「声」も才能! 中森明菜と『のぼる小寺さん』工藤遥の共通点

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吉田玲子(『映画けいおん!』『聲の形』)の名脚本 古厩智之監督が『飾りじゃないのよ涙は』を聴かせて工藤遥から引き出した「忘れない声」 傑作の裏側を考察〔人気ライターCDB〕

自分が何者であるかを象徴する代表作に、最初の主演映画でいきなり巡り合ってしまう幸運な俳優が世の中には何人かいる。

広瀬すずが天才スポーツ少女を演じた『ちはやふる』松岡茉優がこじらせた内向的女子を演じた『勝手にふるえてろ』は、いずれも本人たちの演技の特質、役者としての魅力を最も観客に鮮明にプレゼンテーションできる作品だった。もちろん、紆余曲折や試行錯誤の末にようやく「当たり役」に出会う俳優たちの方が世の中にはずっと多い。

『のぼる小寺さん』が映画初主演作となった工藤遥は、たぶんその幸運な前者のグループに数えられることになるのだろう。

映画『のぼる小寺さん』 映画初主演の工藤遥(左)。共演は『今日から俺は!!』の伊藤健太郎(右) ©2020「のぼる小寺さん」製作委員会  ©珈琲/講談社

映画がテーマにするボルダリングは、壁や山の突起を登る競技。2020年に東京五輪に加わるはずだったこの競技は、五輪の延期によってタイアップ的にはいささかタイミングを外してしまったかもしれない。

東京で感染が増え続ける中、映画館の客足も鈍く、また座席も半数しか販売できない状況下で商業的にヒットしてるとも言い難い。だがそれでも、これほど静かで美しく、そして自分の資質を引き出す映画に初主演作で巡り合った工藤遥は、やはり映画に愛されているのだと思う。

主演・工藤遥の資質をもとに創られたような人物造形

本作は、漫画家・珈琲氏による人気同名漫画の実写化作品。無気力で不完全燃焼な青春を送る少年(※伊藤健太郎が『惡の華』に続いて、本人の外見とはおよそ正反対の陰鬱な役柄を巧みに演じている)が、ボルダリング部で懸命に壁を登る「小寺さん」を遠くから眺めるうちに惹きつけられ、やがて自分の中にもある情熱に気づいていくという普遍的なテーマを描いている。だがシンプルでありながら、映画は息を飲むほど繊細で清新だ。

古厩智之(ふるまやともゆき)監督の演出は、漫画原作の映画化の定番であるポップなBGMやアップテンポのスピード感をあえて捨て、今年亡くなった大林宣彦監督へのオマージュを思わせるように静かでゆるやかな、そして深い構成を採用している。

脚本は吉田玲子。この名前を聞いただけで、映画館に足を運んだ観客も多くいたはずだ。『映画けいおん!』(2011年)『劇場版ガールズ&パンツァー』(2015年)そして『聲の形』(2016年)の脚本を手掛け、アニメファンから絶大な信頼を集める気鋭の脚本家である。

漫画原作を実写映画にするにあたって、吉田玲子の脚本は目立たない部分で大きく本質的な変更を加えている。

原作にある「小寺さん」の外見に対する描写、つまり周囲の人間が「可愛い」と振り向いたり「アイドルのようだ」と称賛するシーンを、実写映画版はほとんどカットしているのだ。

もちろん工藤遥はモーニング娘。という有名アイドルグループで多くのファンをひきつけてきた可憐なルックスなのだが 、映画の中で小寺さんはあくまで平凡でクラスに埋没する、性格的に少し変わった少女として描かれる。

映画『のぼる小寺さん』 ©2020「のぼる小寺さん」製作委員会  ©珈琲/講談社

また能力においても、漫画原作は「小寺さん」という少女を抜きんでた天才、スター的存在として描くのだが、吉田玲子脚本による実写映画版は小寺さんが何度も壁から落ちて失敗する場面を描写し、そこからまた挑戦する姿を描く。

