人類とビフィズス菌の深い関係~お風呂から1500万年の歴史まで | FRIDAYデジタル

人類とビフィズス菌の深い関係~お風呂から1500万年の歴史まで

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入浴習慣が家族間で腸内フローラの伝播に関与!?

「腸活」という言葉をよく見聞きするようになった。人間の腸には数百種類、数百兆個の細菌が棲みついており、その様子は「腸内フローラ」と呼ばれている。腸内フローラは、健康や脳機能と関係しているのではないかと、世界中で研究が進められている。 

そんな中、2019年に珍しい研究成果が発表された。日本人では、お風呂に入ることで家族の間で腸内細菌を共有している、というのだ。しかも発表したのは、食品メーカーの森永乳業。 

なぜ、食品メーカーがこのような研究をしているのだろうか。森永乳業に話を聞いて分かったことは、腸内フローラと人類の間には切っても切れない関係があり、その関係を明らかにできれば健康に役立てることができるかもしれない、ということだ。 

まだまだ研究途中の腸内フローラ、わかってきたビフィズス菌の役割

森永乳業では、育児用ミルクを開発する中で赤ちゃんの腸内フローラに注目し、その研究を50年以上続けているという。もちろん森永乳業では、製品開発や素材開発など、直接の利益につながる研究も多く行っている。一方で、一見利益に直結するとは思えない腸内フローラの研究などは、研究本部基礎研究所というところが行っている。

なぜ、腸内フローラという基礎的な研究を食品メーカーが行っているのだろうか。同研究所の腸内フローラ研究グループの小田巻俊孝グループ長は、次のように答える。

「腸内フローラが健康や様々な病気と関係していると考えられていますが、どのような仕組みで関わっているのか、実ははっきりとわかっていないことが多いのです。

プロバイオティクスのように、生きた微生物を摂取して健康になれるとアピールしても、具体的にどのようなメカニズムではたらいているのか、真実は十分に解明されていません。その仕組みを明らかにして、自信をもって製品をおすすめしたい。そのための基礎的な研究です」(小田巻俊孝氏 以下同)

研究を論文として発表すると、海外の研究者とつながりやすくなり、さらに情報を集めやすいことも、基礎研究に取り組んでいる理由の一つだとも言う。こうした研究はすぐに製品化に結びつかなくても、10年単位で見れば画期的な製品につながる可能性がある。

腸内フローラの中でもビフィズス菌は、健康に関わる細菌として注目されている。一般的には「乳酸菌」が健康によさそうなイメージがあるが、乳酸菌は発酵食品のみならず自然界に広く存在し乳酸を多く作る細菌をひとまとめに呼んだものだ。それに対してビフィズス菌は、腸の中で生きており、乳酸だけでなく酢酸という物質を作る。この酢酸が、人間にいい効果を与えているようだと小田巻氏は言う。

「酢酸は殺菌作用が高く、大腸で有害な菌が増えるのを抑える効果があるとされています。また、腸管の蠕動運動を刺激して便通を改善したり、腸管バリア機能を担うムチンという物質の産生量を高める効果や、さらには血液を巡って代謝に作用して抗メタボ作用があるとも考えられています」

ビフィズス菌BB536。森永乳業によると、BB536が研究対象となった学術論文は200を超え、ヒトに棲んでいる種類のビフィズス菌としては世界で最も研究されている菌だとのこと(画像提供=森永乳業株式会社)
ビフィズス菌BB536。森永乳業によると、BB536が研究対象となった学術論文は200を超え、ヒトに棲んでいる種類のビフィズス菌としては世界で最も研究されている菌だとのこと(画像提供=森永乳業株式会社)

「入浴で腸内細菌が伝わる」とはどういうことか

さて、お風呂とビフィズス菌の話に入っていこう。

これまで、ビフィズス菌は赤ちゃんが生まれるとき、母親の産道を通って膣にいる細菌が受け継がれて腸内に定着することが知られている。つまり、母親と子どもではビフィズス菌の種類が似る傾向にある、ということだ。

ところが、アイルランドのAPCマイクロバイオーム研究所との研究で、日本人ではなぜか夫婦や父子でもビフィズス菌が似ているケースがあることがわかった。ちょうど子育てをしていた小田巻氏は、子どもと親が一緒にお風呂に入るという日本ならではの習慣が関わっているのではないかと考え、研究に協力した5家族が入浴した後の浴槽のお湯を調べたところ、ビフィズス菌を含む複数の種類の細菌が見つかった。

「ビフィズス菌は本来、大腸など酸素がないところで育つ細菌です。そのような細菌が浴槽内のお湯の中から見つかり、しかも生きていたことにも驚きました」

さらに、子どもと親が一緒に入浴する家族と、別々に入浴する家族とで比較すると、ビフィズス菌に限らず、一緒に入浴する家族で共通の腸内細菌が多いことがわかった。こうしたことから、入浴によって家族間で腸内フローラが似てくる、と結論づけたのだ。

