『13月の女の子』『僕の好きな女の子』高騰する萩原みのりの評価 | FRIDAYデジタル

『13月の女の子』『僕の好きな女の子』高騰する萩原みのりの評価

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誰もが知るように、2020年は間違いなく映画史上最悪の年になった。新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言に伴い、ほぼ全ての映画館が休館し、日本映画製作者連盟によれば大手配給12社の2020年5月の映画興行収入は前年同月比98.9%減にまで落ち込んだ。

日本のみならず、戦争中も映画を作り続けたあのハリウッドさえも、なすすべなく新作の公開を見送り天を仰いだ。ようやく緊急事態が解除され、一席ごとに社会的距離を空けて再開した映画興行の足取りは、危篤状態を脱した入院患者のリハビリのように未だ弱々しい。

だが映画恐慌とも言うべきこの状況の中、今年の8月までにすでに5本の映画に出演している女優がいる。それが今映画ファンの注目を集める23歳の新進女優、萩原みのりである。

映画『僕の好きな女の子』で、萩原みのり(右)は主人公・加藤(渡辺大知・左)の後輩・咲子を演じる ©︎吉本興業 2019
映画『僕の好きな女の子』で、萩原みのり(右)は主人公・加藤(渡辺大知・左)の後輩・咲子を演じる ©︎吉本興業 2019

『37セカンズ』『転がるビー玉』『ステップ』『僕の好きな女の子』『13月の女の子』と、『ステップ』を除けば公開規模は大きくはないながら、いずれも質の高い作品に名を連ね、映画を見た観客からはバイプレイヤーである彼女の演技への称賛がSNSに上がる。名だたる監督やプロデューサーからもその名がたびたび口にされ、まるで暴落する株式市場の真ん中で連日ストップ高を更新する新進企業のように、映画界で今「萩原みのり」の名は急速にその価値を高めつつある。

撮影されたのは緊急事態宣言前なのだろうが、4~6月は映画館が次々に閉鎖され、新作の公開がほとんど見送られたにも関わらずこの出演ラッシュは、監督やプロデューサーたちの間でいかに彼女の評価が高まっているかが窺い知れるだろう。

萩原みのりをまだ知らない観客が彼女の演技を見たいと思うなら、9月3日までは池袋駅西口から徒歩3分のミニシアター『池袋シネマロサ』で最新の出演映画を2本見ることができる。『僕の好きな女の子』『13月の女の子』というまったくジャンルの違うこの2本の映画を、片方だけ見るよりは両方とも見比べた方がたぶん、萩原みのりの演技が映画監督や映画ファンに高く評価される理由を感じやすいと思う。常に作品中で固有のキャラクターを押し出す役者ではなく、助演として演じる時には一作ごとに作品のカラーに溶け込む演技を見せるからだ。

メインヒロインを際立たせる、”最高の調味料”のような演技

又吉直樹の短いエッセイを原作とする『僕の好きな女の子』は、一種のファムファタルストーリーである。新進の恋愛ドラマ脚本家である主人公は、友人である佐伯美帆に恋心を抱きながら打ち明けられず、彼女に翻弄されていく。

映画『僕の好きな女の子』で主人公・加藤を演じる渡辺大知(右)と、ヒロイン・美帆を演じる奈緒 ©︎吉本興業 2019
映画『僕の好きな女の子』で主人公・加藤を演じる渡辺大知(右)と、ヒロイン・美帆を演じる奈緒 ©︎吉本興業 2019

渡辺大知の主演で映画化された劇場版を観て一般の観客の印象にまず強烈に残るのは、なんと言ってもヒロイン・美帆を演じる奈緒の魅力だろう。天衣無縫、天真爛漫に見えながら、脚本家である主人公の葛藤をずばりと言い当てる芸術的感性を持つヒロインに、主人公・加藤は深く惹きつけられていく。朝の連続テレビ小説『半分、青い』で主人公の親友役を演じ、昨年は人気ドラマ『あなたの番です』でのエキセントリックな演技も話題を呼んだ奈緒の演技は、ヒロイン美帆の魅力を映画の中心で輝かせている。

萩原みのりが演じるのは、そのヒロインから心理的距離を取るように描写される主人公の後輩だ。美帆とは反対に、主人公に密かに想いを寄せつつ、美帆に対する懐疑を口にする後輩は、脚本上あきらかにヒロインに対するアンチテーゼ、夢のような女性像に対するリアルな女性として配置されている。

萩原みのり助演作品の傾向として、このヒロインのカウンターパートを担う役柄がある。初主演作となった2016年の映画『ハローグッバイ』も、久保田紗友と萩原みのりのW主演作であるが、2人の主演女優には劇中ではっきりとした役割分担がある。

