暴力をふるう毒親と縁を切った漫画家の「壮絶人生」

『おかあさんといっしょがつらかった』作者にインタビュー

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新型コロナウイルスにより生活が一変した昨今。大切な人とも容易に会えない非常事態のなか、「絆」や「つながり」といったものを意識する機会が多くなった気がする。しかしこの世の中には、切れてしまってもいい、むしろ切れてしまったほうが良い「つながり」だって、確かに存在しているのではないだろうか。

漫画家・彩野(さいの)たまこ氏による『おかあさんといっしょがつらかった』は、「毒親」だった母との日々をつづった衝撃的なエッセイ漫画だ。

子供に罵詈雑言を浴びせ、宗教を妄信し、「アナタは天使の子よ」と上機嫌で言ったかと思うと、その何分か後には「このバカ!」と怒鳴り散らして暴力を振るう。そんな母に振り回されながら育った彩野氏は、長い年月をかけてようやく「母のことが大嫌い」だと心から言いきれるようになったという。

自身の壮絶な過去を描ききった彩野氏に、単行本発売を記念してインタビューを行った。

「私がバカだからお母さんのことを理解できないんだな」

――『おかあさんといっしょがつらかった』(※以下「本作」)の連載のきっかけは?

「前作(※元カレからのデートDVを描いたエッセイ漫画『Vくんと私~彼氏からデートDVを受けていた4年間~』)も担当してくれた編集さんから執筆を提案されたのですが、「こんな自分の暗い過去を読みたい人がいるのか?」と躊躇する気持ちが大きく……悩みながら話し合いを進めていました。

でも、これまでも私の家庭環境について興味を持つ友人や知人はいたので、まとめて伝えられる良い機会なのかもしれない、と前向きに取り組んでみることにしたんです。描いている最中も悩みは尽きませんでしたし、つらかった回もありましたが、こうして実際に漫画にしたことで『そうか、自分は母の人格を知ってもらいたかったんだ』と連載の途中で気が付きました」(彩野たまこ氏 以下同)

父、母、兄、弟、母方の祖父母と暮らしていた彩野さん。ピアノ教室の先生だった母は、生徒には優しいのに、家族相手には怒鳴り散らし、事あるごとに暴力を振るった/『おかあさんといっしょがつらかった』より

――本作では彩野さんの壮絶な幼少期が描かれていますが、当時の彩野さんの心境や、自分の家庭についてどう思っていたのかを教えてください

私は物心ついた時から母に『アンタはバカな子』と言われ続けていたので、『自分はバカで、どんな人間よりも劣っているんだな』と自然にそう思うようになり、自己肯定感というものが全く存在しませんでした。自分にとってこういう家が当たり前だったので、たとえば友達の家を羨んだり、誰かを羨んだりということは一切なかったです。

むしろ、テレビで遠い国の子供の貧困にまつわるニュースなどを見るたびに、『私は屋根のある家があってご飯が食べられて、恵まれた環境にいるんだな。贅沢なんて言っちゃいけないんだな』と考えていました。これは母から『そういう恵まれない子を保護しなくちゃいけない』と教えられていたからだと思います。

誰かに何かをしたいという思いは決して悪いものではないと思うのですが、今思うと、母は自分自身のこともままならないのだから、まずは一番身近な家庭内のことをしっかりしてほしかったなぁ……と思います(笑)」

「バカな子」「ろくでもない子」と彩野さんにつらく当たるのが常の母だったが、入信している新興宗教のセミナーに行った直後は嘘のように優しくなった/『おかあさんといっしょがつらかった』より

――作中の母親に関するエピソードは凄絶なものばかりでしたが、使用済みの生理用品を家のなかに放置して、それを「たまこがやった」と彩野さんになすりつけるのがあまりにもわけがわからず、強烈でした

「本当に意味がわからないですよね。担当編集さんにも『なぜ!?』と聞かれたんですが『私が知りたいです……』と言うことしかできず……。

母はああいった意味不明なことをしょっちゅうしていたので、その度に子供である自分は『お母さんはなぜああいうことをしたんだろう?本当にいくら考えてもわからない』とずっと悩み続けることになってしまって。それで結局『私がバカだからお母さんのことを理解できないんだな』というところに落ち着いてしまっていました。

ああいう人格の母でしたので、動機はわりとシンプルだったかもしれないんですが……答えは母本人にしかわからないですね」

衝撃の1ページ。「たまこが脱ぎっぱなしにした」とウソをつく母のことが、小学生の彩野さんにはますますわからなくなっていった/『おかあさんといっしょがつらかった』より

「自分は親不孝ものだ」という罪悪感から、「大嫌い」と言えるようになるまで

――作中では、母親の幼少期や過去についても描かれていますね。読者のなかには、彩野さんの祖父母による育て方に問題があったのでは、と感じる人もいるのではないかと思います。彩野さんはこれについてどう考えていますか?

