急逝『ブラックパンサー』主人公 知られざる人種差別との苦闘

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がんを克服できると信じ、仕事仲間にも病気を報告しないまま、闘病を続けていたチャドウィック・ボーズマン。『ブラックパンサー』続編の撮影は、9月から始まる予定だったという。写真:AFP/アフロ

今年8月28日、結腸がんにより43歳の若さでこの世を去った、俳優のチャドウィック・ボーズマン。

マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)作品のひとつであり、大ヒットを記録した映画『ブラックパンサー』ティ・チャラ/ブラックパンサー役で知られる彼の、急な訃報に驚いた人も多いはずだ。

2016年にステージ3の結腸がんと診断されるも、公表を控え、度重なる手術や化学療法、抗がん剤治療を受けながら過ごした最期の4年間は、彼の映画人生の黄金期でもあった。

代表作『ブラックパンサー』が大ヒットを収めるなど、名実ともにトップ俳優でありながら、いつも控えめで真面目、贅沢している素振りもなく、私生活を切り売りすることもなかった。

43年間の彼の人生において、切っても切り離せなかったのが人種問題だ。

亡くなる直前に結婚していたと明らかになった歌手のテイラー・シモン・レドワード(左)については、インタビューでもあえて名前を出さずに「恋人」と呼び、無用に騒がれないよう気を配っていた。チャドは最愛の妻が見守る中、息を引き取ったという。写真:REX/アフロ

白人偏重の米エンタメ業界で、静かに黒人差別と闘っていた

アメリカ・サウスカロライナ州で生まれ、黒人大学の名門ハワード大学で学んだチャドウィック(以下、チャド)。サウスカロライナ州は歴史的にとくに人種差別の激しい地域で、彼が露骨な差別を受けて育ったことは想像に難くない。

’18年、母校ハワード大学の卒業式で後輩たちにスピーチし、“ワカンダ・フォーエバー”のポーズを披露したチャド。黒人というだけで厄介者扱いされる社会のなか、過去には「地下鉄に乗るための小銭をかき集めるような」憂き目にもあったという。写真:ロイター/アフロ

貧困から抜け出せない黒人たちが犯罪に手を染めてしまうという負の社会構造が、さらに差別を助長している。2016年の大統領選挙で、白人至上主義者からの絶大な支持を得てトランプ政権が発足すると、人種差別の色はますます濃くなっていった。その一方で、差別に抵抗する声も大きくなり、白人主義を礼賛する者と、人種差別に反対する者との分断は、より深まっている状況だ。

無抵抗の黒人男性が警官に殺害される事件が繰り返され、「Black Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター、以下BLM)」運動は今、世界的なムーブメントにもなっている。生前のチャドもBLMをサポートし、トランプ政権に対抗する民主党への支持を表明していた。

人種差別はアメリカの社会だけでなく、米エンタメ業界でもあからさまだ。アメリカは多民族の移民国家であるにも関わらず、エンターテインメントは白人が白人のために作るものという風潮が確かにあり、有色人種、とくに黒人は機会さえ与えられずにいた。

賞レースに有色人種がノミネートすらされないこと、そもそも主要な役に白人以外はキャスティングされないことなどは、少しずつ改善されているかのように見える。しかし、「人種差別に反対だ」というアピールに利用されていないと言い切れるだろうか。

そんな状況に反発し、声を上げる俳優は増えている。が、チャドの人種差別へのアプローチはまったく異なるものだった。

彼が主役を務めた数本の映画を振り返ると、実在した黒人のヒーローの伝記映画が多いことに気付くだろう。黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンを描いた映画『42 ~世界を変えた男~』(2013年)、ファンクの帝王ことJBの伝記映画『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』(2014年)、黒人初の最高裁判所判事の弁護士時代を描いた『マーシャル 法廷を変えた男』(2017年)。

いずれも、後のアフリカンアメリカンのために道を切り拓いた偉人ばかりだ。そういった黒人の英雄を魅力的に演じることで、黒人を励まし、社会に影響を与えた。そして、チャド自身に、ティ・チャラという運命的な役をたぐり寄せたのだった。

2014年、『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』のプレミアに登場したチャド。俳優としては遅咲きで、テレビドラマのゲスト出演から徐々に軸足を映画へと移し、良作で何度も主演を務めた 写真:ロイター/アフロ

『ブラックパンサー』が映画業界に与えた影響

人種差別に対するチャドの取り組みの集大成とも言えるのが、『ブラックパンサー』(2017年)だ。

この作品は、MCUシリーズ18作目にして、初の黒人ヒーローが登場する。脚本と監督を務めたライアン・クーグラーをはじめ、チャドや共演者、さらにはスタッフの多くが黒人という、白人偏重のハリウッドでは異例の映画だった。

