1988年11月6日。関西Aリーグ(トップリーグの前身)で9-4だった。トップリーグの覇者からの白星は今でも忘れられない。

最後の2季は下部のトップチャレンジで戦った。シーズン最終戦は1月19日の対栗田工業。東京・秩父宮ラグビー場には先発するトモの最後の雄姿を見ようと14599人が詰めかけた。通常1000人を下回るこのリーグでは超異例。試合は74-0。7戦全勝でリーグ戦優勝を果たす。「有終の美」だった。

「今年の秩父宮と花園も特別ね。お客さんがいっぱい来てくれた。優しい人が集まってくれた。雰囲気はとってもよかったね」

地元最終戦はその1週前の1月11日。ヤンマースタジアム長居で釜石シーウェイブス を迎え撃ち、76-12と圧勝。こちらも6251人がスタンドを埋めた。

近鉄はその功績を高く評価。81年の歴史の中で初となる引退直後からのアドバイザー契約を結ぶ。内容を吉村太一チームディレクターは説明する。

「あちらでは選手のリクルート。こっちに来てもらっている時は、チームや会社のPRをしてもらいます。時間が合えば、練習や試合なんかも見てもらうつもりです」

双方に義理人情は息づいている。

「アドバイザーになるのは楽しみ。僕にとって大切なチームだし会社だからね。できるだけの協力はするよ。残してもらってくれた近鉄に感謝している」

トモをねぎらうのはチームだけではない。日本代表の主将でもあるリーチ マイケル(東芝)が中心になって、5月のリーグ戦終了後、記念試合の計画が進められている。リーチはトモの7歳下。セント・ビーズ高、そして地元クラブのベルファストでも後輩だった。

「その時はもちろん帰ってくるよ。うれしいを通り越してはずかしい。リーチや関わってくれるみんなに感謝したい」

今でもレジェンドの道を突き進むトモ。静かな完全引退はまだまだ先の話である。

トンプソンが住んでいた家の表札(撮影:鎮勝也)

◆トンプソン ルーク(Luke THOMPSON) 1981年4月16日生まれ。38歳。196センチ、110キロ。ロック。ニュージーランド・クライストチャーチ出身(日本国籍保有)。ベルファストクラブで競技を始める。セント・ビーズ高→リンカーン大。大学ではスポーツマネジメントを学ぶ。2004年に来日。三洋電機(現パナソニック)で2年間プレー。2006年から近鉄で15年間プレーを続けた。2007年4月29日の香港戦で日本代表デビュー。ワールドカップは2007、2011、2015、2019年と4大会連続出場。代表キャップは71。トップリーグの通算試合出場数は135。2019年には国際リーグ・スーパーラグビーのサンウルブズでもプレーした。家族はネリッサ夫人と3子。

  • 取材・文鎮勝也

    (しずめかつや)1966年(昭和41)年生まれ。大阪府吹田市出身。スポーツライター。大阪府立摂津高校、立命館大学産業社会学部を卒業。デイリースポーツ、スポーツニッポン新聞社で整理、取材記者を経験する。スポーツ紙記者時代は主にアマ、プロ野球とラグビーを担当

Photo Gallary2

share icon記事をシェアする

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事