安倍首相にも観てほしい?傑作パニック映画に学ぶリーダーの資質 

「名作パニック映画」の素晴らしき指導者たち

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
安倍晋三首相と麻生太郎副首相。国会参院決算委員会(2020年4月1日)にて 写真:ロイター/アフロ

「パニック映画」から世界的緊急事態を乗り越えるヒントを探す

わたしたちはこれまで、数多くの災害やパニックを描いた映画を、映画館という安全地帯からスリルや恐怖を楽しみ、興奮や感動を味わう娯楽として客観的に楽しんできた。

だが、新型コロナウイルスは、これまで映画が描いてきた、いかなる脅威以上に、すべての人々により身近に迫り、他人事ではない恐怖と戦慄でじわじわと世界を破壊している。

そして映画業界に目を向ければ、ほぼすべての新作映画の撮影がストップし、世界中の映画館が営業できない事態となり、映画そのものがかつてない窮地に追い込まれている。

それでも、すでに完成した映画たちは今、配信やDVDなどで以前よりも簡単に見ることができる。誰もが現実の脅威にさらされている今、悲惨な災害やパニックを描いた映画は、もはやエンタテインメントとしては楽しめないかもしれない。しかし、そこにはこの世界的緊急事態を乗り越えるための何らかのヒントが見つかるかもしれない。

特に注目したいのは、巨大な災害や事故に対し人間がいかに立ち向かい、その危機や困難を克服し、生き延びるかを描いたそれらの映画の中に登場する有能な指導者の存在だ。突然の悲劇に見舞われ、迷い、混乱する人々をまとめ、勇気づけ、被害を最小限にとどめたり、最善の対処法を考えたりして人々の命を救うリーダーなくしてパニック映画は成立しないのである。

ジャンルの雛形・主人公像の基本となった古典的名作『ポセイドン・アドベンチャー』

ロナルド・ニーム監督の『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)は、海底地震で発生した巨大な津波によって転覆した豪華客船ポセイドン号を舞台にしたパニック映画。このジャンルの雛型を築いたといっても過言ではない古典的名作である。

この映画におけるリーダーは、ジーン・ハックマン(1930年〜)演じる破天荒な牧師。本来リーダーになるべき船長は早々に命を落とし、会社側の責任者は愚かにして無責任。そもそも会社側は安全を軽視し、転覆防止のために船の重心を低くする底荷を怠り、不安定な高速運航をさせていた。

船体の上下が逆さまとなり、次第に浸水していく船内で、多くの乗客が下手に動かず、救助を待とうとするなか、牧師は生き延びるために最善を尽くすべきだと主張し、8人の乗客を率いて海上に浮んでいる船底を目指す。

聖職者であるにもかかわらず、彼は祈るだけでは無意味だと、素早く状況を分析、賢明な判断で迅速に行動し、同行者を鼓舞、勇気づけながら様々な危険と試練を共に乗り越え、ラストでは自らを犠牲にして人々を救う。

結果的には2,000人を超える乗客乗員が命を落とすが、牧師が守り抜いた6名だけは船底にたどり着き、そこへ救助のヘリがやってくる。圧倒的な行動力と自己犠牲も厭わない献身と責任感によって、この主人公は続くパニック映画のリーダー像の基本となった。

日本では絶滅 責任感ある首相が描かれる『日本沈没』

一方、日本製のパニック映画の代表作といえば、日本人にとって究極の災害を描いた題名もそのままズバリ、『日本沈没』(にっぽんちんぼつ:1973年)。小松左京の原作もベストセラーになり、73年の邦画配給収入第1位、観客動員880万人超となる大ヒットを記録した。

この作品の主人公は、藤岡弘、(1946年〜)演じる深海調査艇の操艇士小野寺。日本を大地震や津波、噴火が次々と襲う中、物語は彼を中心に進む。

だが、同作には日本が沈没することをいち早く察知し警告する愛国的な研究者である小林桂樹(1923年〜2010年)演じる地球物理学者の田所、そして丹波哲郎(1922年〜2006年)が演じる総理大臣の山本というさらに2人の重要な登場人物が登場する。

特に、山本総理の見せる存在感とリーダーシップは作品の重要な重石となっている。

山本は日本各地で地震や津波が頻発し、避難民が激増するなか、各専門家や側近たちの意見を聞き、迅速な判断を下していく。やがて彼は自らの責任で避難民のために皇居の開放を決断、さらに日本の沈没がほぼ確実と見るや日本人の移住先を探して世界各国と交渉を開始、自らも先頭に立って1人でも多くの日本人を救うべく大国に頭を下げる。

日本を愛し、国民を想い、幅広い意見を聞く耳を持つその姿は、いまや日本には絶滅してしまった責任感のある豪腕政治家にして、最も理想的な指導者像の一つではないだろうか。

非常事態下、究極の指導者像 『未知への飛行/フェイル・セイフ』

ハリウッド映画には大統領が見事なリーダーシップを発揮する作品が少なくないが、シドニー・ルメット監督の『未知への飛行/フェイル・セイフ』(1964年)はその極めつけの1本。