久保田紗友が演じる心に鬱屈を抱えた孤独な優等生であるに対し、萩原みのりが演じる不良少女「はづき」は葵を冷ややかに見る女子グループの1人だ。いじめられっ子といじめっ子に近い力関係の中で物語は始まるのだが、観客の感情移入は自然と久保田紗友が演じる葵にまず重心が傾き、その中で萩原みのり演じるはづきが波紋を起こすように物語を動かしていく。

ピアノの演奏には主旋律と副旋律がある。右手で鍵盤を叩く高音部が主旋律、左手で弾く副旋律は主に低音部でリズムやコードを支える構造だ。観客の耳に残りやすいのは右手で演奏される高音のメロディだが、演奏の厚みは左手の低音に支えられる。

2015年に撮影された短編映画『正しいバスの見分けかた』の中でも、萩原みのりが演じる「中島さん」は中条あやみが演じるヒロイン「鮫島さん」に影のように寄り添い、岡山天音葉山奨之が演じる同級生男子に「オルタナティブやなあ」と評されるのだが、彼女が演じるのはこのメインのヒロインに対する副旋律、低音でオルタナティブな女性像が多いのだ。

もちろんそれは脚本術として人物造形の定石ではある。だがその脚本が描く楽譜の構造を理解して、左手で演奏される低音のオルタナティブな女性像を生き生きと繊細なタッチで『弾きこなせる』若い女優は希少だ。

映画『僕の好きな女の子』 ©︎吉本興業 2019
映画『僕の好きな女の子』 ©︎吉本興業 2019

2019年の映画『37セカンズ』で萩原みのりは、生まれつきの障害を持つ漫画家のヒロインに対し、健康も美貌も残酷なほどに恵まれ、ヒロインが描いた作品の作者を名乗って世間に喝采を浴びる美少女を演じ、また『えちてつ物語〜わたし、故郷に帰ってきました。』では反対に、東京から出戻ったヒロインに対してコンプレックス混じりの反発をぶつける地元の同僚を演じる。暗いヒロインには明るく、明るいヒロインには暗く、主旋律であるヒロインの女性像が変わるたびに、当然そのオルタナティブである副旋律も変化するのだが、萩原みのりは作品ごとにその演技を変え、作品の副旋律を支えている。

対位法という、クラシックからビートルズまで受け継がれる作曲のテクニックがあり、それはメインメロディからある一定の法則を持って音階を下げた別の対旋律、カウンターメロディを重ねることで音楽に豊かな厚みが出る技法なのだが、萩原みのりはこのオルタナティブな対旋律、カウンターメロディを作品ごとに主演のヒロインから逆算して探し当てる演技が水際立っているのだ

ピアノの演奏で耳に残るのが高音の美しいメインメロディであるように、それは観客の記憶には残りにくい。塩をまぶしたスイカ、胡椒を振りかけたステーキを食べた後で、「あの塩や胡椒が美味しかった」という感想を客は普通持たない。

だが映画のシェフである監督やプロデューサーは、その調味料の量や品質でメインの食材が生き死にすることをよく知っている。『僕の好きな女の子』で、奈緒が演じるメインヒロインの美帆の浮世離れした甘い魅力は、萩原みのりの助演が引く苦いリアリティのラインによって一層輝いている。一流のシェフが最高の調味料を求めるように、萩原みのりへのオファーは映画界で今、急増している。

『僕の好きな女の子』『13月の女の子』を見比べると鮮明に解る「演劇の上手さ」

池袋シネマロサで『僕の好きな女の子』と時期を重ねて上映されている『13月の女の子』を見比べると、萩原みのりの適応力はさらに鮮明になる。リサーチを重ね、吐く息が観客にかかるような今の若者の会話のリアリティを細部まで追求した『僕の好きな女の子』に対比して、人気舞台の戯曲を原作とする『13月の女の子』は意図的に4:3のアナログVTRのような映像を採用し、舞台演劇と連続した雰囲気を纏っている。

©︎2020 映画「13月の女の子」製作委員会
©︎2020 映画「13月の女の子」製作委員会

大林宣彦の『時をかける少女』へのオマージュ的な映像効果に見られるように、それは形而上的で寓話的な作品であることの映像的表明だ。萩原みのりは『僕の好きな女の子』の現代的リアリズムからギアを入れ替え、作品の求める舞台の速度に演技をシフトチェンジしている。寓話的作品の中でリアリズムの演技をぶつければ「リアルで上手い」と観客に思わせることはできるが、作品の持つ寓話性は浮き上がってしまう。

