タイのショッピングモールで29人殺傷 特殊部隊と銃撃戦一部始終
現地在住のカメラマン・八木貴史氏の撮影動画を独占入手
盾で防御を固めながら施設内に突入する特殊部隊と、窓に向けマシンガンを撃つ兵士。警官隊に守られながら必死の形相で逃げ出す10人ほどの人質。そして、犯人に撃たれたと思しき重傷者は次々と救急車に担ぎ込まれていった――。
2月8日から9日にかけて、タイ中部の都市・コラートで史上類を見ない凶悪事件が発生した。犯人のジャカパン・トンマ容疑者(32)はコラート近郊の基地に勤務する陸軍兵士。トンマ容疑者は8日午後3時頃に基地の上官とその義母を射殺した後、銃火器と銃弾700発あまりを奪ってショッピングモールに立てこもった。そして、次々と一般客を撃ち、29人を殺害、50人以上を負傷させたのだ。
警官隊による制圧は、事件発生から約17時間後の9日午前9時頃だった。本誌が独自入手した「事件動画」には、緊迫した現場の様子がありありと映し出されている。動画を撮影した現地在住のカメラマン・八木貴史氏が振り返る。
「私が到着した9日の午前4時頃、現場には100人以上の警官隊が詰めていました。警察の特殊部隊の他、軍隊や国境警察の姿もあった。モノが壊れる音なのか、ガラスが割れる音なのか、バシャンバシャンという大きな音が響き渡り、物々しい雰囲気に包まれていました。17時間もの間、モールの客はトイレや物置に隠れていた。最後に救出された女性が、外に出された瞬間に膝からくずおれたのが印象的でした」
トンマ容疑者のそもそもの犯行動機は、個人的な怨恨と見られている。上官とその親族が行う不動産ビジネスを巡ってトラブルになり、彼らを射殺。さらに〝カネ持ち〟に制裁を加えるべく、ショッピングモールで凶行に及んだという。
タイは’14年にクーデターが起き、軍が政治・経済など国民生活に関わるすべてを掌握している。現在のプラユット・チャンオチャ首相も元軍人。国営企業の役員には現役軍人が名を連ね、高級将官たちは莫大な財産を築いている。
「軍人や警官がサイドビジネスをやるのは当たり前。階級が高くなるほど、〝給料以外のカネ〟は増える。そういう下地があったなかで起きたのが今回の事件という見方もできます。下級兵士や国民の間で軍の上層部に対する不満は高まり、反政府デモも起きている。『微笑みの国』と呼ばれるとおり、タイ人は基本的に温厚で優しい。しかし一方で、一度キレると手がつけられなくなってしまう。そんな側面もあります」(タイ在住歴の長いアジア専門ライターの室橋裕和氏)
国民の鬱憤が抑えきれなくなれば、再び凄惨な事件が起きるかもしれない。


『FRIDAY』2020年3月6日号より
撮影:八木貴史