自民党の「新提言」は北の核の脅威に対応できない可能性 | FRIDAYデジタル

自民党の「新提言」は北の核の脅威に対応できない可能性

軍事ジャーナリスト・黒井文太郎の緊急提言

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今回の「提言」程度で、北の攻撃に対抗できるのか

8月4日、自民党の政調審議会は、同党の「ミサイル防衛のあり方に関する検討チーム」がまとめた政府への「提言」を了承。同日、政府に提出された。今後、この提言をベースに、イージス・アショア計画撤回後の日本の防衛政策の見直しが進められていくことになる。

イージス・アショアは、イージス艦が装備する弾道ミサイル防衛対応「イージス・システム」の陸上配備版。飛んでくるミサイルを撃ち落とす「受け身」の防衛手段だ。自民党内での議論は、受け身の防衛だけでなく、敵のミサイル拠点を攻撃する「攻め」の手段も持とうという話が主だった。今回の提言では、かねて話題になっていた「敵基地攻撃能力」という用語は使われず、代わりに「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有」という文言が盛り込まれた。

これは、日本政府の国是である「専守防衛」からの逸脱への懸念に対する「配慮」からだろう。が、じつは北朝鮮の弾道ミサイルは、ミサイル基地からではなく非公開の地下施設に分散した移動式発射機から発射されるため、言い換えがむしろ、より現実に則したといえる。

では、それは技術的に可能なのか。結論をいえば、まず無理だろう。

日本を狙うミサイルとしては、ほぼ即時発射が可能な固体燃料式の「北極星2」と、燃料注入などの準備に約30分程度必要な液体燃料式の「ノドン」、「スカッドER」があるが、これらのミサイルは、無数にある秘密基地に分散され隠されている。ミサイルはその「どこからか」出てきて、奇襲的に撃つ。

昨年10月、北朝鮮が「発射に成功した」と発表した新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3号」 提供:KNS/KCNA/AFP/アフロ
昨年10月、北朝鮮が「発射に成功した」と発表した新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3号」 提供:KNS/KCNA/AFP/アフロ

北朝鮮軍は森林深い北部の山岳地帯を中心に、数千もの地下施設を建設している。ミサイル移動式発射機を隠せる秘密坑道も数百カ所は優にあるだろう。その「どこから」発射されるか、事前に発見するなど、まず不可能だ。

発射時にはロケットの噴射が発生するから、その時点で発見できる可能性はある。しかし、すでに発射されたミサイルを、上昇段階で確実に破壊できるような技術、装備は、まだ米軍にもない。つまり、ミサイルを相手領域内で破壊することはできないのだ。専守防衛の問題(も、大切ではあるが)以前に、技術的に「できない」のである。

それでも、第一撃の後に素早く反撃、北朝鮮側にダメージを与える攻撃を加えることは、続くミサイル発射の余力を削ぐ効果は期待できる。

しかし有事の際、北朝鮮は日本だけと戦うわけではない。日本に核ミサイルを発射しようという状況の時は、すでに米韓軍が北朝鮮全土を猛攻撃している。

そんな事態の中、日本ができる役割は極めて小さい。対北朝鮮攻撃に参加することがまったく無駄とはいえないが、日本国内を核ミサイルから守るという観点では、さほど効果は期待できない。

他方、北朝鮮軍が日本を攻撃してきた場合、たとえば金正恩委員長を殺害できるような甚大な被害を与える反撃能力を持つことで、日本への核攻撃を思い留めさせることは、理論的にはあり得る。しかし、北朝鮮の「脅威」を考えた場合、これは残念ながら現実的ではない。

北朝鮮という国の、本当の「脅威」とは

その「脅威」ついて、自民党内の議論でまったく顧みられていない重要な点がある。北朝鮮核ミサイルの真の脅威は、防衛戦略の基本である「抑止力」の枠外にあるということだ。こちら側が強力な反撃力をもつことで「抑止」されるという基本が、通用しないのだ。

そもそも日本は米国と軍事同盟を結んでおり、国内には米軍基地もある。日本を核攻撃をすれば、米軍による核報復を受けることを覚悟せざるを得ない。仮に核報復でなくとも、米軍の圧倒的戦力による北朝鮮への全面的攻撃は不可避だろう。ロシアか中国が、米国との核戦争の危険を冒してまで参戦でもしないかぎり、金正恩政権は必ず敗北する。

つまり、北朝鮮側からすれば、核兵器使用は自殺行為になる。このように、本来ならすでに強力な「抑止力」があるはずなのだ。

けれども、それなら安心かというとそうでないところが、北朝鮮の真の危険性だ。

ある日「抑止力」が効かなくなる可能性が

たとえば米韓と戦争になって敗北した金正恩委員長が死を悟り、最後に一矢を報いるべく核ミサイルを発射するかもしれない。あるいは金正恩委員長が米韓軍に殺害され、部下の軍人が報復として核ミサイルを発射するかもしれない。米韓軍によって通信を遮断され、孤立した核ミサイル部隊が敗北を覚悟し、殲滅される最後の最後に発射ボタンを押す可能性もある。こうした局面は十分にあり得ることで、そこに、我々の期待する「抑止力」は効かない。

それだけではない。北朝鮮は個人独裁体制でひとりが全てを統制している。5年後、10年後、あるいは20年後、未来永劫にそれが安定するとは限らない。将来、金正恩体制が崩壊する日がくる可能性がリアルにあるが、その時、北朝鮮国内、政権、軍部が大混乱に陥る可能性は高い。

