「練習は短時間、研究は長時間」1億円選手の勝利をつかむ時間術
短期集中連載 安福一貴の「女子プロゴルフ界 プロフェッショナルトーク」 第2回
提供:カーセブン
15歳にして史上最年少記録となるツアー優勝を成し遂げ、20歳にして獲得賞金1億円突破——。女子ゴルフ界の人気を支える“黄金世代”の中心として活躍し続けている勝みなみ選手。インタビューの2回目は、彼女のトッププロの座を保ち続けるための秘訣を聞いた。
第1回【「ポジティブシンキングはいらない」勝みなみ 1億稼ぐプロの思考】はこちら
自分で考えるクセをつくる
「無駄を徹底的に削る」「メンタルに左右されない」——。22歳とは思えないほど洗練された勝みなみの「勝利の思考回路」は、もちろん1日でできあがったわけではない。原点は子供時代にあった。
「じいちゃんの影響でゴルフを始め、小学生までは週に1回、ゴルフスクールに通っていました。でも、中学から学校の授業の関係でスクールに通えなくなっちゃったんです。
コーチがいない。じいちゃんに聞いてもわからない……。もう、自分で考えるしかないじゃないですか。
自分の体は自分が一番わかっている。自分のスイングを見て『ここが違うな』とか、そういうことは小さいときからずっと考えてきました」
どうしたらうまくなれるか——。自分のプレーを客観的に見られることは重要だが、難しい。特にゴルフは、ミリ単位の動きの修正が必要なスポーツ。客観的な視点は必須だ。
じつは今も勝みなみに専属のコーチはいない。彼女は子供のころからトライ&エラーを繰り返し、「自ら考える」クセを作り上げてきたのだ。まるで研究者のごとく、ゴルフを追究する。この姿勢がなければ、プロでは生き残れない。
1日20時間はゴルフに費やす
「私、興味ないことはまったくしないですけど、興味あることは、ムッチャやります。ゴルフ以外の習い事とかもやってみたんですけど、本当、すぐやめました。1つのことはムッチャやるけど、あとは全然やらない。勉強? 全然しなかったです(笑)。これから先もゴルフより好きなことは出てこないと思う」
そう語る彼女の「ムッチャやる」とは、どのくらいのものか。
「んー、今は1日20時間くらいはゴルフに費やしていると思います。
練習していないときは、自分のスイングだったり、ほかの人のスイングだったり、トレーニング動画だったり、ゴルフに関連するものばかり見ています。たとえばPGA(アメリカ男子プロゴルフツアー)の選手のアプローチを見て、『あっ、次の練習ではこうしてみよう』とか、気づくことがたくさんあります。一昨年からは、気づいたことをノートに書き留めるようにもしています。私、すぐ忘れちゃうので(笑)。
睡眠時間? もちろんちゃんと取っていますよ。20時間というのは、寝ているときも含めてのこと。ゴルフの夢ばかり見るんです。夢の中でもゴルフのことを考えているんです」
練習は短時間、研究は長時間
意外な話だった。勝みなみは、前回紹介したとおり、「過去」「ライバル心」「賞金女王への執着」など、今必要ないものを捨てることのできる「引き算の天才」だ。当然、時間の管理もメリハリを利かせていて、細かく切り替えることがうまいのかな……と私は想像していた。さらに、普段の練習量を知って、また戸惑った。
「練習量は少ないです。150球打ったら多いほうですね。ただ、質にメッチャこだわります」
たった150球。趣味で楽しんでいるアマチュアゴルファーと変わらない、少ない数だ。つまり、勝みなみは「練習は短く終わらせる」一方で、「延々と動画を見て、睡眠中もゴルフのことを考える」という選手なのだ。
じつは、こんなアスリートに私は出会ったことがない。なぜなら、アスリートの競技への時間の費やし方は、対極的な2つの方向にわかれるからだ。
「長時間ひたすらやるタイプ」
「どんなにきつくてもいいから短時間で終わらせ、競技から離れる時間をつくるタイプ」
プロ野球で活躍した高橋由伸前巨人監督や盗塁王を4回獲得した片岡治大・現巨人コーチは前者だ。時間をかけて、コツコツと積み上げていく。後者は女子プロゴルフツアーで13勝を挙げている成田美寿々。長時間練習するより、つらくても5分で終われるならそちらの練習を選ぶタイプだ。
どちらが良い悪いの話ではないが、一流であればあるほど、どちらかの方向に徹底しているものである。しかし、勝みなみは、対極的な両者のハイブリッドなのである。
引き出しを増やすより、入れるものを減らす
フィジカルトレーニングにおいても彼女はユニークだった。今年のオフは1回1時間、週に3回ほどトレーニングしているという。
ふつうアスリートは「もっと飛距離を出したい」とか「疲れにくい体をつくりたい」などといった具体的な課題を設定するものだが、彼女は意外な課題にも取り組んでいた。それは「意識をシンプルにする」というものだ。
「スイングをするとき、たとえば『頭が上がらないようにしよう』とか、課題を意識しながら振りますよね。でも、意識することが5個とかに増えると、もうできなくなっちゃいます。『こういう動きをしたい』と考えても、数が増えるとできなくなるんです。
だったら、その意識する数自体を減らしたい。トレーニングを通して自然に『そうなるしかない動きをする体』が作れないかなって思っています」
たしかに彼女の言うとおり、同時に意識できる課題は限られる。たとえば、課題Aと課題Bに注意してスイングしているところに、課題Cが加わると、Aが抜けてしまうのだ。僕が見てきた多くのプロゴルファーも「意識の引き出し」の数は3つ前後だ。
どんな選手でも直面するこの問題に対して、勝みなみはこう考えた。<引き出しを増やすことが困難ならば、引き出しに入れるものを減らしてしまえ>と。まさに引き算の発想だ。もしこれが達成できればスイングの精度向上の一番の近道なる。
40歳になったら…
ところで、トップを歩み続けてきた勝みなみは、どんな未来を描いているのだろうか。ツアー参加者の平均年齢は26.3歳。女子プロゴルファーの選手寿命は短いのだが…。
「とにかく、できる限り長くゴルフをやりたいんです。35歳とか40歳の自分を想像したとき、元気にゴルフをやっている姿が見えます。
絶対、今よりもゴルフがうまいと思います!