漫画原作版の小寺さんが少年の目によってある種の偶像化がされた象徴的キャラクターであるのに対して、実写映画版はクラスの中でも平均より小柄で特に男勝りの腕力があるわけでもない、よりリアルな人間としての小寺さんを描いている。

古厩監督の演出もその脚本の意図を正しく汲んだ繊細なものだ。漫画原作版の小寺さんが超然としたポーカーフェイスであるのに対し、工藤遥が演じる実写映画版の小寺さんの表情には迷いや怯みが時に浮かぶ。それは勇気を描くためである。不安や恐怖を描かなければ、それを乗り越える勇気を描くこともできないからだ。

吉田玲子脚本と古厩智之監督の演出は、小寺さんというキャラクターの本質を才能や能力ではなく「勇気」においている。そしてもちろん、閉塞から踏み出す勇気こそが本作のテーマなのである。この映画が描くのは小寺さんの能力や才能への「憧れ」ではなく、非力で平凡な小寺さんが壁を上ろうとする勇気への「尊敬」なのだ。

もう何年も前から、『桐島、部活やめるってよ』(2012年)『町田くんの世界』(2019年)はじめ、多くの作品の中で若い世代のクリエイターたちがスクールカーストとサブカルチャーのミームに分断された子供たちの閉塞とそこからの脱出を描いてきた。この映画もそれに連なるが、優れた脚本・演出の手腕によって、その中でもひときわ輝く一作となっている。

工藤遥の演技は、その脚本と演出に見事に応えている。というよりも、工藤遥という主演女優の資質をもとに映画のコンセプトが設計されたのではないかと思うほど、実写映画版「小寺さん」の人物造形は鮮やかに成功しているのだ。

映画『のぼる小寺さん』 ©2020「のぼる小寺さん」製作委員会  ©珈琲/講談社

工藤遥の持つ、”ハスキーボイス”の魅力

成功の理由の一つは、工藤遥の声だ。彼女の声を聞いた人が誰でも気がつくように、工藤遥の声はかなりのハスキーボイスである。橋本環奈をはじめ、ややハスキーな声が魅力の女優は多いが、工藤遥ほどの声質のハスキーさはそうそういない。

アイドル時代、もしかしたら工藤遥はこの声をコンプレックスに思う瞬間もあったかもしれない。

アイドル時代のラジオ番組で、後輩から「工藤さんのハスキーな声に憧れる」と言われた工藤遥は、「この声で悪目立ちしてしまうこともある」「レコーディングしたものを聴くと自分のイメージした声ではなく、現実を理想に近づける必要がある」と答えている。確かに幼くポップで可愛い声が人気を集めるアイドルの世界の中で、工藤遥のかすれた声は異質だ。

だがポップさではなくリアリティが求められるこの映画の中で、工藤遥の低くハスキーな声は驚くほど効果的な武器として生きている。

実を言えばこの作品の中で、小寺さんというキャラクターの背景説明はほとんどされていない。彼女が何を思い壁を登るのかという理由について、脚本は心の声、モノローグを含め一切の説明をしない。それにも関わらず実写版の小寺さんがリアリティと深みを持ち得ているのは、工藤遥の声がもたらしている効果だと思う。

アイドル時代に工藤遥はそのハスキーな声を高く張り、ポップなキャラクターを作り上げてきた。女優としての出世作となった特撮テレビ番組『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』で演じた早見初美花(はやみうみか)もそうだ。

だが今回の映画『のぼる小寺さん』の中で、アイドル時代や特撮番組では使わなかった低く抑えた声域で工藤遥が発声する時、その声には深く複雑な陰影が落ちる 。かつて声を枯らすほど叫んだことがある、喉を痛めるほどの何かを経験しているという小寺さんの過去をその声は感じさせるのだ。