「なぜそういうふうに育ったかについては、考え始めるとキリがない。これに気付くのにも時間がかかりました。

母は母で、色々なことがあったんだとは思います。『私は本当はもっと素晴らしいのに、こんな目にあっていてつらくてかわいそう』と現状に対する不満ばかり言っていました。『どうしてお母さんはこんなに不幸だって言っているんだろう?』と私は物心ついた時からずっとそれを理解しようと頑張っていたのですが、結局無理でした。

考えてみれば当然のことですよね。人ひとりが何を考えているのかなんて完璧にはわかりません。不幸のさじ加減も母にしかわかりません。だけど今考えると、母は自分が幼少期に経験できなかった『完璧な家庭や子育て』というのを実現したかったのではないかと思います。

2月10日発売の『おかあさんといっしょがつらかった』(著・彩野たまこ/講談社)。『惡の華』『血の轍』などで知られる漫画家・押見修造氏も本作に賞賛の声を寄せている

それで思い通りにならないとすぐにお皿や家具を壊し、『父と結婚したことは完全に間違いだった。宗教を理解しない家族は全員バカだ。私はかわいそうだ』と怒鳴り、かと思うと急に慈しむ目で見てきて『生まれてきてくれてありがとう』と言い出して……。どちらも本心だったとは思いますが、常に理想と現実のはざまで葛藤していた気がします。

ただ、悩み苦しみ一生懸命生きてるのはどんな人も同じだと思うので、うちの場合はやっぱり、『自分が一番かわいそうで、被害者だ』と最後まで主張して譲らなかった母自身に原因があったと思います」

セミナーの直後は上機嫌なのに、数時間で元に戻ってしまう母。なお、入信していた新興宗教はいわゆる「やばいもの」では決してなかったと彩野さんは念を押す/『おかあさんといっしょがつらかった』より

――そんな母親なのに、彩野さんのために天むすをお弁当に作ってくれる話が、やりきれなくて切なかったです。子供時代の彩野さんにとって「お母さん」は「お母さん」であり、やっぱりどうしても嫌いにはなれなかったのでしょうか

「そうなんですよね。親や家族という枷は簡単に外せないものです。中途半端に優しくしてもらった記憶が引き立つので、『母を好きになれないなんて、自分は親不孝ものだ』と罪悪感が膨らむばかりでした。家族関係に悩む方も、ここが一番苦しい所だと思います。

でも幼少期からこういった環境にいると、倫理観が多少マヒしてきます(笑)。今は心から『大嫌い』と言えます。こう言えるようになるまで本当に長い長い年月がかかりました。

作中でも描いたのですが、弟を殺しかけるほど母の癇癪がすさまじかった時期、防衛本能からか記憶がたびたび飛んでいて。そのお陰でわりと母のことを忘れかけているので、無理に掘り起こそうとさえしなければ平気みたいです。『あ、母のことを考えないだけで、こんなに生きるのが楽なんだ!』と今は感動しています」

「お弁当なんて用意してくれるはずがない」という彩野さんの予想に反し、部活の大会の日に天むすを作ってくれた母。こういった優しい記憶がふとした時に流れ込み、少し苦しくなるという /『おかあさんといっしょがつらかった』より

「おかあさんといっしょ」の恐怖と、母との決別

――自分も母親と同じなのでは、あんなふうになってしまうのでは、と「血の繋がり」に恐怖する姿も作中で描かれていますよね。そんな彩野さんに「たまこはたまこだよ」と言ってくれた夫のけんさんの存在は、彩野さんにとってやはり大きかったのでしょうか

「そうですね。けんさんは私からすると『ちゃんとした家庭でちゃんと育った人』です。人は一人一人違う存在だということを理解しており、自分の考えを押し付けることは一切しません。漫画を描いていて私が不安定になった時も『大丈夫? 無理しないでね』と声をかけてくれて、とにかく聞きに徹してくれます。根っこに『個』というものがちゃんとある人です。

なので、彼の言う『たまこはたまこだよ』はすごく説得力があり、私を助けてくれます。でも勿論、けんさんも一人の人間なので、私が助ける側になる時だってあります。お互いを支えあうってこういうことなんだなあと、実家にいた時は知りえなかったことを経験させてもらっています」

同級生がなにげなく口にした一言が、彩野さんの心に突き刺さる。本作のタイトルについて、最も考えさせられるシーンである/『おかあさんといっしょがつらかった』より

――最終話では彩野さんたち家族と母親との決別が描かれましたが、本作を描き上げた今、彩野さんが思う「家族」について聞かせてください

「母と決別した時から家族観に一区切りついたこともあり、あくまで私の場合ですが、『血のつながり』も『家族』という枠にも無理にこだわらなくて良いんじゃないかと思っています。

もちろんそれが大切だという方もいらっしゃいますし、それはそれで本当に素敵なことだと思います。だけど、それに違和感を感じる方や苦しんでいる方がいらっしゃるなら、『無理はしないでいいと思いますよ』と一声かけたくなってしまいます。人間は一人一人が違う生き物なので」

実家から離れ、けんさんという理解者とともに歩む彩野さんに届いた一通のメール。長い長い年月をかけ、彩野さんたち家族が下した決断とは――/『おかあさんといっしょがつらかった』より

虐待やネグレクトの問題が日々報じられ、「毒親」という言葉もいまや一般的になった。しかし、家庭という閉じられたコミュニティのなかで、実際に何が起こっているのか、外部の人間が正しく理解するのは困難だ。

もし今、「親子なんだから」「家族なんだから」という言葉に苦しめられている人がいたら、本作を一度読んでみてほしい。同時に、「親子なんだから」「家族なんだから」と誰かに言い聞かせたことのある人にも。「よそはよそ、うちはうち」という言葉があるが、家族の形も、幸せの形も千差万別、人それぞれだ。

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『おかあさんといっしょがつらかった』 第1話「この悪魔の子!!」公開中

  • 取材・文棚田ハル

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