『カネ恋』に見る、過去40年の「お金ドラマ」の変遷

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貧乏がエンタメだった『家なき子』、貧困からのサクセスストーリーに勇気をもらった『お金がない!』、そして現在…

松岡茉優主演『おカネの切れ目が恋のはじまり』(TBSドラマ/火曜22時~)の後半戦となる第三話が、9月29日に放送される。 

松岡が演じるのは、おカネを正しく使うことにこだわる経理部の九鬼玲子で、おカネにルーズな会社の御曹司・沢渡慶太を三浦春馬が演じている。 

最初は「清貧女子」VS「浪費男子」という設定に、少々違和感があった。なぜなら、『これは経費で落ちません』の多部未華子などと異なり、松岡茉優の女優としての魅力は、様々な欲望が随所から沁みだしてくる「欲深そう」なところにある気がしていて、「清貧女子」というのがあまりピンと来なかったからだ。 

しかし、そんな違和感が第一話のラストで解消される。実は玲子は単なる清貧ではなく、自分が片想いしている「推し」に対しては15年間もリターンなしで貢ぎ続けていたことがわかったから。と同時に、これは世の中が貧しくなっているからこその「おカネ」の描き方だとも感じる。

おカネを正しく使うことにこだわる経理部の九鬼玲子を松岡茉が演じている(写真:アフロ)

かつて“おカネ”を描いたドラマとして思いだされるのは、NHK連続テレビ小説『おしん』(1983年)だ。「大根めし」「奉公」など、貧困・苦労が多数描かれた一方で、強い印象となっているのは、困難に負けないたくましい生き方やスーパー経営者としての成功、それでもぬぐえない孤独である。

そこから約10年後、おカネが強烈に描かれたのは、安達祐実主演の『家なき子』(1994年)だ。

貧困や理不尽な環境の中で少女が困難に負けずに生きる姿が描かれた同作は、「同情するなら金をくれ!」のセリフが新語・流行語大賞に選ばれるなどの社会現象となった。

野島伸司脚本ならではの過激な暴力やいじめシーンが話題になった一方、多くの人が「同情するなら金をくれ!」と無邪気に真似していた当時。“貧困”はまるで海外の古典名作文学やアニメ『世界名作劇場』のような遠い国の別の時代の「エンタメ」のように思えていたことを、今にして思えば、不思議に感じてしまう。

また、井上真央主演の『花より男子』(2005年)や二宮和也主演の『山田太郎ものがたり』(2007年)など、少女漫画原作で、セレブたちの世界に入ってしまった貧乏主人公の友情や恋愛、輝きを描いた作品も一つの定番だろう。

織田裕二主演の『お金がない!』(1994)は、貧困を極めた青年のサクセスストーリーだったし、2010年代に入ってから木村拓哉が演じたことで大きな衝撃となった『PRICELESS」(2012)も、全体的なテーマはやはり“わらしべ長者”だった。

松山ケンイチ主演の『銭ゲバ』(2009年)のように、極度の貧困から殺人を繰り返し、金銭や名誉をつかむものの、破滅に向かう青年の物語もあれば、『銀と金』(2017年)のように裏社会を描いたものもある。

森下佳子の脚本家デビュー作『平成夫婦茶碗』(2000年)のように、貧乏子だくさんの笑いアリ涙アリのホームドラマもあれば、宮藤官九郎脚本の『11人もいる!』(2011年)のように、“大家族”をテーマにしたシュールコメディのホームドラマもある。

かなり大雑把に分けると、これまでのおカネのドラマには、「貧困に負けずに頑張るサクセスストーリーか、シンデレラストーリー」「貧乏VS金持ちのラブコメ・友情」「お金に振り回される人々の苦悩や裏社会」「貧乏コメディのホームドラマ」などの分野があるだろう。

しかし、2010年代に入って、おカネの問題をどこか遠い場所での「エンタメ」ではなく、身近なリアルとして描く作品が登場する。

たとえば、『闇金ウシジマくん』(2010年)のように、闇金を利用する人々の背景や人間模様を多数の取材を通してリアルに描いた作品もあれば、満島ひかり主演の『Woman』(2013年)のように、シングルマザーが貧困、闘病など様々な困難にあいながらも、ひたすら我が子のために命をかけて生きる姿を描く作品もあった。

「生活保護のケースワーカー」である自治体職員が直面する貧困問題をリアルに描くことで、制度そのもののあり方や抱えている矛盾を考えさせられる『健康で文化的な最低限度の生活』(2018年)のような意欲作もあった。

このようにリアリティを追求するようになったのは、リーマンショックや東日本大震災、さらに度重なる災害を経て、経済が確実に傷んでいる状況を受けてのものだろう。

(イラスト:まつもとりえこ)

しかし、こうした「貧困のリアル」を描くとは別の流れで描かれるようになった「おカネ」のドラマが、多部未華子主演の『これは経費で落ちません』と、今回の『おカネの切れ目が恋のはじまり』である。

前者は「経理」という一見地味な部署にスポットをあて、会社の中で起こる様々なことを経理目線で切り取りつつ、領収書や請求書等の数字から見えてくる、どこの会社でもありそうな「不正」や人間模様などをリアルに描いている物語だった。何事にも「イーブン」をモットーとする主人公だが、正義を振りかざすわけではなく、数字では決してわからないこと、すべてが善悪ですっぱりとは割り切れないことに気づき、揺らぐ様は非常に魅力的だった。

『おカネの切れ目は恋のはじまり』の場合もまた、単に正反対の金銭感覚を持つ男女を描いているわけではなく、「おカネ」をめぐる様々な人の様々な価値観が描かれる。

たとえば、玲子は浪費家の慶太にこう教えていた。

「お金の使い方は3つ。消費、浪費、投資です。おカネを使うごとに3つのどれに当てはまるかを分類して、浪費を減らす。それがあなたのやるべきことです」 

にもかかわらず、玲子(松岡)は質素な暮らしをし、おカネの使い方にこだわるわりに、片想いしている相手にノーリターンで様々なものを貢ぎ続けていたことを慶太(三浦)に問い詰められてしまう。

では、何が「消費」で、「浪費」で、「投資」なのか。その分類そのものも、本来は共通の価値を持つはずの「おカネ」という数字が持つ重みも、貧富の格差だけでなく、それぞれの価値観の違いによって大きく変わってくるということを、皮肉にも玲子自身が証明してしまったわけである。

昔と違い、少子高齢化を含め、経済成長はほぼ見込めない時代。時代の大きな転換点に来ている今、「貧困からのサクセスストーリー」はなんだか嘘くさいし、「貧乏」をエンタメとして楽しめる余裕もない。

さらにコロナ禍によって、日頃の生活や消費を見直す機会を得たことで、改めてエンタメなど「不要不急」に分類されるものこそが、日々の自身の活力だったことを痛感している人も少なくないだろう。 

だからこそ「おカネ」を見つめ直すことは、自分自身の人生を、「自分が大切にしたいものが何か」を見つめ直すことにもなる。

「おカネ」と「恋や思い」という、本来全く異なる軸にあるものを結び付けるのは、自分自身の価値観に他ならないことを改めて感じさせる『カネ恋』。これは自分自身の生き方・価値観の“現在地”を考えるドラマだ。

  • 田幸和歌子

    1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。

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