窮地から誕生した新展開も…小さな「個性派美術館」コロナ禍の奮闘

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絵を観るというのは、確かに「不要不急のこと」かもしれないけど……

日本経済を揺るがし、エンタメ業界にも大打撃を与えた新型コロナウィルス。緊急自体宣言が発令された今年4月からは劇場、映画館、ライブハウスなどと並び、多くの美術館や博物館も長期休業を余儀なくされた。

公的援助がなく、財源を入館料に頼る私設美術館は、この危機をどう乗り越えたのか。挿絵に特化した美術館として根強いファンが多い〝弥生美術館〟の館長、服部聖子さんと学芸員の内田静枝さんに、半年間の奮闘と今を聞いた。 

現在は「水森亜土展—いつみても、いつでもラブリー♥︎」を開催中。奥に見えるのは2003年、同館の水森亜土展で作家がライブペインティングした作品

「好き!」が高じて創設!? 気軽に立ち寄れるニッチな美術館

弥生美術館は、その成り立ちからしてユニークだ。大正末〜昭和初期に一世を風靡した挿絵画家、高畠華宵の大ファンだった服部さんの父・鹿野琢見氏は、華宵に出した一通の手紙が縁で、その晩年を看取ることになる。

「著作権と作品を譲り受けた父は華宵の作品を展示するために、この美術館を設立したのです。ある日突然工事が始まり、建物が建ったのでびっくりしました(笑)」(服部さん)

1984年の開館以来、イラストレーターや漫画家といった、一般的な美術館では扱わないニッチな作家の作品を幅広く紹介。1990年には敷地内に竹久夢二美術館も増築した。

文京区の閑静な住宅地にあり、谷根千(谷中・根津・千駄木)散歩の途中にふらりと立ち寄る人も多い弥生美術館。わずか1000円(日時予約制導入前はなんと900円)の入館料で竹久夢二館も観られるハードルの低さ! 欲が無いにもほどがある。だが、そんな良心的な美術館にも、コロナは容赦なく牙を剥いた。

2016年「オサムグッズの原田治展」より。オサムグッズ誕生40周年を記念し、1000点のグッズを一挙に公開。絵画作品だけではなく、立体物の展示が充実しているのも同館の特長のひとつ。弥生美術館は日本の〝可愛い〟文化の発信源なのだ
2017年「はいからさんが通る展」では大和和紀の原画のほか、主人公花村紅緒の時代を生きた明治〜大正の女学生・職業婦人のライフスタイルなども紹介した。『少女フレンド』『なかよし』『りぼん』といった少女漫画関連はインバウンドの需要も大きい

「えっ、これもダメなんですか?」補助金の申請に四苦八苦

「3月27日(金)に東京都の土日外出自粛要請が出て、翌日から休館。4月2日からは「水森亜土展」を開催する予定でしたので、いつ再開してもお客様を迎えられるように展示物を飾り、再開を待ちました」(服部さん)

4月以降の展覧会を中止した美術館も多かったが、「再開するなら観る人がハッピーになれる水森亜土展から」という強い思いがあった。

作家サイドの全面的な協力があり、水森亜土展はその時点で無期限の延期が決定。休館を余儀なくされた美術館には、文化庁から感染症防止対策事業に対して補助金が出ることになった。

「ただ、その内容がうちのような小さな美術館に合うかというと、規模が違いすぎて使えないものもたくさんありました。また、例えば給排気切り替え可能な換気扇に交換するといっても汎用性が高いものは認められず、〝これもダメですか? 感染防止のためにわざわざ変えたんですよ?〟というやりとりが続きました。申請はやり直しがききませんので日本博物館協会さんに度々相談し、予備審査をして助けていただきました」(服部さん)

その博物館協会からガイドラインが出たのが5月14日。その中に〝完全予約制の導入等の検討を〟という一文があった。

「5月初旬、文化庁から〝時間制来館者システム〟導入に対する指針発表があり、すぐに検討を始めました。予約制にすれば〝密〟を避けてお客様をご案内できますし、ご連絡先もわかるので、もしコロナが出てしまった場合にはお知らせもできます。ただ、文化庁から3分の2の補助金をいただけるといってもお金はかかります。当時、受付にはインターネット回線も引かれておらず、当館には過分ではないかという思いはありました。けれど〝お客様に安心して来ていただくためには万全の対策をとらなくてはいけない。コストをかけても、それ無しには開けられない〟と服部が言ってくれまして、それは本当に英断だったと思っています」(内田さん)

予約制の導入ってどうやればいいの? お手本もないまま迫り来る締切

他館の動向を見てからの検討では開館が遅れてしまう。けれどコロナ以前に予約制を導入していた美術館はほとんどなく、あったとしても休館中。参考にできる材料は皆無だった。

「パソコンをむやみに打ってキーワード検索するところから始め、システムの構築をしてくださる業者さんを見つけ、5月29日にお会いしました。日本博物館協会さんによる補助金の予備審査の締切は6月12日でしたが、博物館協会さんに確認したくても〝問い合わせが殺到していて期限までに回答ができません〟というようなメールも届き、6月19日の申請締切に間に合わないのではないかとハラハラしました」(内田さん)