それは共演者とのバランスでも同じだ。『13月の女の子』にはタイトルと呼応するように、主演の小宮有紗をはじめ十数人の若手女優が出演する。現役のアイドルグループのメンバーもいれば卒業生も、声優出身者もいればまだ芸能活動を始めたばかりの新人もいる。それぞれに演技のキャリアや実力も、声質や台詞回しの特性もそれぞれ違う、個々にファンを抱えた美少女たちだ。

『13月の女の子』で萩原みのりは、サッカーで言えば圧倒的な運動量で映画の中を走り回り、複雑なストーリー展開を支えながら、共演者たちをパスワークでつなぐように、一人一人それぞれの個性と呼吸を合わせた演技を見せていく。自分の演技をぶつけてシーンや共演者を壊してしまうのではなく、それぞれ背景やスタイルの異なる共演女優たちが自分の利き手で得意なメインメロディを弾きやすいように、ここでも萩原みのりのオルタナティブな左手は、熟練した伴奏者のように作品と共演者に寄り添っている。

「左手を強く弾きすぎてはいけない」というのはピアノの初歩で習うことで、強すぎる伴奏はメインのメロディを霞ませ、過剰な低音のリアリティは高音で奏でるヒロインの虚構性を浮き上がらせてしまう。バイプレイヤーとしての萩原みのりはその左手の力加減、共演者と重なって美しい和音になる伴奏者としてのセンスが際立っている。

物語には触れないが、人格を入れ替え、主演の小宮有紗からバトンを受け取りまた返していく萩原みのりのフル回転によって、共演する十数人の若手女優たちは作品への求心力で結びつけられ、『13月の女の子』の構造は支えられている。若くしてこれほど「良く動く左手」を持つアクトレスを多くの映画監督やプロデューサーが争って求めるのは当然のことだろう。

©︎2020 映画「13月の女の子」製作委員会
©︎2020 映画「13月の女の子」製作委員会

今年2月に公開された『転がるビー玉』で2,395人のオーディションから主要キャストの一人、瑞穂役に抜擢された萩原みのりは、インタビューによれば監督の宇賀那健一から「瑞穂のことは萩原さんにお任せします」という言葉を贈られたという。むろん脚本の存在が前提とは言え、人物造形について監督から全幅の信頼を受けることができるのは、そうした演劇センスを監督の片腕のように信頼されてのことだろう。

事実、ミュージシャンやモデルを夢見てシェアハウスに暮らす3人の女性を吉川愛今泉佑唯と共に演じる中で、ファッション雑誌の下積み編集部員という一番観客のリアリティに近い瑞穂の人物造形を、萩原みのりは3人の演技のバランスを保ちつつ見事に構築している。単にスキルとして演技が上手いだけではなく、作品やシーンの演出を理解するセンスと知性を持った「演劇が上手い」女優なのだ。

「目の強さに自信を持てるようになった」彼女の快進撃

映画『13月の女の子』で萩原みのり(右)は謎の転校生・浮間莉音を演じる ©︎2020 映画「13月の女の子」製作委員会
映画『13月の女の子』で萩原みのり(右)は謎の転校生・浮間莉音を演じる ©︎2020 映画「13月の女の子」製作委員会

萩原みのりの多彩な演技の中で一つだけ変わらないのは、その強い目の光だ。彼女のような大きく切れ上がった目は、一般的には猫のようだと言うべきなのかもしれない。しかし、高く通った鼻筋の印象もあるのだろうが、萩原みのりの目は可愛い猫というよりはまるで狼のように近寄りがたく強い光を持っている。

話題を集めた単独主演作『お嬢ちゃん』はまさに、所属する群れを見つけられない狼の最後の一頭が人間の街を彷徨うように孤独な物語だったし、スカパーのドラマ『I”s』で演じた磯崎泉のようなコケティッシュな少女の役を演じた時も、笑顔の向こうにあるその目はどこか飼い慣らすことのできない孤独な光を放っていた。その目の光の強さと寂寥は、もしかしたら萩原みのりが演技でコントロールすることができない唯一の身体の部分なのかもしれない。

『映画秘宝』2019年11月号の大槻ケンヂとの対談で、萩原みのりは「自分の大きな目はコンプレックスだった」と語っている。その対談の中では、偶然出会った尊敬する同世代の女優から引退を告げられた時のショック、自分自身も仕事を続けるべきか迷った時期のことが語られている。

彼女が17歳の時に撮影した『正しいバスの見分けかた』を撮影した高橋名月監督から「共演者のマネージャーから、他の事務所で演技の上手い子がいると萩原みのりを紹介された」と出演経緯を聞いたことがあるのだが、十代の頃から他の事務所にまでその演技力を高く評価されていたにも関わらず脚光を浴びるのが遅れた背景には、もちろん芸能界の構造的な問題もあったのだろう。

