「ポジティブシンキングはいらない」勝みなみ 1億稼ぐプロの思考
短期集中連載 安福一貴の「女子プロゴルフ界 プロフェッショナルトーク」 第1回
提供:カーセブン
<「何度も練習してようやく1回うまく打てた」というのは、「失敗する確率がすごく高い」ってことじゃないですか。
だったら、その場所にボールが行かないようにすればいいんです。そのほうが絶対にいいスコアで回れる。いいゴルフができる。そういう考えでやってます。>
「億稼ぐプロ」の考え方
2020年の段階で、女子プロゴルファーの人数は1167人。これはプロ野球選手(約900人)よりもやや多く、Jリーガー(1620人)よりも少ない数字だ。
しかし、ニュースなどで目にする大会(ツアー)の出場権を得られる賞金シード選手は、たった50人しかいない。そして、彼女たちの平均年齢は26.3歳だ。 結果を出せば稼げるし、大きな注目を浴び続ける華やかな世界。だが、第一線で活躍できる枠も時間も少ない。シーズン中は、日本全国を転戦するハードな日々を送りながらも、“賞金ゼロ”の選手だって多いのだ。
そんな過酷な女子プロゴルフ界を生き抜くトッププロの「強さの秘訣」はどこにあるのか。トップアスリートのトレーナーとして活躍している安福一貴氏が話を聞いた。
安福氏は成田美寿々ら女子プロゴルファーだけでなく、高橋由伸、片岡治大といったプロ野球選手、格闘家、陸上選手などあらゆるスポーツ選手を指導してきた経験を持つ。まさにアスリートの強さの秘訣を知っている人物だ。
今回登場するのは、勝みなみ選手。いま、女子ゴルフ界を席巻している1998年度生まれの「黄金世代」のひとりである。渋野日向子や畑岡奈紗、原英莉花ら、そうそうたる顔ぶれがそろう中、勝選手は15歳でツアー優勝を成し遂げた後、ずっと世代の先頭を走ってきた。
そんな彼女を支え続けているのは、メンタルに左右されない思考法だった——。
22歳の「引き算の天才」
まだ高校一年生のアマチュアだった勝みなみがツアー初優勝をはたした2014年の『バンテリンレディスオープン』。強気にパッティングする姿が印象的だった。
快挙に拍手を送りながらも、プロアスリートのトレーナーとして仕事をしている私は、<将来、仕事として賞金を稼ぐプロになったとき、彼女は同じようにパットを打つことができるのか>という視点で彼女を見ていた。
正直に言えば、<プロになったら、きっと打てなくなるだろう>と思っていた。プレッシャーに負けてしまうプロをこれまで何人も見てきたからだ。しかし、あれから7年、彼女のプレーは変わらなかった。
プロ転向後も順調に結果を出して現在ツアー4勝。弱冠20歳にして「黄金世代」のトップをきって生涯獲得賞金1億円を突破した。まさに世代の旗手でありつづけているにもかかわらず、彼女が結果を出し続けることができるのはなぜか。
勝みなみはどうやら22歳にして、思考法というのか哲学というのか、勝つための方法を確立しているようなのである。
私は彼女を「引き算の天才」と名付けたい。
無理にポジティブになろうとしない
「成績が出なかったら『クソー』と思うし、悔しい。だけど、やめようと思ったことは本当に1回もないです。なんでですかね……。なにが楽しいかわからないですけど……。とにかく、もうゴルフの面白さにどっぷりハマっているので。抜けられないですね!」
勝みなみはインタビュー中も終始ほがらかで、言葉も表情もずっとナチュラルだった。だが、「自然体でいること」は簡単ではない。
なぜならゴルフは「メンタルスポーツ」とよく言われる通り、メンタルが成績に与える影響が大きいスポーツだからだ。しかし、勝みなみはこう話す。
「無理にポジティブになろうなろうとする人はたしかにいますね。
でも、私はそういうふうに思うと、すごく疲れてきちゃうんですよね」
失敗したらあきらめる
そう聞いて、思い出すシーンがあった。
昨年の『富士通レディース2020』の練習ラウンド。トレーナー契約をしているプロ・小倉ひまわりのキャディとして帯同し、勝みなみとコースを回ったときのことだ。
場面は11番ホール、グリーン周りでのアプローチ練習。各選手が気になる場所に立って練習するのだが、勝みなみは左奥から球を上げた。しかし、
もう1球、打つ。またグリーンに乗らない。3球、4球、5球……すべて失敗。すると、彼女はボールをピックアップして次のホールへと歩き出したのだ。
エッ⁉……体の動きが止まってしまった。これまでゴルフ、野球、陸上など多くのトップアスリートの姿を見てきたが、勝みなみの取った行動はありえないものだった。
普通の選手は成功するまで打つことをやめないし、やめられない。私が長年サポートしてきた通算13勝の成田美寿々だってそうだ。プロ野球のピッチャーでも、投球練習の最後に、外角低めを狙って外れれば「もう1球」と納得するまで投げ続けるものだ。