同作は、ヒーロー映画としては初めてアカデミー賞の作品賞にノミネートされ、作品賞を含めた7部門のノミネートのうち作曲賞・美術賞・衣装デザイン賞を受賞した。興行面でも成功を収め、北米では公開直後から5週連続の首位に輝き、世界興行収入13億4400万ドル(約1380億円)をたたき出した。これは、『アナと雪の女王』や『ハリー・ポッターと死の秘宝 PartⅡ』をも上まわる成績だ。

『ブラックパンサー』の舞台となるのは、他国の侵略を受けずに発展した架空の国「ワカンダ」。その国王がチャド演じるティ・チャラだ。ロサンゼルスプレミアには、原作者のスタン・リー(故人・左)も駆けつけた。写真:ロイター/アフロ

『ブラックパンサー』が興収で大成功を収め、賞レースでも存在感を示す中、キャスト賞を受賞したSAGアワードで代表スピーチを務めたチャドは、このように語っている。

「プロモーションにあたり、わたしたち全員は繰り返し2つの質問を受けることになりました。1つは、この映画がこのような反響を呼ぶと思っていたか、10億ドルを稼ぎ、賞レースを争うようになると思っていたか、という質問。そして2つ目が、この業界を変えられたのか、という質問です。

わたしの答えは、“若くて才能があり、黒人である(=To Be Young, Gifted and Black/公民権運動の黒人賛歌として知られる、ニール・シモンの曲のタイトル)”です。

わたしたちはみな若く才能があり、そして黒人で、『あなたがフィーチャーされる場所などない』と言われる気持ちを知っています。

スクリーンやステージにあなたの出る幕はないと言われるのがどんな感じか、わたしたちはよく知っています。先頭ではなく最後尾になる気持ちも、上ではなく下になる気持ちも。それが、わたしたちの働いている日常なのです。

賞レースに加わることや10億ドルを稼ぐことはともかく、わたしたちが世界に与えるべき特別な何かを持っていることはわかっていました。わたしたちは演じることで、わたしたちが見たいと願った世界を形作る、それが、取り組んできたことのすべてです」

少なくとも、『ブラックパンサー』は「黒人映画はヒットしない」という定説を覆した。そして先日、アカデミー賞は2024年から作品賞の選考基準に新たな条件を設けると発表している。

黒人を含む、女性、人種、民族、LGBTQ+、そして障がい者を映画業界の“少数派”と定義し、キャストやスタッフに規定の割合でこの少数派を起用しなければ、アカデミー賞にノミネーションされることはない。白人偏重、白人主義の映画業界は、転換期を迎えていると言っていい。

’18年MTVムービー&TVアワードで最優秀演技賞に輝いたチャドは、銃乱射事件で犯人から銃を奪った一般男性のジェームズ・ショー・ジュニアさん(右)を会場に招待。「真の英雄はここにいる」とトロフィーを譲り渡した。写真:Shutterstock/アフロ

チャドが26歳の時のこんなエピソードがある。俳優として活動を始めたばかりの2003年、米・ABC放送の連続ドラマ『オール・マイ・チルドレン』でレジー・モンゴメリーという役に起用された彼は、レジーの両親はどんな人物なのか、どうして養護施設で育ったのかとプロデューサーたちに疑問をぶつけた。

するとプロデューサーのひとりは、「父親は失踪していて、たぶん母親はヘロイン中毒で子供たちをネグレクトしたんだ」と答えた。黒人への偏見に満ちた設定だと確信したチャドは、冷静に「わたしは問題を解決したいと思っています。彼に、例えば数学が得意であるとか、長所や能力を与えることはできませんか。彼をただの被害者として演じたくはありません」と伝えたが、その翌日、彼はレジー役をクビになった。

しかし、チャドの意見に一理あると気付かされた制作側は、彼の提案を一部取り入れ、脚本を書き換えることにした。そして代役に、のちに『ブラックパンサー』でチャドと初共演し、悪役キルモンガーを演じたマイケル・B・ジョーダンが起用された。

左から、『ブラックパンサー』でキルモンガーを演じたマイケル・B・ジョーダン、ティ・チャラの元恋人でスパイのナキアを演じたルピタ・ニョンゴ、ティ・チャラ役のチャド、最強の女戦士オコエを演じたダナイ・グリラ。写真:REX/アフロ

2018年にマイケルと対談した際、この話題を振られたチャドは、「(プロデューサーに)意見したら、『オマエはめんどうなヤツだ』と言われたよ。クビになったけれど、提案は受け入れてもらえた。正直、それが目的だったしね」と笑った。

自分自身にスポットが当たることや成功することは二の次だった、アフリカンアメリカンの英雄。その死を悼み、彼が何よりも大事にしたことについて改めて考えたい。

  • 原西香(はら あきか)

    海外セレブ情報誌を10年ほど編集・執筆。休刊後、フリーランスライターとして、セレブまわりなどを執筆中

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