ウサギ用ケージに3ヵ月監禁…3歳の息子を虐待死させた両親の素性 | FRIDAYデジタル

ウサギ用ケージに3ヵ月監禁…3歳の息子を虐待死させた両親の素性

ノンフィクション作家・石井光太が凶悪事件の深層に迫る。衝撃ルポ 第1回

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事件前、警察に捕まった忍宛てに朋美が送った手紙(内容は加工してぼかしています)

足立区のアパートで、両親は3歳の息子を3ヵ月にわたって、小さなウサギ用ケージに閉じ込めて暴行した。息子が口から泡を吹いて死亡すると、家族で遺体を埋めに行き、翌日には、みんなで東京ディズニーランドへ遊びに出掛けた。彼らの生活費はすべて生活保護から出ていた――。

コロナ禍で、家庭がより密室化されたことで、日本では虐待が増加したと言われている。また、コロナ禍によって未成年の自殺件数も上昇している。(2019年度の児童相談所に対する相談件数は、歴代最多の19万件。虐待の内訳は、「身体的虐待」が4万9240件=25.4パーセント、「育児放棄」が3万3345件=17.2パーセント、「性的虐待」が2077件=1.1パーセント)

これだけ虐待問題がニュースになりながら、どんな親たちが子供を殺したのかはほとんど知られていない。だが、虐待を考えるには、親に目を向けることも欠かせないだろう。親がわが子を殺した事件を追ったルポ『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』(新潮文庫)でも描かれた、2013年3月に起きた冒頭の足立区の事件について紹介したい。

********************

3歳の息子を殺した、父親の皆川忍(事件当時30歳)の過去から見ていきたい。

忍は、物心ついた時には児童養護施設で暮らしていた。原因は母親の育児放棄だった。母親の亜佐美(仮名)は、幼少期の頃から素行が悪くて有名で、都内の中学を卒業後は水商売の世界へ。18歳で長男の忍を生んだものの、すぐにキャバレーの仕事にもどって忍を放ったらかしにした。

実家の親が見るに見かねて忍を乳児院へ入れた後も、亜佐美は立て続けに4人の娘を出産した。彼女は育てる意志がまったくなく、出産前から乳児院に子供を預ける予約をし、退院と同時に手放した。育児放棄された5人の子供は、全員が乳児院から児童養護施設へと送られた。

亜佐美は育児だけでなく、生活も崩壊していた。毎晩のように浴びるように酒を飲み、筋の悪い男たちと付き合った。施設の面会をすっぽかすくせに、突然やってきて子供の一人を引っ張りだして夜の街を連れ回す。子供が施設からもらうお小遣いを取り上げ、飽きたらまた放ったらかしにする。子供たちが成長してからは、バイト代まで奪い取った。施設の職員はそんな亜佐美のことを「モンスター」と呼んだ。

忍は中学を卒業した後、施設を出て亜佐美のアパートで暮らすようになった。この頃、彼女はソープランドで働いており、肉体関係を持つ男が周りにたくさんいた。忍は母親の性的な部分を見せつけられ、生活費を名目に金を搾取されていたようだ。そしてバイトを転々とした後、足立区にあったホストクラブで働きだす。

シングルマザーで5人を出産

朋美が玲空斗君の遺体を流したと話した東京・足立区の荒川

一方、忍の妻である朋美(事件当時27歳)も、別の「モンスター」に育てられた女性だった。

母親は小百合(仮名)といった。彼女は都内の高校を中退後、ホステスの道に。夜の仕事が終わってからは毎晩のようにホストクラブに通って散財した。

そんな中で、お気に入りのホストとの間にできたのが朋美だった。彼女は未婚のまま朋美を出産。その後も出会った男と次々に関係を持っては、シングルマザーのまま5人の子供を産んだ。

小百合は子供たちを施設に預けることはなかったが、生活は破たんしていた。いろんな男を家に引っ張り込み、近隣住民とはケンカばかり。数年おきに引っ越しを余儀なくされ、朋美は4歳、6歳、8歳、12歳、14歳と中学卒業までに5回も転校して、友人と呼べる友人もいなかった。

その後、朋美は単位制高校を中退。水商売の世界に入った。間もなく客(22歳年上で妻子持ち)の子供を身ごもり、母親同様に未婚で出産。産後すぐにホステスに復帰し、母親の小百合とともにホストクラブへ通う。その店で知り合ったのが、忍だったのである。

忍と朋美は知り合って1ヵ月も経たないうちに同棲を開始した。ここから2人は毎年のように子供をつくっていく。長女の他、2008年には長男、09年には事件の被害者の次男・玲空斗君、10年には次女と生まれた。朋美は出産について裁判で次のように語っている。

「(多産については)別になんも考えていませんでした。うちも、夫の家も5人兄弟だったから、別に多いとも思わなかった」

生活のことも考えていなかったようだ。忍は結婚後に運送会社で派遣社員として働きだすものの、給料だけで生計を立てていけず、万引きや詐欺といった犯罪に手を染める。粉ミルクまで万引きしていた。

家の中も異常だった。夫婦は動物好きを自称して方々で犬や猫を拾ってきて、その数は常時10~20匹に及んだ。だが、飼育が苦手で、床は糞尿まみれでエサもやらず、ペットたちは次々に飢え死にしていく。夫婦はペットが死ぬ度に、近所の荒川に捨てていた。