<あきらめる、という思いきり>
これは簡単そうで、決して簡単ではない。
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リスクを背負う場面を作らない
勝みなみはこう言う。
「『5回打って3回うまくいきました』だったら、『そのくらいの確率で成功するんだな』ということがわかります。
『何度も練習してようやく1回うまく打てた』というのは、『失敗する確率がすごく高い』ってことじゃないですか。
だったら、その場所にボールが行かないようにすればいいんです。そのほうが絶対にいいスコアで回れる。いいゴルフができる。そういう考えでやってます」
確率論から言えばたしかにそうなのだが、ここまであっさり割り切れるのはすごい。
<目の前の失敗を覆すことではなく、そもそもリスクを背負う場面を作らない>
そのように彼女は考えているのだ。
困ったら「適当に打ってみる」
続いて、試合でイメージ通りの打球を打てないときの切り替え方を聞いてみた。
「切り替え方は…独特かもしれないです……適当に打っちゃいます(笑)。
調子が悪いときって、だいたい考えすぎちゃっているとき。たとえばシンプルに『1・2・3のリズムで打って修正しよう』と思っても、まず『1・2・3』のテンポが気になってきます。そのうち『1・2・3』と声に出す“間”も気になりだして……。どんどんおかしな方向に行ってしまうんです。
そうなると、本当にわからなくなってくるし、最初の位置に戻れなくなっちゃう。なので、一度適当に打ってみて、また考え直します」
その適当な一打が傷口を広げるリスクもある。しかし、そこは考えない。
「あれこれハミ出しながらやり続けていると、自分の気持ちがもたなくなっちゃいますよ。なので、いったんリセットします。
そもそも練習場で考えながら打っているわけではないのに、まっすぐ飛んでいる。それならそれが、1番いいスイングなわけです。
試合に入ると力が入ったり、アドレナリンが出たりして、『試合の体』になってしまいます。すると、スイングも練習とはちょっと変わってくる。
そんなときに、たとえばリズムに気をつけて修正してみても、合わなかったりする。だったら『とりあえず適当に打ってみるか』という方法で、感覚を取り戻すというのも大事なのかなって思います」
ポジティブ・ネガティブを超越する
言うならば、彼女は<思考の管理でゴルフをする>タイプだ。
ゴルフはほかの競技に比べればフィジカルの影響は少ないのだが、一方で「いま自分はどういうボールを打つべきか」という決断のスピードが重要となる。
勝みなみは思考が整理されているから、迷いが生まれない。だから、強い。
普通はプロでも迷い、不安と戦いながらプレーしている。だからメンタルを強化しようともする。「ポジティブシンキング」という言葉をプロもよく口にする。
しかし、勝みなみはゴルフに対する考え方がすでに整理されたうえで試合に臨んでいるのだ。そもそも「ポジティブだ」「ネガティブだ」という次元とは違うところで彼女は生きている。
ライバルも気にしない またチャンスはやってくる
思考が固まっていれば、行動はシステム化される。だからプレーは安定する。外的要因に乱されることもない。
たとえば優勝争いをしているとき、相手がバーディーを取れば、プレッシャーがかかるはずだが、まったく気にならないという。
「自分もバーディーを取ればいいだけですよね。だから相手がバーディー取っても全然、『ナイッス~』という感じ(笑)。私は自分のゴルフにずっとフォーカスしていたいタイプなんです。
結局その人よりもいいスコアで回ればいいだけだし、優勝できなくても、『この週は私の週じゃなかった』って考えるだけ。またチャンスはやってくると思うので」
ラウンド中の失敗やミスも引きずることはない。
「うまくいかないのもゴルフだなって、すごく思う。失敗もあるから、うまくなるためにはどうしたらいいかを考える。ゴルフって、そういうのがすごくうまくできているんです。
たとえばコースのセッティングって、いいショットを打っても木が邪魔になるように設計されているんです。となると『じゃあ木が気にならない位置に置くには、どう打ったらいいか』を考えるようになりますよね。すると自分のスキルが上がる。そう考えていくと、ゴルフってすごく面白いなって感じるんですよね」
ミスショットをしたときには、同じ組で回る女子プロと話をして切り替えることもあるという。
「そのときも、プレーの話はしないですね。『インスタに載っていた、あの服、かわいいですね』とか『今、欲しいものある?』と聞かれて『アクセサリーが欲しいんですけど、どこで買っているんですか?』とか……。めっちゃ、普通の女子の話してます(笑)。みんな、かわいいモノが好きだから。プレー中は賞金を取り合っているライバルですけど、それ以外では仲間という意識が強いです」
