広島高2女子殺人 「犯人を見たのは私だけ」被害者妹13年の苦悩

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広島県廿日市市で起こった女子高生殺害事件で、殺人罪や強姦致死罪、殺人未遂罪などに問われている鹿嶋学被告(36)の裁判員裁判が3月3日から広島地裁(杉本正則裁判長)で開かれている。

3日の初公判後、被害者・北口聡美さんの父親がカバンに入れていたという遺影を見せたくれた

2004年10月、廿日市市の民家で、当時高校2年生だった北口聡美さん(17=当時)が刺殺され、聡美さんの祖母もナイフで刺され重傷を負った本事件。犯人の似顔絵が描かれたポスターが全国の警察署などに貼られていたが、13年半もの間、犯人逮捕に至らず未解決だった。ところが2018年4月、山口県内で暴行事件を起こして検挙された鹿嶋被告の指紋とDNA型が、廿日市市の現場に残されたものと同一であることが判明し、逮捕に至ったのだった。

法廷に現れた被告は、がっしりした体型に黒い長袖Tシャツと黒いジャージ。右耳にだけ補聴器を装着していた。新型コロナウイルス対策により終始マスクをつけているため、口元は見えないが、手配ポスターの似顔絵は目元や肌の特徴をよくとらえていたことが分かる。

「間違っていません」

と3日の初公判で起訴事実を全て認めた被告は、2004年10月5日の午後3時ごろ、帰宅中の聡美さんを見かけて姦淫しようと思い立ち、家に忍び込んだのち、持っていた折りたたみナイフで左前胸部や腹部を刺したうえ、前頸部を切り裂き、心臓損傷により失血死させた。その後、物音を聞いて駆けつけた聡美さんの祖母に対しても、持っていたナイフで左耳や腹部、背部を刺し、全治1ヵ月の重傷を負わせたという。

「自分が事件のことを考えない……ううっ……思い出したくなくて、考えないように生きてきて……当時のことをまだはっきり思い出せないこともあって、この場でちゃんと思い出せる限りのことを話したくてずっと……思い出そうとしました……自分勝手な都合で事件を起こして申し訳ない気持ちでいっぱいです」(鹿嶋学被告)

捜査本部が置かれている広島県警廿日市署に掲示されていた、情報提供を呼び掛けるポスター 写真:時事

4日の被告人質問で、時折声を詰まらせながらこのように述べた鹿嶋被告は、事件を起こしたのち自首することなく、逮捕されるまで山口県の実家で暮らしながら建設系の会社に勤務していた。下関市に生まれ、中学から宇部市で育ち、高校卒業後は萩市の金属加工会社に就職。事件当時は、寮で一人暮らしをしていたという。山口在住だった鹿嶋被告が、なぜ事件の日に広島県廿日市市にいたのか。それは「前日の寝坊」が始まりだった。

「朝起きたら、会社が目の前なんで、会社から機械の音がして、遅刻したんだと気づいて……それきっかけで寮を逃げ出しました。寝坊して『やばい、怒られる』と思ったんですが、怒られるのが嫌で、どんくらい、時間経ったかわからんですけど、寝っ転がったまま考えて、会社行くの嫌になりました。

逃げ出すことが、自分にとっては許されんことで、それをしたことで、もう、どうでもいいっちゅう気持ちになりました」(被告人質問での証言)

就職して3年半、初めての寝坊による遅刻で会社が嫌になり、原付バイクに乗ってそのまま寮を飛び出した鹿嶋被告は「当時ゲームが好きで、秋葉原に興味があった」(同)ことから、東京を目指すことにした。途中でホームセンターに寄り、方位磁石と、のちに凶器となった折りたたみ式ナイフを購入する。

「地理に詳しくなく、東に進めば東京に着くだろうと思ったことと、ナイフは野宿するつもりで、ナイフがあればどうにかなるやろ」という理由からだったという。貯金約20万円を引き出して友人の家に泊まり、餞別として(証言ママ)5万円ほど渡し、翌朝、原付で山口を発った。そして、偶然車を走らせていた両親に呼び止められるも振り切り逃走したうえ、「近くの川に携帯を投げ捨て、もう宇部に戻らんことを決意しました」(同)

会社の寮を飛び出し、有り金を全て持ち、両親を振り切り、携帯を捨て、東へ原付を走らせていると広島に到着した。下校中の女子高生達を見かけ、こんなことを思い立つ。

「レイプしようっていう思いになりました。『性行為がしてみたい』っていう気持ちがあったのと、そのときはもう、捕まってもいいと思って、レイプしようと、そういうふうに思いました」

鹿嶋学容疑者を立ち会わせて現場の実況見分を行う広島県警。鹿嶋容疑者は白い車(写真中央)に乗ったまま行われた 写真:時事

そんな思いを抱いた鹿嶋被告がたまたま見かけたのが、まさに帰宅しようとしていた聡美さんだった。しばらく様子を伺ったのち、聡美さんがいた自宅の離れに侵入。2階寝室にうつぶせに寝転んでいた聡美さんにナイフを示して言った。

「動くな。脱げ」

隙を見て逃げ出そうとした聡美さんは階段を転げ落ち、被告に追いつかれる。離れの出入り口ドア付近でもみ合いになったとき、被告は脅すために持っていた折りたたみ式ナイフを、聡美さんのお腹に刺した。

「『なんで逃げたんか』って聞きました。自分が刺したにもかかわらず、刺したことを認められなくて、聡美さんのせいにしようという思いから、そういう発言をしました。聡美さんは『えっ、なんで』というような表情をしてました。それから……そのあとに『くそ、くそ』と言いながら、何回も聡美さんを刺しました。

