「死ねるのかな……」うつで死の淵に立たされた元Jリーガーの告白

元サンフレッチェ広島の森崎兄弟が初の共著『うつ白』で記したピッチ外の戦い

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インタビューに応じた双子の兄・森崎和幸(左)と弟・浩司(右)

Jリーグの2020年シーズンが21日に開幕した。5年ぶりの頂点を目指すサンフレッチェ広島の森﨑ツインズと言えば、2000年代~10年代のクラブを支えた、Jリーグファンならおなじみの名手たちである。

ともにポジションはミッドフィルダー。兄の和幸(以下カズ)は2000年のJリーグ新人王にして、キャリア充実期にはキャプテンも務めた。弟の浩司(以下コージ)は2004年のアテネ五輪代表に選出された経験を持つ。2人は地元広島の出身であり、クラブ育成組織からの生え抜きでもある。兄は20シーズン、弟は17シーズンに及ぶ選手キャリアを積み重ねてきた。

クラブは途中2度のJ2降格を味わうも、そのたびに1年でJ1復帰を果たし、現役時代には3度にわたりJ1リーグ優勝に導いてきた。これだけを読めば順風満帆なフットボーラー人生に映るが、昨年11月に出版した2人の初の著書(共著)のタイトルは『うつ白』。2人とも、現役時代にはうつ病との壮絶な戦いを経てきた。

2人を広島時代に指導した日本代表・森保一監督いわく「2人が心の病を乗り越えて、アスリートとしてサッカーができるようになったのは”奇跡”でした」。今回の独占インタビューでは、その奇跡の裏側を3つの観点から語ってもらった。

ポイント1:「心の弱さ」=「うつの原因」ではない

2人が『うつ白』を書いた大きな動機の一つが、「世間が抱くうつ病に対するイメージを変えたい」(カズ、本書より)というものだった。弟のコージは言う。

「例えば会社の中で、部下が上司に『うつ病ですので休ませてください』って、なかなか言い出せない雰囲気ってあると思うんですよ。でもうつ病の告白を、『すみません、風邪ひきました』というレベルと同じくらい簡単に言えるようになれば、世の中が変わってくるのかなと感じています」

彼がそう主張するのは「うつ病は、心が弱いからなるものでは決してない」という実体験があるからだ。事実、本書でも書かれている通り、病気から立ち直りその都度日本サッカー界のトップレベルのピッチに戻ってくるだけの強さが、2人にはあった。

うつ病になったのは「自分で自分を追い込んでいった結果」であると兄・カズは続ける。彼が最初に発症したのは2005年にチームの主将を託され、大きな責任を背負ってからだった。

「高いパフォーマンスを追い求め、自分の理想とするプレーができないと自分で自分の首を絞めていってしまった。何で出来ないんだろうと、追い詰め過ぎた。それがストレスになって寝られなくなり、寝られなくなると疲れが残る。そこからいろんな症状が出てきました」

コージも同様の理由からの発症だった。

「心の弱さで悩んでいたと思われるのは嫌でした。そうではなく、サッカー選手として完ぺきを追い求めていて、つき詰めて、ハイパフォーマンスを保ち続けたいと思っていましたから。サンフレッチェの一員としてファン・サポーターに対して責任をもって常にプレーしていたのに、それをピッチで体現できていなかったときは辛かったですし、不安にも感じていました。完ぺきを求めるというのはプロ選手として必要なことですけど、それを追い求めすぎた」

2004年2月11日のロシア代表戦にU-23日本代表として2人そろってピッチに立った

ポイント2:自分の弱さをさらけ出す/自分をほめてみる

症状が重く、家に引きこもっていた頃、カズは「生きているのに何の意味があるのか」「サッカーをしなければこんなことにはならなかったのに」と毎日のように自問自答を繰り返した。同じように重い症状になった頃、コージは「生きていることがしんどい。この大量の薬が全部睡眠薬だったら死ねるのかな」と死の淵に立たされたこともあった。

とはいえ、2人を診察した医師の松田文雄氏による粘り強い治療により、「心の重し」を少しずつ取り除いていくことに成功したという。

「自分のプレーが今良くないと自身で思っていたとして、それでも監督などの周囲からは評価されているとします。診察を受ける前までは、自分の評価が全てだったのでどんなに周囲から評価されていても、自分の評価を優先していました。でもドクターから『周りから良い評価を受けているときはそちらをとってください』と言われてから、そういう考え方もあるんだと目を見開かされ、心の重しが少し取れました。いい意味での開き直り、自分を認めてあげるということもたまには必要なのかな、と」(カズ)

コージは「自分をほめてみること」の大切さについてこう説明する。

「こうして本を書いて告白すること自体が、僕ら2人の弱みを見せることですよね。勇気が必要でした。でもドクターに言われたのは『弱みを見せる人ほど強い人です』ということ。そして『自分で自分をほめる』ことの大切さ。最初はなかなか厳しかったですね。これまで自分に厳しかった分、僕たちにとってはハードルが高かった。どこまで頑張って自分をほめたらいいのかなって。迷ったというか、今までやったことがなかったんで」