そのためのベースとなる筋力、ケガをしない体を今から作っています。50歳?全然続けたいです。60歳? できるかな? クラブも進化していると思うので、できるかもしれない」
いままでの言葉の中で、もっとも強く彼女は言い切った。勝みなみは無駄なものを削って勝つための最短距離を走る一方で、未来への投資も忘れていない。
人生のテーマを決める
競技生活の中では当然、調子の悪い時期もあるだろう。技術の追求には終わりがなく、ストイックが過ぎて、苦悩することもあるかもしれない。だが、彼女は笑顔でゴルフを続けることができそうだ。
「高校生くらいのとき、お母さんから『私は人生のテーマを持っている』と聞かされたんです。『エッ、すげぇ!』と思って、なにかと聞いたら『笑い』だったんです。だったら、お母さんを超えてやろうと思い、私は人生のテーマを『爆笑』にしました(笑)」
「爆笑」が人生のテーマならば、ゴルフはどう位置づけられるのか。
「『爆笑するために何をするか』となったら、好きなことをしますよね。私の好きなことといったらゴルフ。そのゴルフで爆笑するには、プロゴルファーになって、いっぱい勝って、お金を稼いで……などと目標が出てくる。目標を達成するためにやるべきことを決めて、やり切る。人生のテーマを決めることで逆算して物事を考えられるようになりました」
シーズン中のゴルファーは多忙だ。火曜に全国各地の試合会場に移動。水曜に練習ラウンド、木曜日はプロアマなどのイベントがあり、金、土、日曜日が試合。日曜日の試合後に帰宅し、月曜日はオフだがトレーニングや練習を入れることが多い。勝みなみはそんな日々が大変だと思ったことは一度もないそうだ。
結局楽しんでいる人が、一番上にいる
これまで彼女は「黄金世代」と呼ばれる同級生たちを牽引してきたが、精神的に負担を感じることもないという。
「引っ張ってきた意識なんてまったくないですから。同期の中で自分が上に行きたいというより、純粋にゴルフを楽しみたいという方が強いです。楽しんだモン勝ちかな、とも思います。
いいときも、悪いときも、結局楽しんでいる人が、最後は一番上にいるんじゃないかな。だから、どんなときも楽しんでいたい。泣いたり、怒ったりして毎日、生きるより、笑っていた方が絶対にいいですよ」
爆笑する人生を送りたい。そのためにはゴルフを楽しむ。ゴルフを楽しむためにはうまくなりたい。うまくなるためには、メンタルに左右されず、リスクを背負う場面を作らず、必要ないものは捨て、課題をスムーズにクリアする―—。
勝みなみの生き方や考え方は一直線だ。まったくブレがない。「このブレない生き方」が彼女を勝者でい続けさせる要素なのだろう。
15歳でツアー史上最年少優勝を成し遂げたが、人より早く咲き誇ったわけじゃない。発展途上―――。勝みなみ、彼女はまだまだ強くなる。
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次回は、どのような人間がトッププロになれるのか、渋野日向子選手を世界チャンピオンに導いた青木翔コーチを招いて探ります。そして世界で日本人が活躍するための条件とは何か!?
最終回【コーチが明かす「渋野日向子が実践し続けた、たった一つのこと」】はこちら
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【コラム】勝みなみの強さの秘訣<身体測定>後編
勝みなみ選手の強さのワケを、プロトレーナーの安福氏が、身体の部分から分析。行ったのは、スイングの良さを測るためのその場でできる独自のテストを交えた5つのメニュー。後編の今回は2つを紹介します!
④垂直跳び
瞬発力を確認するためのテスト。
結果:41センチ
「ジャンプ力があるということは力の伝達が上手だということです。つまり、ジャンプ力のあるゴルファーはボールを遠くに飛ばすことができるという推論が成り立ちます。勝さんのように40センチを越えていれば、十分な数値といえるでしょう」(安福氏)
⑤握力
体の中でクラブに接するのは唯一、手のひらしかない。握力が少ないとインパクトの際のパワーロスが顕著に出るので、強いに越したことはない。
結果:右36.7キロ 左33.3キロ
「いい数字ですね。彼女のプレーの魅力の一つは飛距離です。握力の強さが飛距離を生む要因の一つと言えそうです。また、あくまでもデータからの推測にはなりますが、一般的に、左の方が強い人は左手の筋力を軸にスイングしやすくなるのでフェードボーラー、逆に右が強い人はドローボーラーになりやすい傾向があります。勝さんもドローボーラー。ただし、左右の差が大きいわけではないので、どちらの球も打ち分けられるはずです」(安福氏)
5つの簡易テストを終えて、安福氏はこう診断した。
「勝さんのフィジカルは全体的にバランスが取れていると言って間違いありません。臀部にこそ弱さを感じましたたが、弱点というほどではありません。むしろ伸びしろがあると見る方が正しいのではないでしょうか。今後さらにフィジカルを強化していけば、もっと強い選手になると思います」
- インタビュー:安福一貴
- PHOTO:講談社写真部/柏原力
- ヘアメイク:新井祐美子
- 衣装協力(安福氏):ニッキー株式会社