深夜の放送が大評判!12人大家族・20年の物語が感動を呼ぶワケ
「幸せは更新できる!」…共感を呼ぶ言葉の数々。熊本県民テレビのディレクターにその魅力を聞く
「夜中に3回泣いた。この夫婦がすごい。すごすぎる。幸せのかたちを考えさせられた」「こんな温かい家族の絆 羨ましい」「こんな風に親に愛されたかった」「初めてこういう大家族系で泣いた」「家族の大切さ実感したし実家から出たくなくなったし引く程泣いた」「♯NNNドキュメントの反響がえらいことになってんなぁ。。。皆、結構観てんねんなぁ。」
2月28日深夜に日本テレビ系『NNNドキュメント’21』の「人生は…ジグソーパズル」が放送されると、上記のようなコメントがSNSに続出した。ネットの匿名掲示板でも「泣いた」「いい夫婦すぎる」などの声が続出。異例の反響を呼んでいた。
これは、熊本で暮らす七男三女の岸さんという大家族を、熊本県民テレビが20年間追ったもの。

10人以上のディレクターが20年間かけて取材
実は自分自身、何気なくテレビをつけて「ああ、大家族モノか……」くらいのテンションで眺めていたのに、つい最後まで観てしまった。翌朝早かったのに! 大家族モノはあまり得意じゃないのに! こんなにいいお母さん、いい夫婦、いい家族、泣くしかないじゃないか。
それにしても、一つの対象を20年も追い続けるというのは、なかなかないことだが、きっかけは何だったのか。熊本県民テレビに問い合わせると、番組を担当した報道部の城戸涼子さんが対応してくれた。
「弊社が岸さん家族の取材を始めたのは、私自身はまだ入社前の2000年前後からで、担当したディレクターはのべ10人超。最初に担当したディレクターによると、きっかけはお母さんの信子さんが雑誌『ESSE』でエッセイ大賞を受賞したことだそうです。家族をテーマにした内容だったという記事を見て取材を始めたそうですが、実際にお話を伺ってみると、愛情あふれる信子さんにすっかり魅了されました、と」(城戸さん 以下同)
同局で最初に岸さん家族を取材したのは、子どもが9人のとき。当時はそこから20年も取材していくなどとは思っておらず、夕方のローカルの情報番組で家族の日常をただ追いかけていた。
「そうした中で信子さんが10人目の不動くんを妊娠し、産婦人科で『ご懐妊です』と言われるシーンや、信子さん手作りの教材を使って命の大切さを子どもたちに教える『妊娠教室』、お姉ちゃんたちが生まれてくる赤ちゃんのためのお布団カバーを作るシーン、親を独占できる『〇〇ちゃんの日』などが撮れたんです」
「〇〇ちゃんの日」は、毎月1度、子どもたち1人1人にある特別な日のこと。例えば6月6日生まれのニ女・愛実さんの場合は毎月6日が「まーちゃんの日」になり、お父さんお母さんのどちらかを独占してデートできるというルールだ。ファミレスでの子どもの嬉しそうな顔を見るだけで、泣けてしまう。


コロナ禍の今だからこそ伝えられることがある、という思い
ところで、「NNNドキュメント」で今、20年の記録を放送したのはどんなきっかけからだったのか。
「『NNNドキュメント』は、日本テレビの系列各局がそれぞれの地方で取材対象者と関係を築き、粘り強く取材を重ねてきた映像を基にエントリーできる全国放送の番組です。
そんな中、昨年、NNNドキュメントの50周年特番で、3分ほどのショートドキュメントを各放送局が1本ずつ作って3時間特番をやったんですが、熊本は岸さん家族の話でいきましょう、と。
そこで、3代目か4代目の担当ディレクターだった私に、ご縁があって十数年ぶりに担当が戻ってきたんですよ」
取材を再開したのは2019年秋頃。城戸さんは20年間の家族の歴史を編集するにあたり、これまで放送にのせることができなかった“宝の山”の素材を含め、1ヵ月半くらいかけて全ての映像を観たそうだ。
「でも、せっかく20年分の素材があるのに特番の3分間だけじゃもったいない……という思いがありました。そこで、ご縁があって取材を再開したので、このまましばらく取材を続けてみようということで密着を始めたんです」
番組の構成に助言をくれた日本テレビのプロデューサーからは「まず年表を作るように」と言われたという。
「何年に家族が何歳で、家族に何があったか、楽しいことがあった時期か、つらいことがあった時期かなどが年表を作ることで、バイオリズムが見えてきたら、番組でどのシーンを出そうという指針ができる、ということでした」
日頃は主に夕方のローカルニュースの編集長をしている城戸さんだが、通常業務の合間を縫って、岸さん家族のもとに通い始めたところ、コロナ禍があり、信子さんが病気で入院。そうした密着取材により、「今だから追いかけられることがある」という思いが強まっていく。
「コロナ禍の今だからこそ、信子さん・英治さん夫婦の暮らしや子どもたちへの接し方を通して、普段見落としがちな、すぐそこにある幸せに気づいてもらえるんじゃないかと思ったんです。それで、特番とは別に、NNNドキュメントの企画書を書いてエントリーし、この時期の放送が決まりました」
かつて担当ディレクターだった城戸さんが、再び担当になって感じたこととは?
「最初に担当していたとき、私はまだ20代半ばで、家族というもののイメージもあまりなかったんですが、今、40代前半になり、年齢を重ねてみると、番組を作りながら、自分の親のことを思い出したんです。
目に見えるかたち、見えないかたちで私は親に何をしてもらっていたのかなあと、してもらったことがいっぱいあったことを思い出したんですよね。
信子さんが語った『人生はジグソーパズル』という言葉が象徴的ですが、自分に降りかかってきた出来事をどうとらえるかによって、その先の人生の開け方は大きく変わるのかもしれない、と。
『不幸なこととかつらいことがあっても、それが幸せの入り口だったと後からわかることをいっぱい経験してきたから、大丈夫』と信子さんはおっしゃるんです。
それは、つらい経験を信子さんも英治さんもきっとたくさんしてきたからで、それをどうとらえるかで、その出来事の意味が自分の人生の中で変わってくるんですよね。それをずっとやってきたから『今が一番幸せ』『幸せは更新できる』と信子さんは言える。信子さんと英治さんがそれを態度で見せ続けているから、子どもたちも『何があっても大丈夫』と思えるんだと感じますね。
ちなみに、今回の番組で放送に入れられず、編集で泣く泣く落としたエピソードがあるんですよ。
それは、息子さんたちが朝ご飯を食べているとき、『俺、結婚したら絶対奥さんとイチャイチャする。だって、それしか見て育ってないもん』って言うシーン。絶対将来仲良し夫婦になるだろうし、良い家庭を築くだろうなと思います」