なんとかギリギリで間に合い、予約制システムの導入が決まってからは、ありとあらゆる想定問答を作り、対応策を検討した。

「パソコンやスマホが使えないから予約ができないとの苦情が来たら、予約なしで来られたら、その他こんな問い合わせがあったらと、みんなで相談しました。どうにもならなかったらひたすら謝ろうという心づもりでしたが、いざ再開してみると、予想していたよりもトラブルは少なかったです」(服部さん) 

弥生美術館での水森亜土展は今回で3回目。「信頼関係ができていましたし、現役の方ですので、いろいろなことに快く対応してくださいました」と内田さん。再開にあたり、水森亜土さんから温かいメッセージも届いた

予約が集中する時間帯で測る、ウィズコロナに対する人の気持ち 

美術館は決まった箱の中にどれだけ人を導入できるかで収益が決まる。再開後の売上げは、コロナ以前の3分の1に減少したという美術館も。国公立美術館・博物館の場合、1700円の入館料で企画展と常設展が観られるという料金設定が一般的だったが、それでは採算が見込めない。東京国立博物館などは2400円に値上げを決めた。

採算がとれないのは私設の弥生美術館も同じだが、「なんとか抑えられる経費を抑え、低空飛行を続けられたら」と、服部さんは苦しい胸の内を明かす。けれどウィズコロナに向けて、少しずつ明るい動向も見え始めている。

「再開したのは7月1日でした。当初は清潔な時間帯に入りたいというお客様が多く、予約はいちばん早い10時半の枠から埋まっていったんです。それが9月末頃からは11時や14時の回の予約が増えてきました。みなさんコロナと共存しつつ、外に出ようという気持ちになってきたのかなと感じています」(内田さん)

コロナ以前はユニークなイベントも数多く開かれていた。2017年に開催された「長沢 節 展」では、節が1967年にプロデュースした〝モノ・セックス・モード・ショウ〟を再現。保存されていた当時の衣装を着用したモデル達によるショーが行われた(撮影:大橋 愛)

来館できないファンに向けて、インスタライブを無料配信

館内で開催予定だったイベントはことごとく中止となったが、一方ではコロナだからこその新しい試みも生まれた。

「水森亜土さんサイドからの提案で、インスタライブを無料配信しています。私はそういうものが世の中にあるなんて全然知らなくて(笑)。でも、やってみるとお客様にネットを通してお伝えできるという手応えがありました。コメント欄からはお客様のご意見も見えて、そうすると、やはりコロナで来られないという遠方の方が多いんですね。観られないファンのために、美術館としてできることがあったんだと実感しました。今後は朗読プログラムの配信なども考えていきたいです」(内田さん)

インスタライブは約20分。第9回のこの日は10代の水森亜土がハワイ・モロカイ島に留学していた時に描いた絵日記を紹介した。美術館に展示されていないページを配信することで、来館した人、来られない人の両方に楽しんでもらえる趣向(協力:劇団未来劇場)

これからも「来てよかった」と言ってもらえる美術館に

日本は文化事業へのフォローが手薄と思われがちだが、補助金を始めとするさまざまな行政の支援は本当にありがたかったという。現在は〝Go To トラベル事業〟への参加も検討中だ

「Go To トラベルのクーポン券は、あっても使うところがないと言われる方が多い状況ですよね。対象店を探してもドラッグストアやコンビニくらいしかヒットしない中に美術館がポンと出てきて〝行ってみようかな〟と思ってくださればいいなと」(服部さん)

「これまでは独立独歩でやっているような気持ちでいましたが、今回のコロナ禍で相談できることはいろいろあるとわかり、社会に助けられていたんだなと改めて感じました」(内田さん) 

休館中の頑張りがやっと定着してきたある日、服部さんは来館者から、こんな言葉をかけられた。

「半年ぶりの外出が亜土ちゃん展だったの、とおっしゃるんです。一緒に来られたお友達とも半年ぶりに会われたようで、カフェで長い間、楽しそうに亜土さんのことを話されて。最後に、本当に来てよかったわと言われたときには胸が詰まりました」

コロナには必ず出口がある。そんな思いで、弥生美術館は今日も奮闘を続ける。絵を観るというのは確かに不要不急のことかもしれない。けれど人が人らしく生きるためには、そんな心の栄養がやっぱり必要なのだ。

館長の服部聖子さん(左)と学芸員の内田静枝さん。ふたりの背後には間隔を空けて展示された作品が見える。日本博物館協会のガイドラインに従い展示作品を減らしたが、展覧会を前期後期に分けて全作品を入れ替え、コロナ以前と同等の作品数を紹介している
敷地内〝夢二カフェ 港や〟では展示に合わせたカプチーノが人気。「水森亜土展」は10月25日まで。10月31日から「奇想の国の麗人たち〜絵で見る日本のあやしい話〜」、来年2月6日からの「田渕由美子展」では’70年代の『りぼん』で活躍した田渕の魅力を紹介

「弥生美術館」のHPはコチラ

  • 取材・文井出千昌

    フリーライター、「森本美由紀 作品保存会」代表。ファッション誌・情報誌・音楽雑誌・ウェブなど、仕事のジャンルはさまざま。親友である故・森本美由紀の回顧展「ファッション・イラストレーター 森本美由紀展」(2015年)では、弥生美術館に大変お世話になった。同館は約2万7千点と所蔵作品が多いのも特長。個人的にはその珠玉の所蔵作品の中から内藤ルネ、中原淳一、藤田ミラノ、松本かつぢなどなど、ぜひまた展覧会を開催してほしいと切望!

  • 撮影安部まゆみ

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