土屋太鳳と『ローマの休日』が帝国劇場で見せる「もう一つの顔」

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もしかしたら土屋太鳳のことも、そしてあの映画史に残る名作のことも、自分は何もわかっていなかったのかも知れない。帝国劇場で開幕したミュージカル『ローマの休日』を見ながら、そんなことを考えていた。

『ローマの休日』の物語については今さら説明する必要もないだろう。 ヨーロッパ歴訪の最後にイタリア・ローマに立ち寄った王女が、公務の重圧に耐えかねて大使館を抜け出し、街で偶然に出会ったアメリカの新聞記者と24時間の「休日」を楽しみ、そして別れる。オードリー・ヘプバーンの代表作、映画史に輝く名作である。

映画『ローマの休日』(1953年) 新聞記者・ジョーをグレゴリー・ペック(右)が、王女アンをオードリー・ヘプバーンが演じ、オードリーは本作でアカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した (C)World History Archive/ニューズコム/共同通信イメージズ

あまりにオードリーの印象が鮮烈で、本国アメリカでもTVドラマ化一度ををのぞきほとんどリメイクされたことのない半ば伝説化した名作を、東宝演劇部が世界で初めてミュージカル舞台にしたのは今から22年前、1998年のことだ。

この日本版の『ローマの休日』は、映画ファンが期待する名場面は踏襲しつつ、楽曲から脚本・舞台構成まで東宝のスタッフたちが作り上げた新しい作品だった。

そして大胆なキャスティングとして、大地真央という宝塚男役出身の偉大なミュージカルスターを起用した。 撮影時23歳の新人女優だったオードリーの可憐な少女性にただ寄せるのではなく、42歳の大地真央の凛々しさを生かした強い意志を持つ新たなアン王女像を作ったのだ。

この初演版が作り上げた新たな『ローマの休日』は大成功を収め、公演は第24回菊田一夫演劇賞の大賞、大地真央は平成10年度文化庁芸術祭賞の大賞に輝き、20世紀最後の年2000年には帝国劇場での再演を成し遂げている。

大地真央は『ローマの休日』のアン役の他、『風と共に去りぬ』のスカーレット役、『マイ・フェア・レディ』のイライザ役など数々の当たり役を舞台で演じてきた(写真は『マイ・フェア・レディ』より) 写真:共同通信イメージズ

東宝ミュージカルの歴史に輝く金字塔の再演となった今回は、Wキャストのアン王女の一方に朝夏(あさか)まなとを起用。大地真央と同じく元宝塚男役のトップスターを経て、2020年の菊田一夫演劇賞も受賞した若き実力者である。そしてWキャストのもう1人のアン王女に選ばれたのが土屋太鳳だった。

僕は当初、166cmの大地真央、172cmの朝夏まなとら、長身の宝塚出身キャストが作る「東宝版アン王女」から、小柄で可憐なイメージのある土屋太鳳は浮き上がってしまうのではないかという危惧を持ちつつ観劇したのだが、土屋太鳳の演技はその杞憂を跳ね除ける素晴らしいものだった。

物語の序盤で、土屋太鳳の声は少女のように高く明るい。天真爛漫で無邪気なその演技はどちらかと言えば映画版のオードリーに近いのだが、ローマでの24時間を経て、新聞記者ブラッドレーと別れ城に帰還するクライマックスで、土屋太鳳の声は別人のように凛々しく強くなっていく。

実はこの「休日後」の描写が東宝版『ローマの休日』の白眉で、映画版に比べてアン王女の成長をより強く描くものになっているのだ。

2016年にエランドール賞・新人賞を受賞した際の土屋太鳳 写真:アフロ

可憐な声と強く凛々しい声を持つ土屋太鳳

土屋太鳳がいくつもの声を持っている、というのは彼女のファンなら知っていたと思う。

テレビのバラエティ番組などに出演する時、彼女の声は高い。売れっ子女優になっても腰が低く相手を立てる謙虚な性格もあるのだろう、常に笑顔で小鳥が囀るような可愛らしい声は土屋太鳳の魅力のひとつだ。だが、そうしたバラエティ番組しか知らない視聴者には、時に土屋太鳳は誤解され、バッシングを受けることもあった 。規模の小さなネガティブ投票で「同性に嫌われる」と書いた週刊誌もある。

都心でロケに臨む土屋太鳳。『FRIDAY』2019年5月24日号より

だが、実のところ土屋太鳳は同世代の若手女優のなかでも極めて同性のファンが多い、女性に強く支持される女優である。ファンクラブイベントや試写会でも彼女のファンの女性率は高い。それは土屋太鳳が映画や舞台でしか見せることのない、強く凛々しい声を女性ファンが知っているからだ。

松浦だるまの漫画原作を映画化した『累 -かさね-』で彼女は芳根京子と2人で人格を入れ替える演技を見せ、浦沢直樹×手塚治虫『プルートゥ PLUTO』の舞台版ではウランとヘレナという一人二役を演じ、どちらも高い評価を受けている。それは土屋太鳳が世間に知られる可憐な声のほかにもうひとつ、太く美しい低音の声を持っているからこそ可能な演技だった。