だが同時に、あるいは彼女が持つ強い目の光が、十代の萩原みのりをアイドル女優として愛でられ消費されることから遠ざけていたのかもしれないとも思う。しかし、『秘宝』の対談で「『お嬢ちゃん』を見て、自分の目の強さに自信を持てるようになった」と語った一年後の今、彼女はおそらく受けきれないほどの出演オファーをさばく多忙な日々を送っている。

横浜駅から徒歩数分、日産本社からすぐの期間限定の特設会場『ニッサンパビリオン』で、ある小さな映像作品がエキジビジョンとして公開されている。わずか数席の特設シアターで観客を入れ替えて上映される「ハンズフリー・ラブ」と題されたそのショートムービーは、『帝一の國』『恋は雨上がりのように』で知られる永井聡監督の手による作品で、聴覚障害者と健常者のカップルをモチーフにし、聴覚障害者役は実際に手話のお笑いコンビ『デフW』として活動する長谷川翔平が演じている。

センシティブな題材であることは確かだ。健常者と障害者、男性と女性、どちらの描き方もポリティカルコレクト、コンプライアンス的な要求は年々高まっている。どちらが主になり従になっても良くないその難しいバランスの中で、萩原みのりは長谷川翔平の恋人役、健常者の女性を演じている。

劇中、声を発さない長谷川翔平に代わり、物語をリードして運ぶのは萩原みのりの声だ。過去の作品でもそうしてきたように、萩原みのりは劇中で四季のように移り変わる女性の感情を繊細に演じ分け、手話のみで表現する長谷川翔平の声のないセリフに伴奏を重ねるように、コミュニケーションの中で演技の副旋律を重ねる。パントマイマーが空中に差し出す手が観客に壁を見せるように、萩原みのりの声の向こうに、長谷川翔平の声のない透明な主旋律が浮かび上がる。

わずか10分程度のその作品はおそらく、パビリオンの期間が終われば特にアーカイヴ化もされずにお蔵入りすることになるのかもしれない。だがそれは日産が「少し未来の物語」と銘打つ通り、社会と、そして萩原みのりの演技者としての未来を柔らかい光で照らすような作品になっていた。

快進撃は続く。緊急事態宣言中の撮影ストップのタイムロスをものともせず、今秋には映画『佐々木、イン、マイマイン』の公開が、来年春には公開延期の中で待ち望まれた今泉力哉監督作『街の上で』の公開が予定される。出演作のたびに変化する萩原みのりの演技を楽しみにし、彼女が出るならたとえワンポイントの助演でも見に行きたいという映画ファンの声はSNSで日増しに増えつつある。高まり続ける俳優としての評価の中で、やがて『お嬢ちゃん』に続く主演作も作られることになるだろう。

再起動する新しい社会の中で、多くの新しい脚本が書かれ、新しい物語の中で、社会の中で演じる新しい役割が萩原みのりを待っている。多くの映画作品の中で副旋律を担ってきた彼女が主旋律を任される時、それはたぶん今のこの社会からの対位法で書かれた、カウンターメロディとして演奏されることになるのだろう。

それが美しい和音を構成するのか、それとも『お嬢ちゃん』がそうであったように、観客に鋭い不協和音を突きつける作品になるのかはまだわからない。だが近い将来、まだ彼女を知らない人々の前にも萩原みのりはその姿を現し、社会はやがて狼のような目を持つヒロインと新しいダンスを踊ることになるはずである。

 

『僕の好きな女の子』 2019年8月14日(金)シネマカリテ他全国劇場にて公開中
監督・脚本:玉田真也
原作:又吉直樹(別冊カドカワ総力特集『又吉直樹』内「僕の好きな女の子」)
出演:渡辺大知 奈緒
徳永えり 山本浩司 仲野太賀 山科圭太 野田慈伸 前原瑞樹 萩原みのり
後藤淳平(ジャルジャル) 福徳秀介(ジャルジャル)
たくませいこ 児玉智洋(サルゴリラ) 秋乃ゆに
濱津隆之 東龍之介 柳英里紗 長井短 朝倉あき

『13月の女の子』 2019年8月15日(土)池袋シネマロサほか全国にて公開中
監督・編集:戸田彬弘 脚本:角畑良幸
出演:小宮有紗 秋本帆華 茜屋日海夏 田野優花 北村優衣 大森莉緒
酒井萌衣 磯原杏華 長谷川かすみ 石川瑠華 愛菜 杉本愛莉鈴 小瀬田麻由
今野杏南 津田寛治〈友情出演〉 中島由貴〈特別出演〉 萩原みのり

  • CDB(ライター)

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