こんな夫婦がまともな子育てをできるはずもなく、しつけと称して暴力をふるった。中でもターゲットとなったのが、次男の玲空斗と、1歳違いの次女だ。当時、1、2歳の彼らはイヤイヤ期もあって言うことを聞かず、騒いだり、食べ物を勝手に食べたりした。2人は玲空斗たちに激しい暴力をふるった。

通報によって、当時住んでいた埼玉県草加市の家に児童相談所の職員がやってくるようになる。玲空斗を一時保護し、生活保護を受けて生活を立て直すように指示した。

「しつけのためにやった」

それ以降、忍と朋美は仕事をせず、生活保護に頼って生きるようになった。受給額は子供の人数によって加算されるため、相当の金額が支払われていたと思われる。相変わらず万引きで生活費を浮かしていたため、ほぼ毎日、すし等の出前か外食という生活だった。

2012年、忍と朋美は児童相談所の監視から逃げるように、東京都足立区のアパートへ引っ越す。

足立区のアパートでも、夫婦は玲空斗と次女に対して虐待をくり返していた。足立区の児童相談所が引継ぎを受けて家庭訪問をしたが、生存確認できたのは2回だけだった。朋美が体調不良を理由に家庭訪問を拒否したり、子供の代わりに布団にマネキンを寝かしてごまかしたりしたためだ。

こうした中で事件は起こる。忍と朋美は言うことを聞かない玲空斗をウサギ用ケージに閉じ込め、次女を犬用のリードにつなげて自由を奪った。ケージの中では身動きさえできない姿勢を強いられた。

なぜそんなことをしたのか。忍は裁判で次のように語った。

「うるさいから。しつけのためにやった。別におかしいとは思わなかった。ご飯もあげていたし、一日に一度は(ケージの)外に出していたから平気だと思った」

忍にせよ、朋美にせよ、虐待という認識がまるでなかった。彼らにしてみれば、ウサギや犬をケージに入れるような感覚で、子供にもそうしただけなのだ。

こうした歪んだ性格は、親譲りなのだろう。モンスターと呼ばれた母親たちも、彼らのことをペットのようにしか扱っていなかった。だからこそ、彼らも親になった時、子供たちを「愛している」と言いながら、ペット同然の扱いしかしなかったのだ。

事件が起きたのは、2013年3月3日。この頃、玲空斗はウサギ用ケージに3ヵ月ほど閉じ込められており、体はやせ細り、足の筋肉が落ちて歩けない状態だった。

前夜、忍らは玲空斗らを置いてしゃぶしゃぶを食べに行った。帰宅した後、妊娠中の朋美は床に就き、忍は玲空斗にすいとんを食べさせてから眠った。

深夜2時頃、ケージにいた玲空斗が「あー!」と叫び声を上げた。忍は注意をしたが、叫ぶのを止めないため、「嫌がらせをしている」と考え、玲空斗の口をタオルでしばった。ようやく静かになったので、忍は再び眠りについた。

翌朝の6時過ぎに忍が目を覚ますと、ケージの中で玲空斗が泡を吹いて死んでいた。無理な姿勢を取らされた上、タオルで口をふさがれたことで窒息したのだろう。朋美はそれを知って玲空斗を浴室に運んで水シャワーを浴びせかけた。そうすれば蘇生すると思ったのだ。だが、玲空斗が目を開けることはなかった。忍と朋美はこう話し合った。

「救急車を呼べば、児童相談所が来て虐待とされて捕まる。そうなれば家族がバラバラになる。自分たちで玲空斗を埋めよう」

2人は、玲空斗を気に入っていた洋服に着替えさせ、オムツの段ボールでつくった「お棺」に入れた。そして、「自然が好きだった」という理由で山梨県の山中に埋めることにした。他の子供たちもついて行って、山中で土掘りをし、一緒に手を合わせて埋めた。

(この山中からは遺体が見つかっておらず、朋美のほうは「(犬や猫の死骸を捨てていた)荒川に流した」と別の証言をしている)

そして冒頭に述べたように、2人はこの翌日に子供たちを連れて、東京ディズニーランドへ遊びに行ったのである。朋美のお腹には新しい子供が宿っていた。

こう見ていくと、モンスター親に育てられた子供たちが、歪められた人格のまま親になったことがわかる。忍と朋美は、「幸せな家庭」を築いたつもりだったが、20匹近いペットが次々と餓死する中で子供たちは育てられていた。親の「しつけ」はまぎれもない虐待だ。忍はこう言っていた。

「子供のことは宝だと思っていました。何で死んだのか、今でもよくわかりません」

驚くべきことに、朋美もまったく同じことを語った。自分たちは子供をちゃんと育てていたし、死ぬようなことはしていない、と。2人は本気でそう思っていたのか。幼少期から忍を知る人物は次のように語る。

「本気だと思いますよ。彼は幼い頃からずっとそんな感じでした。自分がおかしいとは思ってないんです。母親の影響でいろんな常識がねじ曲がってしまい、そのまま大人になったんでしょうね」

詳しくは拙著『「鬼畜」の家』を読んでいただきたいが、虐待親の中には、こういう歪んだ常識にもとづいた「育児」によって、死にいたらしめたというケースも少なくない。

こういう家庭があるからこそ、児童相談所や学校、それに地域と結びついている必要があるのだが、コロナ禍ではそれもなかなか難しい。せめてこうした事例から、支援のあり方をもう一度考えていければと願う。

  • 取材・文石井光太

    77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『「鬼畜」の家ーーわが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『絶対貧困』『レンタルチャイルド』『浮浪児1945-』などがある。

  • 写真共同通信社

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