迷いの種となる過去は捨てる
「思考を管理する」「切り替えが早い」などの彼女の特性は、「不要なものは捨てる」という考え方につながっている。
「技術的なことでも『これはやらない』と一度決めたら、もうやりません。部屋の中にはいらないモノ、めっちゃありますけど(笑)。ただ、いちど決めたら部屋もモノも一気にまとめて捨てちゃいますね。
そういう意味では、賞金女王とかにもこだわってないです。もちろんなってみたいです。でも、そこばかり気にしていたら自分のゴルフが見えなくなる。まず重要なのは自分の人生を楽しみたい、ってことですから」
トッププレイヤーは「勝つためにやらなければいけないこと」がたくさんある。たいていの選手は「あれをやろう、これもやらなくては」とto doリストを増やしてしまう。
しかし、本当に必要なものを見極めて、不要なものを捨てる勇気は大切だ。彼女はいま賞金女王へのこだわりも捨てている。ライバル心や失敗を引きずることも捨てている。自分が勝つために、レベルアップするために必要なことだけに打ち込んでいる。まさに“引き算の天才”だ。
「あと私、なんでも結構、忘れちゃうんですよね。回ったホールとかも、全部忘れちゃう。
さきほど聞かれた『富士通レディース』の練習ラウンドも正直、覚えてません。ツラいことがあっても、よっぽど心に傷を負わない限りは忘れちゃいます」
経験が教訓になることもあるだろうが、過去は迷いの種にもなる。
成功体験を思い出し、「あの時に戻りたい。あのときはこうだったから」と、もう一度過去を再現しようとするアスリートは多い。しかし、そのアプローチでうまくいったケースを、私は見たことがない。
勝みなみは無意識のうちに過去を捨てている。一方で、成功することを前提として思考が固定されているから、経験を積むたびに常にプレーがアップグレードしていく。
ポジティブ・ネガティブなどといった範囲を超越して「勝利の思考回路」を作り上げた勝みなみ。
まだ22歳にして、とんでもないプロゴルファーだ。
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短期集中連載第2回は、勝みなみ選手の「勝利の思考回路」はどのように作られていったのか、を探ります。そしてゴルフという仕事をどう楽しみ、トップでい続けるためにどのような努力をしているのかお伝えします。
第2回【「練習は短時間、研究は長時間」1億円選手の勝利をつかむ時間術】はこちら
【コラム】勝みなみの強さの秘訣<身体測定編>
プロトレーナーの安福氏による取材、ということで、勝みなみ選手の強さのワケを身体の部分から分析してみました。行ったのは、スイングの良さを測るためのその場でできる独自のテストを交えた5つのメニュー。そのうち3つを今回紹介します!
①上肢(胸腰部)の回旋角度
ゴルフは捻転差(上半身と下半身の回転差)でボールを飛ばしていく。そのため上半身と下半身をねじる作業がとても重要だ。
結果:左80度以上 右70度
「とてもいい結果だと思います(
②側屈(体の側面に曲げる)の角度
スイング時の前傾姿勢を保つために大事なのが側屈角度。ークバックで左側面を側屈して貯めた力を、一気に右側面へ側屈し、フィニッシュにかけて力を解放することでスイングスピードが上がる。
結果:左45度 右47度
「右が強いですね。これも①の結果と同様、フィニッシュサイドが強いということを意味しています。これは非常に大切。彼女が意識しているかはわかりませんが、2つの動きがマッチして、飛距離につながっていると思われます」(安福氏)
③ブリッジテスト
臀部の強さを測るテスト。ゴルフスイングは体重を右側に乗せた後に左側に移していくのだが、この流れの中で、右側でも左側でも力を受け止めるのが臀部。強さが求められる。
結果:右側が「けいれん」
「特に右がプルプルとけいれんしています。お尻は少し弱いですね。スイングでもあまり右に体重を乗せていないことがうかがえます」(安福氏)
「勝みなみ選手は、テークバックのときにあまり力を使わず、フィニッシュサイドで力を発揮するタイプということがわかりました。彼女がさらに飛距離を伸ばしたい、方向性も上げたいというのであれば、テークバックサイド(始動からトップまで)のときの体の使い方、関節角度、筋力強化が1つの鍵になると思います」と安福氏は診断した。
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※7’s GOLF(運営:カーセブン)が提供している記事です。
- インタビュアー:安福一貴
- ヘアメイク:新井祐美子
- PHOTO:講談社写真部/柏原力
- 衣装協力(安福氏):ニッキー株式会社