カズは少しずつ自分をほめるように努めたことで気づかされたことがある。

「自分の心を良い意味で緩める意味でも、ほめるって大事だなと。考え方、捉え方は誰でも変えられるものだと思いました。ほめるということ一つ取っても、学べることはありました」

ポイント3:支える上司が聞き上手になること~森保監督の例

2人が現役時代に仕えた指導者たちは、うつ病への理解を示し、復帰に向けて忍耐強くサポートする準備を整えていた。中でも白眉だったのが、3度のリーグ優勝に導き、現在、日本代表を率いる森保監督だろう。当時サンフレッチェを率いていた指揮官は、選手とのコミュニケーション力、心理学的アプローチに長けており、2人の復帰にも大きく貢献している。会社組織・学校などにおいても、うつ病を持つ部下や生徒に対して、森保氏のメンタルアプローチ・マネジメントは大きく参考になるのではないか。

「森保さんは僕らだけではなくて、どの選手に対しても同じ目線でコミュニケーションをとってくれます。よく言われたのは、『理解はできないかもしれないけど、理解しようとすることはできる』と。例えば、目の焦点が合わないとします。しかしそれは僕本人にしか分からないことですし、本当なの? と思われても不思議ではない。それでも理解してくれようとしてくれました。理不尽なことも含めて、僕らは実はこうなんです、ああなんですと告白できました。(うつの時は特に)僕らとしては、こういうことが起こっているんですと伝えたいし、いろんな方に知ってほしいんです」(カズ)

「(復帰に向けて)朝一、練習前の時間帯に一緒に走ってくれませんかとお願いしたら、承諾してくれたんです。そして、『24時間いつでも電話してくれていいよ』とまで言ってくれて。監督業っていろんな仕事があるなかで、一緒にランニングしてくれるなんて感謝しきれないです」(コージ)

他にも『うつ白』には家族や周囲の献身的な支えなど、感動的な秘話がたくさん詰まっている。「普通ならクラブから解雇されたり、離婚したりして独りになってもおかしくはなかった」とカズは振り返っている。

目が不調になり、食欲も落ち、思考力は衰え、寝ることもままならなくなる。そこから地獄のような日々が始まり、もはや家から一歩も出られないまでに症状は悪化していった。

それが一度だけではなく、二度、三度と時を置いて繰り返されていった。

人知れず、孤独な部屋の中で「死にたい」と言う言葉を何度繰り返したことだろう。

それでも彼らはサッカーのピッチに戻ってくることが出来た。

「周りで支えている方にも、うつ病への理解を深めていただきたいと思います。誰がどういうキッカケでそういう状態になるのかは分からないので」(カズ)

「うつ病になったからと言って、あきらめずに自分を信じて生きてほしい。周りで支えなければならないという立場になる方にもしっかりと聞き上手になってもらいたいです。苦しんでいる人は、何かしら、どこかでSOSを出していると思うので。話を聞いて、寄り添っていただければ」(コージ)

2人はクラブのスタッフとして、サッカー界・スポーツ界の領域にとどまることなく、この病気で苦しむ人たちへの理解を広げる活動も続けていくはずだ。

 

◆森崎和幸(もりさき・かずゆき)1981年5月9日、広島市安芸区で双子の兄として生まれる。矢野フットボールクラブ、矢野中学サッカー部、サンフレッチェ広島ユースを経て、1999年にサンフレッチェ広島に入団。2005年にキャプテンもつとめる。2012、2013、2015年のJリーグ制覇に貢献。2018年まで20年間プレーし、Jリーグ通算504試合22得点。右利き。

◆森崎浩司(もりさき・こうじ)1981年5月9日、広島市安芸区で双子の弟として生まれる。矢野フットボールクラブ、矢野中学サッカー部、サンフレッチェ広島ユースを経て、1999年にサンフレッチェ広島に入団。2004年のアテネ五輪に日本代表として出場。2012、2013、2015年のJリーグ制覇に貢献。2016年まで17年間プレーし、Jリーグ通算335試合65得点。左利き。

2008年1月1日、天皇杯決勝で鹿島アントラーズに敗れ、準優勝。森崎兄弟(中央の2人)は初めてかかったうつ病を克服した後にのぼりつめた晴れ舞台だった
インタビューを受ける森崎浩司の背後に、2012年、サンフレッチェ広島がJリーグ初優勝した直後の歓喜の写真が輝く。この年は2人とも、2009年頃に再発したうつ病を再び乗り越え、1年間通して試合で活躍した
  • 取材・文鈴木英寿

    1975年生まれ。仙台市出身。東京理科大卒。スポーツジャーナリスト、経営者。
    サッカー専門誌記者を経て独立。2006年よりFIFAデジタル業務の日本担当者を務め、ワールドカップ、クラブワールドカップにおける日本語版編集長を務めた。2018年ロシアW杯ではFIFA初の日本代表公式レポーターに就任。プロクラブ経営にも従事し、ベガルタ仙台、福島ユナイテッドFCで重職を歴任

  • 撮影西田泰輔(インタビュー)写真アフロ(日本代表戦、サンフレッチェ広島)

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