「4大会連続五輪」出場に挑む入江陵介が達した境地 | FRIDAYデジタル

「4大会連続五輪」出場に挑む入江陵介が達した境地

~本当に開催できるのか 東京五輪とコロナの狭間で揺れるエースたち ~ 最終回 競泳・入江陵介

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4大会連続の五輪出場を目指す競泳・入江陵介(写真:共同通信)

2月3日から7日、競泳・ジャパンオープンが開催された。4大会連続の五輪出場を目指す入江陵介は、出場した100メートル、200メートル背泳ぎの両方で五輪派遣標準記録を突破し優勝、4月の日本選手権に向け弾みをつけた。

東京五輪の延期が発表された昨年3月25日は、4月2日に始まるはずだった五輪代表選考会を兼ねた水泳日本選手権を間近に控えた時期だった。それからの約一年間をどのように捉えているのだろうかと入江に尋ねると、言葉を選びながらゆっくりと話し出した。

「うーん……、きっといろんな人がばたばたした一年だったと思います。僕自身も本当であれば今頃、オリンピックも終わって、ゆっくりしてたのかなとは思います。正直、延期が発表されたときはちょっと悲しい思いがありました。

僕自身、2020年に入ってから調子が比較的よくて、オリンピックを楽しみにしている部分があったので。でも、世界のニュースを見たり、海外の選手の様子をSNSを通して見ているとそもそも泳げていなかったりしてしました。海外のロックダウンだと本当に家から外にも出れない状況でした。日本は外に出ること自体は支障なかったかと思いますが、海外の様子を見ていると今年(2020年)はオリンピックをやるべきではないなと、素直に思いました」

とはいえ、入江は2013年に東京五輪招致活動にも関わっており、いち選手として参加した過去3大会とは少し違う種類の思いも東京に対して持っていた。また、不本意な結果に終わったリオ五輪後、あらためて東京を目指すことを決め、拠点をアメリカに移し3シーズン戦い2019年秋に帰国、と時間をかけて準備を行ってきた。その上で迎える4年に一度の大舞台の延期をそんなに簡単に受け入れられるものなのか。

「飲み込めましたね、意外と。延期決定の直後は(本来の時期に)やりたかったなーと思いましたが。僕自身海外に友達も多いので、やはり彼らとやりとりしてても、みんな本当にまず日々の生活が大変そうだったので。それを見てると、自分がオリンピックをやりたいやりたいっていうのはおかしいかなと思うようになりました」

生活はさほど時間がかからないうちに平穏を取り戻した。だがアスリートとしては、五輪本番だけでなく多くの大会が延期や中止になったことで、それまでとは違う難しさを抱えることになった。

「(昨年3月の緊急事態宣言の)直後は大変でしたが落ち着いたあとは練習もできるようになりました。でも、大会がなくなっていくということが一番アスリートにとっては大きく、目標ができなかったりしました。毎日泳いでいても大会がないので、どこに向かって、調整、チャレンジしていったらいいかというのがなくなって。モチベーションという部分では、非常に難しい年ではありました」

2013年、五輪開催都市が東京に決定した時、入江は東京招致団としてアルゼンチン・ブエノスアイレスの会場にいた。中央がフェンシングの太田雄貴選手(当時、現同協会会長)と千田健太選手(写真:共同通信)

入江ほど長く競技を続け、結果を出してきた選手であっても、モチベーションの維持や向上が難しい期間。どのように乗り越えてきたのか。

「モチベーションはキープというか “無”ですね。“無”になることが多かったですね。練習に対して何かを思うのではなくて、目の前にある練習をしっかりこなすという風にやってました。気持ちが入らないことはもちろんありましたけど、やり続けることはもちろん大事だし、練習ができること自体がやっぱりありがたいことで、環境があるのにやらないというのが一番ダメだなという気持ちもありました」

本来スポットライトを浴びていたかもしれない一年、五輪への逆風も強くなった。選手であれば、耳を塞ぎたくなるような情報も入江は冷静に受け止めた。その上で咀嚼し、自分たちの存在について考えたという。

「大きな心境の変化は特には正直ないんですけど……、オリンピックの価値が問われていたりしますよね。本当にオリンピックって必要なの?という感じになってると思うんです、世の中的には。中でもアマチュアスポーツ選手である僕たちは、結局なんのために泳いでるのかと聞かれたら、答えるのは難しかったりしますし、強化に税金が使われてるとか言われることももちろんあります。そういった中で自分自身になんのために泳いでるんだろうって問いかける時間は多かったかなと思います」

問いかけ続けて導き出された答えは、スイマーとして根元的なものだった。

「根本、自分はやっぱ水泳が好きだし、泳ぐのが好きだし、海外にいっていろんな選手と競い合うのも好きだし、っていうのが結局一番かなと思ってます」

自分が泳ぐのが好きというところに立ち返った結果、東京五輪までと考えていた現役生活ももう少しフレキシブルに捉えている。

「(これまでは)負けず嫌いだったんです。でも今は単純に、純粋に水泳が好きだし、まだまだできるんじゃないかという、自分自身に期待できるようになってきてるのかなと思います。まだできるなとか、まだ世界で戦いたいなといううちは、続けてもいいのかなという気持ちです。

五輪がおわったあとにもういいっていう気持ちになるかもしれないですし、それはもう自分の感情に嘘をつかずに決めたいと思っています。今の目標は東京オリンピックなので、まずはそこまでしっかりやって。そのあとは終わってみないとわからないと思います」

まずは東京五輪。だが、そこで自分に求めるのは結果だけではない。

「自分自身、前回大会メダルを取ることができなかったのでメダルを取りたいという気持ちはすごく強いです。でもそれよりもしっかりやりきりたいなと。後悔なく、100パーセントやりきりましたと言えるようなレースをしたい。

いままでのレースはやりきれてない方が多いですね。自分を出しきれて結果を真に受けられたのは、ロンドンオリンピックでした。金メダルではなかったのですが、胸を張って銀メダルをとれたと言えた瞬間だったので、そういうレースをもう一度したいなと思います」

入江が、自分自身を見つめ、競技について考えたどり着いた境地はシンプルで本質的だ。

実際のところ、東京五輪開催は新型コロナの感染状況によって大きく左右されるだろう。それ自体は致し方のないことだが、選手たちのここまでの頑張りがかき消されてしまうような周囲のつまらない騒動を見せられると胸が痛む。

オリンピックは本当に必要なのか、何のために、誰のため、なぜ今東京で?選手たちは想像以上に自問自答した上で競技に臨んでいる。我々も、たとえ答えにたどり着くのは難しくてもコロナ禍のおさまらぬ今、あらためて考えてみることは決して無駄ではないのではないだろうか。

入江本人が納得がいった、というレースのひとつがロンドン五輪。この時の心境をもう一度、味わえるだろうか(写真:共同通信)
  • 取材・文了戒美子

    1975年、埼玉県生まれ。日本女子大学文学部史学科卒。01年よりサッカーの取材を開始し、03年ワールドユース(現・U-20W杯)UAE大会取材をきっかけにライターに転身。サッカーW杯4大会、夏季オリンピック3大会を現地取材。11年3月11日からドイツ・デュッセルドルフ在住。2019年に「内田篤人 悲痛と希望の3144日」(講談社)を出版

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