それが工藤遥のような小柄で可憐な少女の声であれば、そのギャップは映画の中でさらに効果的になる。小寺さんが何者であるかという過去は、工藤遥の「傷ついた声」によって担保されているのだ。

映画『のぼる小寺さん』 ©2020「のぼる小寺さん」製作委員会  ©珈琲/講談社

中森明菜と工藤遥の共通点

映画パンフレットの工藤遥のインタビューによれば、古厩監督は撮影中、彼女に中森明菜『飾りじゃないのよ涙は』を聴くことを求めたという。

中森明菜はアイドルとして工藤遥の大先輩であるだけではなく、女優としても出演作は少ないながら輝くような資質を見せている。そしてそのトレードマークとなったのは工藤遥と同じハスキーボイスだった。古厩監督は工藤遥の低音声域に眠っているその宝石に気がついていたのだと思う。

俳優は男女に関わらず顔立ちが注目されるが、実は演技として重要なのは声質である。トップ俳優たちはことごとく一度聞いたら忘れない特徴的な声を持っている。

高橋一生のあのこもった、それでいて知性を感じさせる声。
窪塚洋介の聖性と狂気が半ばした、かすかに舌のもつれるような台詞回し。
新垣結衣の生真面目で硬い声。
広瀬すずの清涼感のある高音。

いずれも俳優のキャラクターを決定する強力な武器だ。彼らは脚本の説明なく「おはよう」と一言挨拶するだけで、観客の無意識に人格と内面を感じさせる声を持っている。

この映画で工藤遥が発する、低く抑えたハスキーなかすれ声も、過去に演じたポップなキャラクターに加えて女優としての彼女を決定する重要な武器になるだろう。工藤遥が映画の中で発する、ある種の摩擦音のような苦みを持ったリアルな声色は、物語の甘さを消し、小寺さんというキャラクターを「少女」というジェンダー的な定型から半分だけ自由に解き放っている。

アイドル時代に彼女は自分の声を「現実を理想に近づけなければ」ともがいてきたが、理想ではなく現実を演じる役者となった今、そのかすれた声の持つリアリティは彼女の圧倒的アドバンテージとなっている。

それは他の女の子たちがピアノやエレクトーンの腕前を競っている時、チェロやバイオリンのような弦楽器を持っているのと同じだ。「この役はピアノソロだから君には合わないね」と役に落ちることもあるかもしれない。だが、世界に交響楽があり、映画が多様な人間を描く限り、バイオリニストが必要とされなくなることはない。とりわけ、工藤遥のように低く美しい声色で弦を鳴らせる役者の場合には。

映画『のぼる小寺さん』 小寺さん役:工藤遥/©2020「のぼる小寺さん」製作委員会  ©珈琲/講談社

映画は7月3日に封切られ、現在も公開中だ。冒頭で述べたように、社会的状況も相まって興行的には苦戦している。

アイドルから女優へ、という道は、多くの先輩たちの苦難を見ても平坦ではないだろう。しかしすでに多くの観客から内容について、そして工藤遥の演技についての称賛が湧き上がっているように、この映画は後世に残っていく青春映画の名作だと思う。

上映前の特別映像に登場し「どのシーンにも自分が出てるから嬉しい」と初主演を無邪気に喜んでいた20歳の工藤遥は、まだ映画を批評的に見る年齢ではないのかもしれない。でもやがて彼女も、この映画が今後の女優としてのキャリアの中で、自分の資質と能力を証明する強力な名刺となることに気がつくだろう。

それは優れた吉田玲子の脚本と古厩智之監督の演出、そして工藤遥という可憐なアイドルの声を少しだけかすれて低く作った神様からの、初主演作という贈り物である。

 

★『のぼる小寺さん』/7月3日(金)、新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

公式HPでは、原作漫画1話も公開中→映画『のぼる小寺さん』公式サイト

  • ◆文CDB(ライター)

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