米ソ冷戦期。核爆弾を積んだ米軍の爆撃機編隊がコンピューターの誤作動によりモスクワへの爆撃指令を受信、ソ連領内に侵入してフェイル・セイフ(大統領命令でも作戦中止不可能な地点)を越えてしまう。

合衆国大統領はソ連とのホットラインを通じて米軍機の撃墜を依頼するが、最後の一機だけはモスクワに到達しようとしている。大統領はこれが偶発的な事故であることをソ連に信用させ、全面核戦争の危機を回避するため、ある驚くべき決断を下す。

ほぼ全編、大統領執務室と国防省や空軍の作戦会議室で繰り広げられるスリリングなSFサスペンス。

ヘンリー・フォンダ(1905年〜1982年)演じる大統領は、素早く専門家やブレーンの意見を集め、あらゆる策を練り、相手国に対しても徹底した情報公開を行って最後の一瞬まで諦めずに策を講じる。それと同時に彼は、万策尽きたときのためにある最終案を用意している。

迷いも間違いも許されない張り詰めた緊張感の中、選びぬかれた頭脳とプロ中のプロが事にあたる切れ味のよい仕事ぶり。

その光景は非常事態における政権中枢が行う危機管理のお手本のようだ。そしてブレない信念と責任感を持ち、威厳に満ちたその大統領の姿は、映画が描く究極の指導者のひとつである。

今まさにリーダーの人格と手腕が問われる緊急事態。新型ウイルス肺炎が世界で流行し、 G20の首脳たちがテレビ会議を行った(2020年3月26日)(提供写真)提供:Palazzo Chigi press office/AFP/アフロ

強引&リアル!13年公開の韓流パンデミック映画『FLU 運命の36時間』 

さらに、今回の新型コロナウイルスへの対応が世界から賞賛されている韓国の映画からも1本。キム・ソンス監督の『FLU 運命の36時間』(2013年)は、新型鳥インエンザのパンデミックを描いた感染パニック映画。

SNSでは、同じくインフルエンザのパンデミックをリアルに描いたスティーブン・ソダーバーグ監督の傑作『コンテイジョン』(2011年)が話題となっているが、この韓国映画も決して負けていない。

何より、7年前に作られたこの映画を見ると、なぜ韓国が今回のウィルスに対処できたかまでよくわかって興味深い。

舞台は首都ソウルの南東に位置するベッドタウン盆唐(以下、ブンダン)。東南アジアからの密入国者を満載したコンテナ内で、致死率100%、治療薬なし、強力な感染力を持つ強毒性ウィルスによる感染が発生、密入国を手配した組織の人間がコンテナを開けるとほとんどの密入国者がすでに死んでいた。

だが、感染者の中で唯一生き残った青年が街中へ逃亡してしまう。遺体に触れた人間たちも次々と発症、彼らは市中でウイルスをばら撒き、さらに病院に担ぎこまれて院内感染を拡げていく。

政府は軍と警察を動員してブンダンの街を封鎖、市民全員を隔離、症状の出た感染者と非感染者を分け、即座に全員にPCR検査を実施する。少々強引だが、その手際の良さには驚かされる。

物語は救助隊員の主人公と、シングル・マザーの女医とその幼い娘のサバイバルが中心で、女医の行動には多少問題もあるものの、映画は緊迫した見せ場の連続で息もつかせない。

そして、クライマックスには全国民のリーダーとしてチャ・インピョ演じる大統領が颯爽と登場して場面をさらう

収まりを見せない街の状況を見て、軍を駐留するアメリカは世界への感染拡大を恐れてブンダンの街を空爆して焼き払う作戦のために米軍機を出動させるが、大統領はそれを断固拒否、自国民の命を守るため、毅然とした態度で米軍機に対しミサイルによる撃墜を命じる。

アメリカとの喧嘩も辞さない大統領など、実際にはありえないかもしれない。だが、これぞ映画だからこそ大胆に描ける、庶民の誰もが求める“究極の国民ファースト”。絵空事と笑い飛ばさせず、拍手喝采に持っていく演出力も見事だ。


ここにあげた作品に登場するリーダーたちに共通するのは、

“有能なブレーンと側近の存在”

“迅速な情報処理と的確な判断力”

“全責任を自ら負う献身と責任感”

“被災者(国民・住民)の命を一番に想う気持ちと犠牲的精神”

などなど。そのどれひとつをとっても、悲しいかな今の日本には見つけられそうにないものばかり。

確かに映画と現実は違う。

しかし、かつて単なる娯楽として楽しんだ災害パニック映画たちは今、現実の困難を生き延び、正しい指導者を選ぶための身近なお手本や教訓のひとつとして少なからず機能している。

そして、それらの作品が何より実感させてくれるのは、わたしたちが今、生きるこの日本における、まともなリーダーの不在という、いかなる災害や病原菌よりも遥かに恐ろしく、背筋を凍らせる現実である。

  • 江戸木純

    (えどきじゅん)映画評論家、プロデューサー。週刊現代、VOGUE JAPAN、映画.com等に執筆中。

Photo Gallary2

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事