舞台『プルートゥ PLUTO』(2018年)より 写真:Shutterstock/アフロ

今まで別の人格を演じ分けるために使ってきたその声の高低を、この『ローマの休日』で土屋太鳳は1人の人格の中での変化、アン王女の成長を表現するために見事にコントロールし、使い分けている。舞台の序盤で見せる声が子どものように高く無邪気であるほど、クライマックスの記者会見で見せる王女としての威厳ある凛々しい声は「成長による変化」として際立つ。

そしてこれは『ローマの休日』という物語の隠されたもうひとつのテーマでもある。

「自立」というテーマを見事に射抜いた東宝版

あまりにオードリーが可憐だったために「24時間の恋」という側面ばかりが人々の記憶に残ってしまうが、アン王女がローマで出会うのはハンサムな新聞記者だけではない。

アン王女はそこで市井の人々、金を持たない自分に無償で一輪だけ花をサービスしてくれる花屋、喧嘩ばかりだが気のいい大家夫婦、店を壊されたのに「結婚式の途中」と嘘をつくと心から祝福してくれる心優しい市民たちに出会い、そしてその記憶を胸に「王族の義務」を果たすべく城に戻っていくのである。

映画『ローマの休日』より。 (C)AF Archive/Mary Evans Pictuer Library/共同通信イメージズ

お飾りのお人形として文字通りの外交辞令を丸暗記で述べるだけだった序盤のアン王女が、自由を求める逸脱の旅で名もなき民衆に出会い、そして自分自身が何者であるかを知り、女性政治家として世界を動かしていくために王女という職業を選び直し、一度は逃げ出した王の城に戻っていく。

それが1953年当時、レッドパージ――いわゆる「赤狩り」と呼ばれた共産主義者追放運動により ハリウッドを追われていたダルトン・トランボが、友人の名を借りて書いた『ローマの休日』の影のストーリーである。

王子が城を追われ、流浪の果てに真の王となって帰還する物語を「貴種流離譚」と呼ぶのだが、これはアン王女というプリンセスを主人公にした、女の子のための貴種流離譚なのだ。22年前、日本のスタッフが作り上げた東宝版の『ローマの休日』は、そのアン王女の自立というもうひとつのテーマを見事に射抜いている。

「最も心に残った都市はローマです」側近の助言を遮り、自分の言葉でそう答えるアン王女の映画史に残る名場面は、彼女の成長の象徴である。東宝版ミュージカルでその名場面を演じる土屋太鳳の声は、テレビ視聴者の多くがまだ知らない力強い美しさに満ちている。

子どものころから修練を積んできたバレエや日本舞踊、今も多忙な芸能活動と両立して日本女子体育大学で舞踊学を学ぶその身体スキルは、舞台でも美しい王女の所作に生かされている。

対照的な土屋太鳳と朝夏まなと Wキャストの醍醐味

土屋太鳳の熱演に心が動き、Wキャストの朝夏まなと版もぜひ見たいと観劇した。元宝塚男役のスターが演じるこちらは土屋太鳳とは対照的に、「いかに序盤に幼く可憐なアン王女を演じるか」の部分に見事な演技力を感じた。

172cm、たいていの男性共演者に並ぶどころか追い抜いてしまうスーパーモデルのようなスタイルだが、序盤は動作の演技力でそれをしなやかに美しく見せ、そしてクライマックスでは宝塚の本領、威風堂々のアン王女に成長する。

土屋太鳳と朝夏まなと、スタイルとしては対照的な二人がそれぞれに優れた演技力で同じ1つの答えに近づく比較も、Wキャストの醍醐味だろう。

元宝塚歌劇団宙組トップスターの朝夏まなと(写真は2017年11月に行われた退団公演以前に撮影されたもの)。退団後は舞台やコンサートを中心に活躍している 写真:共同通信イメージズ

もちろん、土屋太鳳や朝夏まなとのはるか上には大地真央という偉大な先達が輝いている。

土屋太鳳がパンフレットの中でも「自分の声はコンプレックスだ、ダンスと同じくらい声の練習もしてくればよかった」とあえて正直に語る通り、(聞いていて下手とは感じなかったが)歌唱力など自分の中での課題はまだまだあるのだろう。朝夏まなとも土屋太鳳も、40代でアン王女を演じ演劇賞を受けた1998年の大地真央よりはるかにまだ若いのだ。

そうした若い2人のWキャストを、22年前と同じく斉藤由貴が作詞を担当するミュージカルナンバーが鼓舞するように包んでいる。舞台は初日からの好評に客足は伸び、帝国劇場での公演は28日まで。帝国劇場の公演の後は、年末から来年にかけて愛知や福岡での全国公演も予定される。今後末長く活躍する土屋太鳳の代表作の一つとして数えられる舞台になるだろう。

小鳥のように可憐な声で囀る土屋太鳳の声が、鳳凰のように威厳ある王女の声に変化するまで、休憩時間30分をはさむ約3時間の上演時間は、夜明けの空が鮮やかに色を変えるように、息をのむほど美しいひとときである。

  • CDB(ライター)

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  • 写真共同通信イメージズ、アフロ撮影西 圭介(ロケ現場)

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