浴槽のお湯には、ビフィズス菌以外の腸内細菌、そして皮膚常在菌など、いろいろな細菌が見つかった。腸内細菌については、おそらく人の体内から流れ出た腸内細菌が、別の人の大腸に入り込んで腸内フローラとして定着するのではないかと考えられる
浴槽のお湯には、ビフィズス菌以外の腸内細菌、そして皮膚常在菌など、いろいろな細菌が見つかった。腸内細菌については、おそらく人の体内から流れ出た腸内細菌が、別の人の大腸に入り込んで腸内フローラとして定着するのではないかと考えられる

なお、腸内細菌が共有される順序として、親から子どもなのか、子どもから親なのか、まではわからないという。また、この研究をもって、「一緒にお風呂に入ると免疫力が上がる」とか「ビフィズス菌サプリメントをお湯に溶かせば腸に入る」と短絡的に言い切ることはできない。ビフィズス菌が家族間で伝わる仕組みの一つとして入浴がある、ということだ。

人間の母乳は人間のビフィズス菌に特化している

人間の腸内には多くの種類の腸内細菌が棲みついているが、赤ちゃんのときにはビフィズス菌が非常に多く、特に母乳で育てているときには顕著だ。

実は母乳の中には、ビフィズス菌だけが栄養として利用できる「ヒトミルクオリゴ糖」が含まれている。そのため、赤ちゃんの腸内ではビフィズス菌が増えやすくなっている。このヒトミルクオリゴ糖は、その名の通り人間の母乳にだけ含まれており、他の哺乳類の母乳には含まれていない。

さらに、人間の母乳には、他の細菌を殺す「リゾチーム」という成分が、他の哺乳類の母乳よりも数千倍高い濃度で含まれている。しかし、人間にいるビフィズス菌は、高濃度のリゾチームにも耐えられる性質があるらしい。

これらの理由から、ヒト以外から採取されたビフィズス菌を培養しても、人間の母乳を与えると死滅してしまう。つまり、人間の母乳は人間のビフィズス菌に特化した成分となっているのだ。

母乳やミルクは赤ちゃんだけでなく、ビフィズス菌の栄養にもなる。赤ちゃんの腸内フローラのほとんどがビフィズス菌で、うんちが酸っぱいように匂うのは、ビフィズス菌などが作った酢酸によるものだ。離乳すると腸内のビフィズス菌の割合は大きく下がる
母乳やミルクは赤ちゃんだけでなく、ビフィズス菌の栄養にもなる。赤ちゃんの腸内フローラのほとんどがビフィズス菌で、うんちが酸っぱいように匂うのは、ビフィズス菌などが作った酢酸によるものだ。離乳すると腸内のビフィズス菌の割合は大きく下がる

海外で販売されている粉ミルクの中には、人工的に作ったヒトミルクオリゴ糖が含まれているものもある。今後研究が進んで有効性と安全性が証明できれば、国内でもヒトミルクオリゴ糖が入った粉ミルクが作られるかもしれない。こうした地道な研究が、赤ちゃんの健康につながっているのだ。

ビフィズス菌がいたから今の人間に進化できた?

人間の母乳は人間のビフィズス菌に特化している……そう考えると、ビフィズス菌が人間に棲みついているのか、人間がビフィズス菌の生存に協力しているのか、わからなくなってくる。

というのも、ビフィズス菌研究者の間では、人類の祖先が人間に進化する上でビフィズス菌も変化したという「共進化」が議論されている。

「ビフィズス菌と一言に言っても、人間と鳥類や猿といった動物が保有しているビフィズス菌の種類が違うことが知られています。

海外の研究によると、少なくともビフィズス菌は類人猿と1500万年もの間共生関係にあるようです。人類とチンパンジーの共通祖先が分かれたのが600万年前なので、その2倍以上の長さにあたります。もしかしたら、ビフィズス菌がいたからこそ、今の人類に進化できたのかもしれません」

ビフィズス菌を含む腸内フローラは様々な病気と関係する可能性があることがわかってきた。中には、摂取することで認知機能の改善につながるビフィズス菌があるという研究成果もある。まだ少人数での結果なので効果を慎重に見極める必要があり、今すぐ安易に飛びつくわけにはいかないが、このような研究が10年後、20年後には私たちの健康を支えることになるかもしれない。今後の腸内フローラ、ビフィズス菌研究に期待しよう。

  • 取材・文島田祥輔

    サイエンスライター。1982年生まれ。名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻修了。特に遺伝子に興味があり、遺伝子の研究によって医療や生活がどう変わっていくのかに注目している。また、腸内細菌検査サービス「マイキンソー」のオウンドメディア 「Mykinsoラボ」 の編集長を務める。著書に『おもしろ遺伝子の氏名と使命』(オーム社)、『遺伝子「超」入門』(パンダ・パブリッシング)、編集協力に『池上彰が聞いてわかった生命のしくみ 東工大で生命科学を学ぶ』(朝日新聞出版)、『ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか』(高橋祥子著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

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