植毛技術で世界一の日本人執刀医 生え際だって見せられる神の技術
【密着撮】カツラやクスリもいいけれど手術でフサフサになる方法もあった
「ここはどうですか」「痛くないですか」局所麻酔をした患者に頻繁に声を掛け、執刀医は短くカットされた後頭部の毛髪を拡大鏡で確認しながら、直径1㎜に満たないペン型の器具でその毛根を1本ずつ慎重にくり抜いていく。実は採取する毛根の髪だけが予め短く切ってあり、それ以外の髪は剃毛せずに残し、ゴムで結んであるのだ(1枚目写真)。
「これは植毛手術の最初の工程。薄毛は手術で治せる時代に入っているんです。自毛植毛が実用レベルになったのは’90年代ですが、そのクオリティは今とは別モノでした。現在は、周りに気づかれずに手術で薄毛を治し、見た目の印象を自然に変えることができるんです」
そう語るのは、福岡市のクリニックで植毛手術に情熱を注ぐ長井正寿(まさひさ)医師(53)。「世界ナンバーワンの植毛技術」と称される米国の巨匠ロナルド・シャピロー医師(63)が唯一認めた愛弟子だ。
植毛手術とは、男性ホルモンの影響を受けない(つまり、ハゲになりにくい)後頭部の毛根を採取し、髪の薄さが気になる前頭部に新たな毛穴を作って移植する方法をいう。
しかし、「植毛は誰にでもできる手術ではない」と言われるほど難易度が高く、日本ではいまだに専門医制度すらない。天性のセンスと、植毛に用いる器具ややり方を日々研究する地道さを併せ持つ長井医師は、厳しい米国専門医の資格を取得、その後、アジア人初の「アメリカ毛髪学会試験官」となったエキスパートだ。
「男性ホルモンの作用で薄毛が進むAGA(男性型脱毛症)は治療に塗り薬や内服薬が使われますが、その目的は『現状維持』。これ以上ハゲないように食い止めることはできても、失った髪を戻せるわけではないんです。高価なカツラや薬効に満足できない人は、植毛手術が有効な選択肢となります」(長井医師)
長井医師の〝超絶テクニック〟
長井医師が所属するクリニックでの手術費用の相場は、500株の植毛で約50万円。後頭部の一部を帯状に皮膚ごと切り取ることに抵抗を感じる患者も多いが、長井医師の技術は、それすらもクリアできるというのだ。
「僕は患者さんの希望に沿った方法で植毛を行います。『後頭部に傷を残したくない』という人には、極力傷がわからない方法で、『後頭部の髪も剃りたくない』という人には、剃らずに済む方法で行うことが可能。どのやり方でも、重要なのは患者さんに痛みがなく、毛根を1本も無駄にせず採取すること。生え際が自然に見えるようにデザインし、患者さん本来の髪の生え方に合わせて毛穴を作ることもポイントです(写真3~9枚目参照)」
最も医師の力量が現れるのが、毛根の採取と毛穴の作り方だ。髪の生え方は人それぞれクセがあり、向きや角度は地肌の上と下とでは全く違う場合もある。
「毛根は地肌の下にあり、執刀医は見えない状態でくり抜くので誤って切断してしまうこともある。そうなると傷ついた毛根は移植株にはなりません。毛根採取率は80%で合格点とされていますが、それを下回る手術もザラ。僕は6年かかって指先で毛根の位置を感じ取れるようになりましたが、今でも10本採っては切断されていないか見て、30本採ったら10本チェック、50本採ったら10本チェックし、指先の感覚と毛根の生え方にズレがないかを確認してから、必要な移植株数まで増やすようにしています」
こうした努力の結果、長井医師の毛根採取率は平均94%。最低90%という誰も真似できない域に。〝人の手で行うには限界がある〟と、技術を補うために作られたAI搭載の専用ロボットで採取していた時期もあるが、そのロボットの技術を超えてしまったのだ。しかも、やみくもに採るわけではなく、採取する後頭部を6~7ブロックのマス目に分け、1マス当たりの毛髪の密度を計算して採取する本数や間隔を決めているので、毛根を抜いた後の後頭部が部分的にハゲてしまう心配もない。「50歳を過ぎてさらに技術が上がるとは思わなかった」と笑うが、それも共に手術を行うスタッフがいてくれるおかげだと言う。
「準備や手間を惜しまず僕のサポートに入り、それぞれが自分の仕事を高める努力を続けているからこその結果です」
こうしたチーム長井の技術を求めて、初めて植毛する人はもちろん、他施設で植毛手術を受けてうまくいかなかった人も全国から「お直し」の相談に訪れる。
この日の患者は39歳の男性だった。「年々おでこのM字が深くなり、人の視線が頭にいくたび卑屈になる。後頭部の皮膚も髪も切らずに前髪を増やせませんか」と依頼。後頭部から約800本を移植した。「治療中も今もほとんど痛みはなく、おでこに植えてもらっている時は途中で寝てしまいました。人生変わりそうです」
と、男性は笑顔になった。
植毛手術にかける〝想い〟
長井医師の手先の器用さは、外科医だった父親譲りのもの。裁縫やプラモデルが得意で、子供の頃から一度見たり聞いたりしたことを再現する能力に長け、アニメや歌手のモノマネレパートリーは60種類を数えたという。
人の命にかかわる仕事がしたいと泌尿器科医になったが、大学の派閥に馴染めず、保険会社で診断医をしていた時期もある。そんな長井医師がここまで植毛手術にのめり込んだのは、自身が植毛手術を受けたことがきっかけだった。これまで4度の手術を受けており、患者の悲痛な気持ちは誰よりもわかるという。
「祖父も父もハゲていたので自分は薄毛のサラブレッドだと覚悟していたら、本当に18歳で生え際にきたんです。ハゲている人は、おでこと頭皮の境界がわからなくなるのが嫌でしょうがない。だから、生え際を見せられる髪型になった時の嬉しさは忘れられません。植毛はいかに自然な生え際のラインを作るかでもあるんです。生え際にしっかり髪があれば、フレーミング効果で頭頂部が薄くても見た目の印象は変えられる。それと、ある程度はM字を残すこと。患者さんは無くしてほしいとおっしゃいますが、M字を完全に埋めて植えてしまうと、違和感が出ます。AGAは進行性の病気なので、植毛後も内服薬は飲んでください。それが術後のいい状態を長く保つコツです」
ハゲの進行は命に別状はなくても、人によっては積極性や明るさまで奪ってしまう。チーム長井の手術は、失った生え際と〝幸せ〟を多くの人にもたらしている。
取材・構成:青木直美(医療ジャーナリスト)
撮影:浜村菜月(1~9枚目写真)