自分が……どうなってもいい、っていうふうなことを考えるようになった環境とかそういったものを聡美さんにぶつけてしまいました。最後に首を切りました。これで最後にしようと思って。そうせんにゃ、止まらんかった」(同)

さらに、出入り口ドアの外にいて、鹿嶋被告を目撃した祖母も複数回刺し、聡美さんの妹も追いかけた。

「小さい女の子を追いかけました。通報されると思って……。追いついたら……たぶん右手に持っていたナイフで刺していたと思います。でも追いつけませんでした。途中で追うのをやめました」(同)

その小さい女の子、聡美さんの妹は鹿嶋被告の逮捕後に、当時のことを調書でこう語っている。

「鍵を使って扉を開けると、姉が白眼をむいて崩れ落ちるように倒れました。そしてその姉が目に入ったのとほぼ同じタイミングで、右側に立っていた男と思い切り目が合いました。姉が倒れたと同時に祖母が『ギャー!』と叫び、その間もずっと男と目が合い続けていました。

悲鳴が止んだのを合図のようにして私はすぐに走って逃げました。途中で後ろのほうから足音のような音が聞こえて、追いかけてきていると思いました……」

被告はその後すぐに原付バイクで東京に逃走。「3日間くらい、ひどく後悔し、嫌な気持ちになって……寝ずに何も食べずにずっと走らせてました」(鹿嶋被告)というが、やがて所持金が底をつき「何も食べることできず、5日くらい過ごして、飢え死にすることが怖くなって、餞別をあげた友人に、パン屋で電話を借りて電話をかけて銀行に金を入れてもらいました」(同)。その後、実家に戻ったという。戻ってからは長年真面目に勤務していたが、部下の太ももを蹴り、暴行罪で検挙されたことがきっかけで、この事件の関与が明るみになった。

こうした鹿嶋被告の証言を、聡美さんの両親は、検察官席の隣でメモを取りながら聞いていた。検察官は被告の“レイプ願望”をさらに追及する。

検察官 「事件後もAV観てて、いわゆるレイプものもあると言っていましたね。観ていたのは1回や2回じゃないですよね。どのぐらいの頻度で観ていましたか?」
被告 「頻度までは……はっきり憶えてないですが、まあ、結構観ています」
検察官 「その中には、ナイフやハサミなど刃物を使って女性を脅しレイプするものもありましたよね」
被告 「……そこまで憶えてない……」
検察官 「それ以外も首を絞める、殴るものなどありましたね。どういう気持ちで観ていたんですか?」
被告 「事件のことは全然考えてないです。ただ単純に性欲を満たす目的で観ていました」
検察官 「レイプもので事件のことを思い出さないんですか?」
被告 「レイプしたわけでもないので思い出すことはなかったです」

凶器のナイフは実家に持ち帰り、自室の机の引き出しにしまっていた。その理由を「自分にとっては、逃げ出したい、忘れたい事件ですが……ずっと、責任を感じていて捨てることができませんでした」と語り、逮捕当日のことは「突然のことだったので驚いたのと、あとはホッとした気分になりました」と振り返る。

「じゃあ、なぜ自首しなかったのか」という検察官の問いには、「捕まらないのをいいことに、甘えてました」と答えた。暴行罪での検挙がなければ、この事件は今も未解決だったことだろう。

瀕死の重傷を負った聡美さんの祖母は、被害に遭った記憶が残っていないのだという。

「聡美の妹が血相を変えて『2階で大きな音がする』と言ってきました。ただ事ではないと思い、一瞬、警察に電話しようと思いましたが、音だけでは警察は動いてくれないと思い直し、聡美のいる離れの出入り口に向かいました。その時はなんの音も声もしなくなっていました。そしてそれから先のことがどうしても思い出せないのです。憶えているのはドアが開いて知らない男が立っている姿ですが、それも黒い影が立っているようなイメージです。

とにかく通報しなければという一心で母屋に入り、警察に電話して意識がなくなりました。他のことはどうしても思い出せないです。意識を取り戻した時は入院していましたが、なんで入院してるのか、何が起きたのか全くわからなかった。とにかく背中が痛かった。高いところから落ちたから痛いのかと思っていたら、数日後、お医者さんから『背中を刺されているから癒着しないよう動いてくれ』と言われ、初めて刺されたことを知り、とにかく大変なことが起きたんだと思いました。

そのあと息子から『さっちゃんは死んだ』と聞かされました。

聡美の命を奪い、私の命を奪いかかり、家族の人生を大きく狂わせた。聡美が殺されて、犯人が生きているのはやはりおかしい。死刑にしていただきたい」(祖母の調書)

犯人の顔を憶えているのは聡美さんの妹だけだった。長年、犯人が捕まらず続いた苦悩を、彼女は調書に語っている。

「いつか報復されるのではないかと恐怖心を抱き、苦しい思いを抱き続けてきた。犯人を見たのは私だけ、一生忘れてはいけないというプレッシャーと、見たことを忘れるかもしれないという恐怖がないまぜになり、心が押しつぶされそうになるのをなんとか耐えてきた」(妹の調書)

鹿嶋被告は弁護側被告人質問の最後で泣きながら大声で言った。

「私は……取り返しのつかんことを、してしまい……自分でも自分は、死刑がふさわしいと思っております。大変申し訳ございませんでした!」

被告自身も死刑を覚悟し、被害者家族もそれを望んでいる。裁判所はどう判断するか。判決は3月18日に言い渡される予定だ。

  • 取材・文高橋ユキ

    傍聴人。フリーライター。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社新書)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)、古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。

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