当たり前のことを一つ一つコツコツやっていく素晴らしさ
岸さん夫婦が、お互いに、子どもに、「ありがとう」「あなたのことが好きよ」ときちんと言葉で伝えていることも印象的だ。しかも、接し方も十人十色で、それぞれの個性を大切にしている。これは当たり前のようで、なかなか実際にできることじゃない。
「岸さん夫婦を見ていて強く感じるのは、当たり前のことを一つ一つコツコツやっていらっしゃること。
何もしないで幸せになっているわけではない。お子さんの反抗期もあって、それも最初からスムーズにいったわけじゃなく、試行錯誤の末に『やっぱり子どもに愛情を伝えることなんだ』という思いに至っているから、時間が過ぎるとその思いがちゃんとお子さんに伝わるんですよね。
私も取材を通して、家族だけじゃなく、例えば職場なども含め、近しい人、大切な人にこそ言葉を尽くして伝えなきゃと思いました」
また、番組を観るうちに、「大家族モノ」ではなく、「夫婦の生き方」が主軸に見えてくる。
子ども1人1人に全力で向き合いつつも、伴侶を誰よりも大事にしているのが見えてくるのが、いわゆる「大家族モノ」と異なる点だ。そして、これは人生100年時代で、子どもが巣立ってからの長い時間を過ごす「夫婦」のあり方として、大きなヒントでもあると思う。
「インタビューの中でも『お母さんが一番好きなのはお父さんだよね。二番目は?』とお子さんが聞くシーンがあるんですよね。
子どもがいなくても二人で関係をちゃんと築けているところがあの家族、あの夫婦の強いところ。お二人は今もよく映画館やドライブなど、デートに行っているんですよ。
子育て中は、パートナーがおざなりになることもあるかもしれませんが、そういうところを子どもは大人が思っている以上によく見ているのでは…、と岸さん家族を取材してはっとしました。夫婦の仲が良いことを子どもたちがしっかり見ているということは、逆に夫婦がうまくいっていなかったり、お互いにリスペクトしていなかったりするところも見ているだろうなと思うんです。
ちなみに信子さんの誕生日は5月ですが、昨年は子ども・孫がみんな集まる中、昼間は夫婦だけの時間を作ってドライブに行く姿が見られたんですよ」
3月14日にはこの番組が再放送されるが、改めて見どころを聞いた。
「パートナーがいる人、いない人を含め、いろんな家族のかたちの人がいると思いますが、どんな生活をしている、どんな家族のかたちの人にも、信子さんと英治さんの生き方はきっと響くと思います。
全部は真似できないけど、どこか部分的に自分の考え方に取り入れることで、見えなかった幸せが見え、これまで取りこぼして気づかなかった幸せをキャッチするアンテナが養われるんじゃないかと。
画面に大家族は出てきますが、これはきっと信ちゃんと英治くんの物語なんです。
ご覧になる方それぞれがこの家族の誰かと自分を重ね合わせたり、誰かのことをちょっと思い出したりするようなきっかけになれば良いのかなと思います。
番組の中には信子さんの金言がたくさん出てきますが、家族の20年間の映像を通して、信子さんがなぜ『人生はジグソーパズル』と言うのかが伝わると良いなと思います」

取材・文:田幸和歌子
1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。