もし金正恩が倒れれば、後継問題で北朝鮮国内に混乱が。有力候補は実妹の金与正だが「無理」の声も 写真:代表撮影/Pyeongyang Press Corps/Lee Jae-Won/アフロ
もし金正恩が倒れれば、後継問題で北朝鮮国内に混乱が。有力候補は実妹の金与正だが「無理」の声も 写真:代表撮影/Pyeongyang Press Corps/Lee Jae-Won/アフロ

その時、かの国に、日本に届く核ミサイルが存在するというのは、きわめて危険なことだ。統制が崩壊した状況では、軍事的な抑止力などまったくあてにならない。

このように、北朝鮮の核戦力に対する備えは、抑止力構築だけでは不十分である。発射前あるいは発射直後に攻撃して、必ず破壊できるならそれでもいいが、それが技術的に不可能であれば、ミサイル防衛を手厚くして対応するしかない。

中期的視野にたって、合理的でリーズナブルな方法を選ぶ

そうならば、日本ではイージス・アショアが常時警戒・対応ということでは最も合理的で、費用もリーズナブルというのが筆者の考えである。防衛省は「代替地選定はきわめて困難」との見解だが、そんなことはあるまい。予算が厳しいなら、とりあえず1基配備するだけでも、万が一に備える価値は高いだろう。

一部には、北朝鮮が最大高度50~60㎞の低高度を飛ぶ変則的飛行可能な短距離弾道ミサイル「KN-23」を開発したため、高度70㎞以上が迎撃範囲であるイージス・システムでは役に立たなくなったとの見方もあるが、KN-23は射程約600㎞であり、韓国および在韓米軍を狙うミサイルである。仮に北朝鮮南東部ギリギリから発射したとしても、せいぜい九州北部と中国地方西部が射程に入るに留まる。関東や関西など日本の主要部には届かない。

将来的に射程が延びる可能性もあるが、技術的には簡単なことではなく、それはまだ先の話だろう。北朝鮮の日本向けの弾道ミサイルはまだしばらくノドン、スカッドER、北極星2であり、さらに近い将来に実戦配備されることが予想される潜水艦発射型弾道ミサイル「北極星3」ということになる。これなら、イージス・システムが役立たずということにはならない。十分、機能するはずだ。

しかも米国では、ロシアや中国が開発している極超音速滑空ミサイルを迎撃する新型迎撃システムの開発を、イージス・システムの改良型を含めてすでに着手している。仮に将来的に北朝鮮がこうしたミサイルを開発すれば、自衛隊側もそれに対応するシステムを追加していくことで対処できる。予算的な負担は続くが、核攻撃の被害回避の経費と考えれば妥当な選択である。

対中国の問題と混同してはいけない

今回の自民党の提言では、イージス・アショア撤回の代替策として、米軍が進めている「統合防空ミサイル防衛」(IAMD)との連携も打ち出されている。これは、単に弾道ミサイルに備えるだけでなく、巡航ミサイル、戦闘機、無人機など「空からの脅威」すべてに対して、複数のセンサーと防空兵器を組み合わせて対処するシステムで、これには相手領域内での攻撃力も含む。

これは、軍拡を進める中国に対して、日米協力で抑止力を強化するうえではきわめて有効だ。しかし、あくまで抑止力構築が主な、対中国軍での話である。

イージス・アショアはもともと、北朝鮮の核ミサイルから日本を守るということが出発点で、導入を計画した。が、最近の議論をみると、話の中心がいつの間にか「対中国の抑止力構築」に、すっかり移っている。

もちろん米国と協力して中国を抑止することも重要だ。それはそれで議論し、有効な施策があればどんどん採り入れるべきだろう。しかし、北朝鮮の核ミサイルの脅威は、前述したように抑止力では排除できない。いきなりの脅威で怖いのは、やはり被害が甚大な核攻撃だが、北朝鮮体制の将来の不安定さを考慮すると、決して軽視できない。

独裁者として君臨する金正恩がもし「戦死」することがあれば「報復」として軍が暴走、核ミサイルが発射される可能性は否定できない 写真:AFP/アフロ
独裁者として君臨する金正恩がもし「戦死」することがあれば「報復」として軍が暴走、核ミサイルが発射される可能性は否定できない 写真:AFP/アフロ

対中国と対北朝鮮では、脅威の種類が違うのだ。対北朝鮮では攻撃は最大の防御にならない局面がリアルに存在することを直視すべきだろう。議論を混同してはいけない。相手への「攻撃力」ばかりに注目が集まることで、ミサイル「防衛」の強化を疎かにするのはきわめて危険だということを、今一度、訴えたい。

軍事ジャーナリストの黒井氏は今、コロナ禍で国際的に「おろそか」になっている問題を看過できない、と危機感を募らせている
軍事ジャーナリストの黒井氏は今、コロナ禍で国際的に「おろそか」になっている問題を看過できない、と危機感を募らせている
  • 黒井文太郎

    1963年、福島県いわき市生まれ。週刊誌編集者、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールド・インテリジェンス」編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に紛争地を取材多数、雑誌、テレビなど各メディアで活躍中。著書・編著に「北朝鮮に備える軍事学」「日本の情報機関」「イスラムのテロリスト」(以上、講談社)「紛争勃発」「日本の防衛7つの論点」「自衛隊戦略白書」(以上、宝島社)、漫画原作に「満洲特務機関」「陸軍中野学校」(以上、扶桑社)など

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