最恐監督の新作は「スリラー×恋愛」 爽快ラストは幸?不幸?
トラウマ級のホラー映画『ヘレディタリー/継承』がスマッシュヒットし、2018年に鮮烈なデビューを果たしたアリ・アスター監督(34歳)。いまハリウッドの制作陣から、「最も組みたいクリエイター」として注目を集める気鋭の映画監督だ。そんな彼の待望の最新作『ミッドサマー』の日本公開が2月21日からスタートした。
本作の全米公開は’19年7月ということもあり、すでにネット上には詳細な感想が出回っている。「心が弱っている時の観賞はオススメしない」「カップルは一緒に観ない方がいい」など、不穏な注意喚起が飛び交っていた。加えて、本作の日本でのレイティングはR15+。どれだけショッキングなのか、と観る前からドキドキしていたが、ラストには驚きの爽快感が待っていた。
ストーリーは実にシンプルで、「5人の大学生が閉鎖的な田舎に行き、そこでひどい目にあう」という、アメリカ映画では「田舎ホラー」とも称される王道展開だ(『悪魔のいけにえ』(1974年)や『ホステル』(2005年)なども田舎ホラーといえる)。
本作が斬新なのは、ヒロインのダニーたちが向かうのが”白夜”の時期の北欧スウェーデンということ。太陽が沈まず、燦燦と陽の光が降り注ぐ牧歌的な風景のなか、恐ろしい出来事を次々と目撃することになる。明るく色鮮やかでキレイなのに、じわじわと不穏が迫ってきて落ち着かない。この不可思議な感覚は、本作ならではの味わいだ。
ヒロインたちは「ホルガ」と呼ばれる小さな共同体を訪れ、そこで90年に一度の祝祭に参加することになる。「郷に入っては郷に従え」という言葉があるが、ホルガの人々のしきたりや儀式を目の当たりにし、「自分たちとは文化が違うから仕方がない」と妙にすんなり受け入れてしまうのが本作の大きな罠でもある。
奇妙なことがたくさん起こっているのに、ホルガの「伝統」や「信仰」、死生観などを丁寧に説明され、「もしかしたらこちらが間違っているのかも」と観ていて価値観が揺らいでしまう。白夜で時間感覚が狂っていくように、観ている側の感覚も麻痺していってしまうのだ。
しかし、何より観客の心をざわつかせるのは、実はヒロインのダニーとその恋人とのギクシャクとした恋模様だ。
ダニーを演じるのは、大作への出演が続く若手の注目株フローレンス・ピュー。『ストーリー・オブ・マイライフ//わたしの若草物語』(2019年)でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、スカーレット・ヨハンソン主演のマーベル作品『ブラック・ウィドウ』(2020年5月公開)でも順主役級の役どころを演じる、’20年最注目の女優である。
ピュー演じるダニーは、冒頭から家族にまつわる不幸に見舞われる。これはアリ・アスター監督が自主制作映画を撮っていた時代から、一貫して描き続けているテーマでもある。本人は詳細を決して語らないが、家族になんらかのショッキングな出来事が起こり、その深い悲しみとトラウマを乗り越えた経験に基づいた作品が、長編映画デビュー作『ヘレディタリー/継承』だったのだという。
『ミッドサマー』の場合はというと、監督自身のツラい失恋体験が反映されていて、監督はダニーに自己投影していたという。それを踏まえて本作を観てみると、なるほど確かに、「(本作を)ホラー映画とは考えてはいない」と監督が語っているのも納得だ。
「彼女よりも男友達との付き合いを優先して喧嘩になる」、「自分が一番ツラい時に、傍にいて支えてくれない」など、本作は恋人同士が陥る”あるある”な問題を描いた恋愛映画でもあるのだ。
ただ、ツラい恋愛経験がないと本作にノメりこめないかというとそうではない。本作で最も恐ろしいと筆者が思ったのは、共同体ホルガの人々がダニーに示す「共感」の力だ。恐ろしい不幸に見舞われ、恋人ともうまくいっていないダニーは精神の均衡を崩しているのだが、そこに手を差し伸べてくれるのがホルガの人々。
自分が弱っている時、誰かに助けてもらったという経験を持つ人は多いだろうし、逆に「誰にも助けてもらえなかった」という苦い経験をした人だっているはずだ。『ミッドサマー』が怖いのは、優しい「共感」や「肯定」にヒロインが癒され、どんどんホルガに取り込まれていき、恐るべき決断をくだすその姿が他人事と思えないからなのかもしれない。
本作のビックリするほど爽快なラストを、ハッピーエンドと感じるか、バッドエンドと感じるかは人それぞれだと思うが、めったにない映画体験ができる作品なのは間違いがない。
この怒涛の”フェスティバル・スリラー”が辿り着く結末を、ぜひあなた自身の目で見届けてほしい。
『ミッドサマー』
2020年2月21日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷他 全国ロードショー
提供:ファントム・フィルム/TCエンタテインメント
配給:ファントム・フィルム
▼『ミッドサマー』 スチールギャラリー▼
- 文:大門磨央
- 写真素材提供:ファントム・フィルム/TCエンタテインメント